010. クスリ
森は整備されていないようだ。道など通っていない、俺の胴ぐらいある太い広葉樹の間を、ぶつからないように全力で奥へ突き進む。
「おおーい! 助けに来たぞ! どこにいるんだ!?」
好きに伸びる枝を掻き分けながら、声を張り上げた。森を成している木々は大きくて、昼間だというのに薄暗い。
「こっ、こっちだあ! 助けてくれえ!」
前からさっきのおっさんの声が響いた。このまま直進でいいらしい。地面をうねうねと這う根に、足を取られないようペースを上げる。すぐに開けた場所に出て、再び晒された太陽の光に、つい目を細めると腕を翳し足を止めた。
「くっ……」
「あ、ありがとう! 薬っ……薬は持ってないかな!? 血が、止まらないんだ……!」
目を開けると左手に生えている木に寄りかかるように、獣皮で出来たような茶色い軽装に矢筒を背負った、猟師らしい壮年の男が尻餅を付いていた。右脚の膝から足首に、爪痕らしきものが深々と走っている。溢れた血はだらだらと男の足元に流れ、とても歩けるような怪我じゃなかった。
「こりゃ
俺は剣を収めながら慌てて駆け寄るが、どうすればいいのか分からない。
取り敢えず、担いで村まで届けるか? 急に動かしていいのだろうか。いやでも、酷い怪我だ。まず血を止めないと。止血……止血って、どうやるんだ?
「ああもう……!」
苛立ちに頭を掻こうとした時、肩にかかる重さを思い出す。
そうだ。リュック。あんまり重くないから忘れてた。
何か、役に立つものが入ってるかもしれない。俺は片膝を着きながら腰を下ろすと、下ろしたリュックを前に置いて広げてみる。
まず出て来たのは、丸められた寝袋のようなもの。続いてランタン、ロープ、ナイフ、マッチ、釣り具……? に、水筒、裁縫道具。折り畳みの椅子に、フライパンなどの調理器具と、サバイバルの為に必要な道具が、これでもかと出て来た。でも今欲しいのは、そういうものじゃない。出てくる道具を辺りに散らかしながら、何か使えるものは無いかとリュックの中を漁りまくった。サバイバル用品が入ってるって事は、食べ物や医療道具も何かしら入ってる筈だ。
底の方に、小さな木製の白い箱が見え、頼みの綱だと引っ張り出してみる。中を開けると包帯や、試験管のような細長い瓶に入った何らかの液体が、少量だか機能的に収まっていた。使い方は分からないけれど、取り敢えずその箱をおっさんに突き出す。
「これ! 薬っぽいの入ってるけれど、何か使えそうなのあるか!?」
脂汗を顔いっぱいに滲ませ、痛みと怪我への恐怖に耐えていたおっさんは、箱を見ると目を見開いた。
「そ……その瓶を一つくれないか!? 薬だ!」
俺は箱から、青緑の液体が詰まった試験管のような瓶を取り出すと、おっさんに渡す。
おっさんはコルクのような蓋を瓶から抜くと、怪我を負った右足に薬をかけた。怪我に染みるのか、おっさんは一瞬顔を歪めるが、何と薬を浴びた右足から、みるみる怪我が消えていく。
「えっ……!?」
怪我はどんどん小さくなっていくと、破れた服の上からは、殆ど見えなくなってしまった。出血も止まっているようで、
「そんな、どうなって……」
俺は狼狽えるが、おっさんは特に驚かず、引き始めた脂汗を腕で拭う。
「あぁあありがとう……! 助かった……! とてもいい薬を持っていたんだな……!」
「そ、それはいいけれど……。でも、どうしたんだよ。何でこんな事になってんだ?」
「鹿を追いかけていたら、エハアラを刺激してしまったみたいでね……。――そうだエハアラ! 襲われたんだけれど逃げる時に、森の向こうへ撒いてしまったんだ! あっちには私が住んでる村がある……! 早く何とかしないと! 君、何か見なかったかい!?」
慌てて立ち上がろうとするおっさんだが、まだ怪我の痛みが残っているのか、転びそうになってしまう。俺は慌てて受け止めた。
「あーもう退治したから大丈夫。この先の原っぱで死んでるよ。同じ村のコノセちゃんって女の子に、応援も呼んだから大丈夫さ」
おっさんはきょとんとするが、何とか俺の言葉を飲み込めたらしい。
「君が……!? あぁ、もう何とお礼を言えばいいのか……!」
「いーっていーって。――エハアラと会ったのは、あの一匹だけか?」
「今の所は……。鹿は逃してしまったが……」
「じゃあ、今の内にさっさと離れよう」
俺は一旦おっさんを下ろすと、散らかしていた荷物をリュックにしまって担ぎ直し、おっさんの左腕を肩に回して歩き出した。
急いでここを出ないと。あの何ら整備されていない木々の中を、大人を支えながら歩いて抜けるのは簡単じゃないだろうが……。
「……タくん! リュウタくーん!」
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