chapter 6/?

014. ユウシャの伝説


 村に戻ると、急に飛び出して行ってしまった俺に、村人達は戸惑っていた。でも俺が引き返して来たのに気付くと、気を利かせてくれたのだろう何事も無かったように、笑顔で迎えてくれる。夜の宴まではセモノ村長の家で、話を聞かせて貰う事になった。


「先程は驚かせてしまい、申し訳ございませんでした……」

「ああいえ、こっちこそ急にすんませんでした……」


 部屋のテーブルに向かい合わせに着くと、深々と頭を下げたセモノ村長に、慌てて頭を下げ返した。セモノ村長の家は、他の村人の家と変わらない大きさで、奥に見えるキッチンには孫娘のコノセちゃんが立ち、お茶の準備をしてくれている。


「それで、勇者様の伝説についての話ですが……」


 頭を上げたセモノ村長は、ゆっくりと座り直すと話し出した。今時完全木造の家が珍しくて、きょろきょろして部屋の中を見ていた俺は、声に気付いてセモノ村長に視線を戻す。


「この世界に伝わっている勇者の伝説とは、先にお話しした通りです。勇者とは異界から神により遣わされた、この世をよりよい方向へ導く使者であり、導く為の力を授けられた救世の戦士として、この世界を旅して回ると……。勇者とは元は、我々が暮らすこの世界とは別の世界で生活し、そこでの生涯を終えた所でこちらの世界で、戦士として転生すると伝えられています……」

「つまりその話が本当なら、俺はやっぱり、死んじまったって事なのか……」

「恐らくは……。少なくともこちらの世界では、そう伝えられています……」


 セモノ村長は、答え辛そうだったが頷いた。


 やっぱりとても受け入れられないが、今は他の疑問を片付けていく事に専念する。何せ、分からない事だらけなのだ。


「そっか――。じゃあ、その異界って、俺が元々暮らしてた世界の事だよな? じゃあここは、どこなんだ? こっちの世界から元いた世界に帰る方法って、あるのかな?」

「それは我々からはどうにも……。勇者様とはみな、己の役目を果たそうと旅には出られますが、その目的の助力になど、我々一般の民には出来るような事ではありません……。もっと大きな街に行けば、魔法使いや有能な人々がいますから、何か情報は得られるかもしれませんが、その役目とはあくまで、勇者様自身が果たしていくものなのです。その手段は旅の中で、見つけていかれるのでしょう……。勇者様はみな、こちらの世界で目覚めるとすぐに、旅へ出られていきますから……」

「……その旅の目的って、皆バラバラなのかな?」

「この村に勇者様が来たのは、あなた様が初めてですので、我々にはお答えする事は出来ません……」

「あぁそっか……。じゃあ、勇者って、他にも何人もいたのは事実なんだよな? 最近、どこかで勇者を見たって噂、聞いてないかな? 訊きたい事があるんだ」

「――今までの世界の歴史の中で、何度も勇者様が現れた事はあるけれど、同じ時代に何人もいた話は聞いた事無い、かな……」


 木のお盆に、簡素な木製のカップとティーポットを載せて近付いて来たコノセちゃんが、遠慮がちに言った。慣れた手つきでお盆からカップとティーポットを下ろすと、紅茶みたいな飲料をカップにいでいく。


 ふわっと薬品のような匂いが湯気と共に上がり、部屋の空気をほんのりと温めた。湯気を目で追っていると、天井に何も吊るされていないのに気付き、この村では少なくとも、電気は通っていないのだなと思う。夜は火で明かりを灯すのだろうか。


「どうぞ」


 言いながらコノセちゃんは取っ手の無い木のカップを、テーブルの上を滑らせるように渡してくれる。


「ありがとう」

「シアっていうお茶だよ。初めて飲む人には、ちょっと苦いかもね」


 コノセちゃんは笑いながら、今度はセモノ村長の分のお茶をぎ始めた。


「……勇者は一つの時代に一人と、そういう決まりなのか、何人も同じ頃に現れた事は無いんだよね。一人の勇者の旅が終われば、気付いたらまたどこかから勇者が現れて、旅をしながら伝説を刻んでいくの。だから、今まで何十何百と勇者のお話は生まれてるんだけれど、同じ時期に勇者が二人現れたって話は、私達は聞いた事が無いかな。今おばあちゃんが言ってたけれど、リュウタくんがこの村に、最初にやって来てくれた勇者様だし。皆正直それまで、おとぎ話じゃないのかなって思ってたぐらいだったから」


 コノセちゃんは、他の村人達がいない前ではセモノ村長を、おばあちゃんと呼ぶらしい。何だか微笑ましく思いながら頂いたシアというお茶は、後味はすっきりしているものの、確かに独特の苦みと香ばしさがあった。ちょっと薬っぽい麦茶みたいだ。


「そっか……」

「勇者様の伝説を知りたいのなら、矢張やはり旅に出るしかないかと思われます……」


 シアを注がれたカップを両手で包みながら、セモノ村長は言った。


「旅……」

「はい。ここから一番近い街なら、ワセデイという大きな都市があります。交易も盛んで、人々も多く、ここよりは沢山の話が聞ける事でしょう……」


 俺は、カップを口に運びながら尋ねる。


「……その、ワセデイって街は、ここからどれぐらいかかるんだ?」

「まあ歩く速さにもよるけれど……」


 コノセちゃんはお盆を胸に抱えながら言うと、セモノ村長と顔を見合わせた。


「大体、歩いて六日ぐらいかな?」

「むいっ」



 俺はブバァと、シアを思いっ切り吹き出してしまった。



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