chapter 5/?

012. 「何をもって、それを証明出来るのかな」


 オマ村に戻ると、今度は村人総出で迎えられた。六十人ぐらいだろうか? 思っていたより、小さい村だったらしい。門を潜った辺りから、勇者様勇者様と、ガエルカおじさんを助け、エハアラを追い払った事へのお礼の言葉を浴びまくり、ついでに肉や野菜などのお礼の品も抱え切れないぐらいに受け取ると、取り敢えずコノセちゃんの提案で、村の中心にある広場へ向かった。


 広場と言っても円形に取られた広いスペースに、背凭れの無い簡単なベンチがお年寄りの為に少々配置されているだけの質素なもので、普段は子供達の遊び場だったり、大人達の憩いの場として使われているそうだ。広場の奥には、石製の教卓のようなものがあり、そこにコノセちゃんに呼ばれたおばあ様、セモノ村長が、ゆっくりと立つ。


「この度は、本当にありがとうございます勇者様……」

「ああいえ、お構い無く……」


 見物人がかなりの規模になってしまったので、ここで話をせざるを得ないと、コノセちゃんは思ったのだろう。確かに後でどんな話をしたのですかと、何十回も同じ質問される事を思うと、こうした公の場で話してしまった方が早いとは思うが、にしてもこう三百六十度から大勢の人間に囲まれながら話すのは落ち着かない。


 胸にはお礼の品をいっぱい抱えているからやや視界が悪いし、俺がセモノ村長の正面辺りに立つと村人達は、まだ渡せていなかったお礼の品を俺の足元に置いて行き、遠巻きに見るように俺を囲って、少し離れた先から様子を窺っている。コノセちゃんも彼らと一緒に下がったようで、今広場の中心部にいるのは、セモノ村長と俺の二人だけだった。


「どうか今日は、村に泊まっていって下さい。歓迎とお礼を兼ねて、宴を開こうと考えておりまして……」

「あー……。それは……。はい」


 大袈裟な気もするが、断る理由も無いので頷いておく。


 すると周囲の村人達が、「おおっ」と喜びのどよめきを上げた。ピューッと、口笛まで聞こえてくる。


 俺は緊張してしまって、恐る恐る口を開いた。


「あの、訊きたい事があるんですけれど、いいですか……?」

「はい。何でしょう?」

「さっきのおっさ――ああいや、ガエルカ? っていう、森で怪我をしていた人の様子は、どうなってますか?」

「今医者に診せておりますが、大きな問題は無いかと思われます。これも、勇者様の霊薬のお陰です」

「レイヤク?」


 さっきあげた、薬の事だろうか?


 ぽかんとする俺に、セモノ村長はにっこりと微笑む。


「ああ、そうでした。勇者様はその力を受け取る際、記憶を失っておられたのですね。こんな田舎ではありますが、勇者様の伝説とこの世界について、知っている限りの事をお話します……」

「えっ? いやあの、ここって――」


 夢じゃ、ないんですか?


 俺は、今にも語り出そうとするセモノ村長に、続けるつもりだった筈の言葉を飲み込む。


 自分でもそう尋ねようとしている事に、強烈な違和感を覚えたのだ。


 夢……なのか? 本当に?


 例えば、最初にコノセちゃんと出会った時に感じた、強烈な焦りと緊張感。誤解をしたまま走り去っていく彼女を呼び止めようと、追いかけようと駆け出した時のあの感覚も、全てそれは、現実のようだった。


 出て来る人物達にしたって、皆丁寧に名前がある。夢っていちいち知らないものや何かが現れたって、こんな風に説明してくれる事が、そう多くあるものだろうか? ジェットコースターに乗せられているように、あっと言う間に振り回されて、訳が分からないまま覚めるような夢を見て来た俺にはどうも、親切が過ぎると言うか、嫌に、リアルなんだ。


 そして例えば、エハアラと対峙した時。


 死んでしまうかもしれないという、本物の恐怖と緊張。


 ここを上手く切り抜けなければ、どうなってしまうのだろうという、身に迫った焦りと不安。


 身体から噴き出した汗の感覚も、剣を振るう度に力む身体も、まるで全部、現実での体験みたいだったんだ。


 夢なんだから死ぬ訳が無い。夢なんだからこんな事起きる訳が無いという意識を、いつの間にかどこかで、失ってしまっていた程。


「…………」


 急に言葉が出なくなって、変に口の中が乾いてくる。何だか得体の知れない不安に、背骨を嘗められているような寒気までしてきた。


 ……どこなんだ、ここ。……まさかあの世? 死んじまったのか? 俺?


 でも、だって俺は、ただの健康診断で病院に来ていた筈なんだ。それは軽い不整脈の検査だけで、死んじまうような大病は、患っていなかった筈なんだ。……じゃあ何であの時、急に意識が切れたりなんかしたんだろう? どこなんだよここ。何でいつまで経っても目覚めないのに、こんなに現実みたいな経験をしてるんだ。……まさかここは、本当にあの世だなんて言うんじゃ――。


「お話ししましょう。勇者様」


 セモノ村長は、にっこりと語りかける。


 何の悪意も無い筈の笑顔が、古びたローブのフードの影で、不気味に見えた。


「ここはオマ村。そして勇者様は、異界から神により遣わされた、この世界を導く使者なのです。全ての勇者様は異界での生涯を終え、新たなる命と、この世界を導く為の力を授けられた救世の戦士として、この世界では語られています。さあ今日はお休み下さい。そしていずれは、この世界を救う旅へと……」



 頭が真っ白になってしまった俺は、気付くと走り出していた。



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