011. 淡いユメ
引き返そうと森の中へ足を踏み入れようとした瞬間、そう遠くない前方から、コノセちゃんらしき声が飛ぶ。一緒に聞こえる足音がやたら大きいと言うか、多い。ばきばきと枝を折るような音も聞こえて来たと思ったら、あっと言う間に複数の大人を連れたコノセちゃんが、こちらに出て来た。皆息を切らして、顔を真っ赤にさせている。
「大丈夫!?」
「あぁコノセちゃん!」
思わず呼びかけた俺に、コノセちゃんの後ろで斧を持って立っていた、カイハニおじさんが続いた。
「コノセから聞きました! 村の者を救ってくれて、ありがとうございます……!」
「取り敢えず今は森を出よう! この人が怪我してるんだ!」
「分かりました! ――おい! 行くぞてめえら!」
カイハニおじさんは威勢よく他の大人達に声を掛けると、大人達はあっと言う間にガエルカおじさんを担ぎ、持って来た斧や鉈で枝を切り落としながら、ずんずんと森へ歩き出す。俺もあんな風に、剣で枝を切りながら進めばよかったな。
「リュウタくんも行こう!」
コノセちゃんは言うと俺の手を引いて、カイハニおじさん達の後に続いた。
「お、おう……!」
冷たい銀色に覆われた籠手で体温が伝わる筈が無いのだが、何だかどぎまぎとしてしまって、転びそうになりながら何とか続く。
すぐに森を出ると、エハアラの周りにも数人の村人がいて、エハアラの死骸を担架のようなものに担ぐと、どこかへ運び出している所だった。こっちに気付くと安心したように、大きく手を振ってくれる。
「おーい! ガエルカは無事だ! 村に、治療の準備をしてくれって伝えてくれ!」
前を歩くエハアラを運ぶ一団と、それを見物に来ていた子供達の方へカイハニおじさんが叫ぶと、子供達が我先にと、かけっこでも始めたように村へ走り出す。
キャッキャと、何だか楽しげな声を上げていて、いまいち緊張感に欠けたというか、危険を分かっていない様子だが、事が終わった後なので問題は無いかと、心が和むような気分にさせてくれた。
俺は元気よく駆けて行く子供達を見送りながら、コノセちゃんに言った。
「……助けを呼んでくれてありがとう。どうしようかと思ったよ」
「そんな事。私が走ってる間にリュウタくんが、エハアラを倒してくれたからだよ。もしまだ戦いが続いてたら、村の方も準備に手間取って、こんなにすぐには駆け付けられなかったから」
「でも、よくコノセちゃんも来てくれたよな。危ないのに。丸腰なのに、一番前を走って来てくれてさ」
「そりゃあコノセが、村で一番足が速いからですなあ!」
先頭で枝を切り落としていたカイハニおじさんが、肩に斧を担ぎながら豪快に笑った。
「えっ?」
目を丸くする俺に、カイハニおじさんはこちらに振り向くと続ける。
「コノセはガキの頃から、かけっこが大得意なんですぜ。ウサギよりよっぽど速いってんで、こうした時はいつも、連絡係を引き受けてくれるんでさぁ」
「え……。でも、さっきは……」
不自然に思った俺が口を開こうとすると、コノセちゃんは耳打ちして来た。
「それはまた、村に戻ってから話すね」
急に歩きながら爪先立ちになると、肩に軽く凭れ掛かるように体重を預けて来て、こしょっと至近距離で話して来たコノセちゃんに、思わずドキッとしてしまう。
申し訳無さそうに眉をハの字にしているけれど、どこかいたずらっぽくもある笑みは、正直今までのマイナス的な印象を全て吹き飛ばしてしまう程に、可愛かった。
「――ごめんなさい。もういいよね。リュウタくんは心配だったけれど、やっぱりちょっと、怖かったから」
コノセちゃんは引いて来た時と同じく、ごく自然に手を離すと、何も無かったように涼しい顔で歩き出す。
「あ、あぁ。気にしてねえぜ……」
我ながら、下手な嘘だと思った。
かなり近付かれたけれど、汗臭いと思われなかっただろうかと、かなり意識してしまっている。ガエルカおじさんぐらいに今、汗が吹き出してしまったが。
顔を見られないように口元の汗を、ぐいっと手の甲で拭った。冷たい籠手との温度差で、照れてしまっていると容易に分かったのが、何だか妙に、強く感じる。
憧れていた景色だったなと、ぼんやりと思い出した。こうして、誰かの幸せを守る事。もう叶えられない望みだと、
俺が戦場に出て、誰かの為に戦うなんて。
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