chapter 4/?

008. 青青アカ


「――さーて。こんなもんか?」


 俺は腰を上げると、少し離れた先で薬草を探しているコノセちゃんを見つけ、青い花の咲いた草を持って近付く。


 右手いっぱいに摘んで来た俺の姿に気付くと、コノセちゃんはまた目を輝かせた。


「こんなに沢山――! ありがとう! これだけあったらもう大丈夫だよ」

「そうかあ? へへ」


 素直に喜ばれて、ついにへっと笑ってしまう。かすみが見たら、呆れられていただろうな。


「じゃあ、そろそろ村に戻るか。薬草探してる間に、ちょっと離れちまったし……」


 原っぱを移動している間に、小さくなってしまった門を見ながら、腰を反らして伸びをしようとした時だった。ふと、硫黄のような臭いが、鼻を掠める。


 後ろを振り返ると、向こうに見える森から現れたのだろうか、人型の何かが立っていた。その気味の悪い姿に、俺は息が止まる。


 ぱさぱさに乾燥した、青色の皮膚を持つ、素っ裸でつるっぱげの宇宙人みたいな痩身の怪物が、頭の大きさに合わない、少女漫画みたいに大きな黄色い目で、ぎょろりとこちらを見据えていた。手足の先には内巻きに伸びた長い爪が、その黒ずんだ青色を不気味に主張し、右手の爪にはべったりと、肘辺りまで赤い液体が付いている。


 本能的に分かってしまった。それは血だと。


 カラストンビの口を大きく広げ、その不気味な怪物は、キィイイと金属的な叫びを上げた。


 その不愉快さと気味の悪さに、固まってしまっていた俺は我に返る。


「なっ……。何だよこいつ!?」


 思わず後退る俺の後ろで、コノセちゃんが怯えながら呟いた。


「エ……。エハアラ……!」

「エハアラ!?」

「あっ、あの森の奥の洞窟に住んでる怪物なの! 普段はっ、洞窟から出て来る事はまず無いから、近付かなかったら安全なんだけれど……!」

「た、助けてくれぇえ!」


 森の奥から、今度は男の声が響き渡る。


「ガエルカおじさん!?」


 コノセちゃんは、俺を押し退けるように前へ出ようとした。


 俺は咄嗟に、エハアラからコノセちゃんを守ろうと、肩を掴んで押し戻す。


「おい、危ねえ!」

「ガエルカおじさんが! 狩りに出たガエルカおじさんに、何かあったんだ!」

「でも今はあいつが……!」

「キィイイイ!」


 耳障りな奇声が聞こえたかと思うと、エハアラが突進して来た。恐怖で動けなくなった俺達へあっと言う間に距離を詰めると、その血塗られた右手の爪を、頭上高く振り上げる。


 俺は気付いたら、咄嗟に抜いた剣を振り回していた。


「くっ――来んじゃねえッ!!」


 腰の左手から抜かれた両刃の直刀が、エハアラの右腕を斬り上げた。は何とか下膊かはくに当たるが、無茶苦茶に振り回したものが偶然当たっただけで、浅い傷を作るだけで打ち払う。


「ギィイッ!?」


 赤い血が飛ぶ中、エハアラは苦しそうな声を上げると、跳び退って距離を取った。


 俺はまだパニックになりながらも、両手で剣を構える。


 どうする。どうすればいい。今のはまぐれで当たったけれど、剣道なんてやった事え。


「と、取り敢えず、コノセちゃんは逃げろ!」


 前を向いたまま怒鳴ると、コノセちゃんは悲鳴のような声を上げた。


「そ、それじゃあ、リュウタくんが……!」

「ここは何とかするから、コノセちゃんは村に戻って、助けを呼ぶんだ! 俺一人じゃあいつを倒せるか分からねえし、森には助けを待ってる奴もいるみてえだから!」


 コノセちゃんは悩むような沈黙をわずかに返すと、勇気を振り絞るように、しっかりと答える。


「……うん! 分かった!」


 コノセちゃんは背を向けると、真っ直ぐ村へ向かって駆け出した。


 それに気付いたエハアラは、再び物凄い速度で突進して来る。


「ギキイッ!」

「ッ!? お前――!?」


 その異様に大きな目が捉えているのは俺では無く、コノセちゃんだった。


 エハアラは俺の脇をすり抜けるように駆けると、コノセちゃんの背に爪を放とうと、右腕を振り上げる。


「ふざけんな!」


 俺は背を向けたエハアラに、大きく頭上に掲げた剣を、思い切り振り落とした。を通し、皮膚の弾力を感じたと思うと、次の瞬間には深々と骨まで届いた剣が、エハアラの背から血を噴き出させる。


「ギィイアァ!?」


 エハアラは一際大きな声を上げると、右肩から腰の左手へ、斜めに走った背中の傷に、仰け反るように足を止めた。剣を叩き込むとすぐに跳び退っていた俺は、無茶苦茶に振り回されるエハアラの両腕を何とか躱す。


「うわっ!?」


 だが中指だろうか。長い爪の一つが、俺の左下膊ひだりかはくをギャリッと掠める。金属製の籠手のお陰で助かったが、下膊を覆うプレートの上には、うっすらと爪跡が走った。


 俺の声に気付いたコノセちゃんが、振り返ると足を止める。


「リュウタくん!」

「早く行け!」


 厳しい俺の声と表情に、肩を竦めるコノセちゃんだが、ぎゅっと口を結ぶと走って行った。



 あの様子ならきっと、すぐに助けを呼んで戻って来てくれるだろう。そう信じて再び、エハアラと睨み合う。



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