015. 至って普通の高校生。
俺が吹き出してしまったシアによって、正面に座っていたセモノ村長の顔が、霧吹きでも浴びたようにビチャビチャになる。
「おばあちゃんっ!?」
コノセちゃんがびっくりして、お盆を落っことしそうになった。
「ああっ、すんません!」
俺は腕で口元を拭いながら、足元に置いていたリュックを慌てて漁る。タオルの一枚ぐらい、入ってなかっただろうか!?
「いえいえ。大丈夫ですよ」
心が広いのか、歳を重ねて動じなくなったのか。菩薩のような穏やかな顔で目を閉じたままセモノ村長は、慌てる俺達をゆっくりと手で制する。そしてコノセちゃんが持って来たタオルで、ゆっくりと顔を拭った。
「リュウタくん……」
じぃっと、コノセちゃんは俺を睨む。
俺は開けたばかりのリュックを放置すると身体を上げ、両手を振った。
「あっいや、わざとじゃねえんだよ!? あ、歩いて六日って、俺そんな歩いた事無かったから……! この辺って、電車とかバス、走ってねえの!?」
コノセちゃんは怪訝そうに眉を曲げると、一層じとっとした目で俺を睨んだ。
「でん……ばす? いや、何それ」
「ひぃっ」
無いのか!? この辺!? どんなド田舎だよ!? あっ、でも電気通ってないっぽいんもんな……。いやでも、六日も歩き続けるってそんな……。何時代だよ……。まだ外が安全だった頃は遠足とか校外学習とか、修学旅行だって遠出もしてたけれど、それにしたって徒歩でそんな長距離移動した事
「そ、その移動って、寝泊りはどうするんですか……?」
俺は敬語になってしまっていると思いながら、恐る恐るコノセちゃんに尋ねた。
「どうって……。野宿だよ? だから、なるべく速く歩いて、魔物とかに襲われない内に目指さないといけないの」
「命懸けえ!?」
「……リュウタくんって前の人生じゃ、ボンボンだったの?」
何世間知らずな事言ってんだと、もう糸のように細くした目でじぃっと見据えられ、露骨に呆れられる。そして死んで異世界転生してしまったと、勝手に決められてしまった。
いや、まだだ。俺はまだ、死んだなんて認めない! これはきっと、何かの間違いの筈だ!
「いや、別に普通の、高校生だったんですけれど……」
ごにょごにょと、何だか口ごもってしまう俺に助けを出してくれたのは、セモノ村長だった。
「……それも、並の人間の足ならという話です。神から救世の力を授かっている勇者様なら、三日もあれば到着出来ますよ」
「えっ?」
コノセちゃんに睨まれ、俯いてしまっていた顔を上げると、セモノ村長はにっこりと続ける。
「勇者とは神から、人知を超えた力を授けられているのです。エハアラを倒す助けになったのも、その力のお陰でしょう……。勇者様はコノセより、足が速いとも聞きました……」
「いや、それは……」
「カイハニおじさんは、嘘は言ってないよ」
セモノ村長の言葉に、何とか機嫌を直してくれたコノセちゃんが言った。
「さっき私が森に入った時、丸腰なのに一番前を走って来てくれてってリュウタくん言ってたけれど、あれは、私が村で一番足が速くて身軽だから、枝を掻き分けて進む大人達の、目と耳の代わりになってたの。私が前に立って辺りを見渡すから、皆は後ろに付いて来てって。そっちの方が、速いから。目も村の中じゃ、いい方だからね。さっきリュウタくんが広場から飛び出しちゃった時も、追いかけて来たのは私だけって思ったかもしれないけれど、ほんとは皆、追いかけようとしてたんだよ? あんまりリュウタくんが速いから、諦めちゃったけれど。私もリュウタくんがあそこで止まってくれてなかったら、絶対追い付けてなかったんだから」
「え……。俺は普通に、走ってると思ってたけれど……」
「リュウタくんからすればね。でも私達からすると、すっごく速かったよ? エハアラと戦ってた時だって、カッコよかったんだから」
「……そう、かな……?」
でも思い返せば、不思議だった。
初めてコノセちゃんと会って追いかけた時も、あんなに必死そうに走っている割には全然速くなかったし、その先にいたカイハニおじさんが斧を落とした時も、俺は斧が怖かったから五メートルは離れていたのに、咄嗟にカイハニおじさんが落した斧を拾い上げた際には、その距離をあっと言う間に詰めていた。俺はスポーツは、体育の授業以外でなんてやった事無い。部活だってやった事無いし、近頃は外出も珍しくて、家に引きこもっていたのに。
必死だったからよく分からなかったけれど、エハアラを倒せたのだって、偶然にしても幸運過ぎる。剣道もやった事無いのに、最後は剣筋も一切ぶれないで、奴の頭に叩き込めていたんだから。
それに筋力も、今までとは違っているだろう。籠手にブーツ、胸当てと、金属の塊を身に纏っているのに、大して重いと感じていないなんて。この登山用のような大きなリュック一つにしても、普段ならずっしりと重さを感じていた筈だが、エハアラと戦っていた時、ガエルカおじさんを助けに森の中を走っている時と、背負っている事を忘れていた程に軽いと感じていた。それは今だって、変わらない。極限状態だった故の感覚ではなく、これは今の俺にとって、普段の状態らしいのだ。
……これが神から与えらえた、救世の為の力とやらなのだろうか?
セモノ村長は、俺の心を読んでいるようなタイミングで言った。
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