007. 灰色トーク
「あー……。君、最初に俺に会った時、あそこで何しようとしてたの?」
「薬草摘みだよ。このバスケットに入れるの」
コノセちゃんは言うと、右腕に潜らせていたバスケットを示して見せた。
「薬草?」
いかにもゲームっぽい流れの話に、つい食い付いてしまう。
「うん。この辺りの原っぱに生えてるの」
「最初から、その為に村を出て来たのか?」
「そうだよ?」
……本題はここなのだが、訊いた所でまともな返事が来るのやら。
「でもこの辺り、俺と君が会った時は、赤い荒野じゃなかったかい?」
「えっ? 何言ってるの? このオマ村がある辺りは、ずっと昔から緑豊かな土地だよ? 荒野じゃ薬草摘みは出来ないよ」
ですよねー。
ならさっきの急な景色の変化は、夢らしい突拍子も無い展開という事か。
俺はあほな振りをして、頭を掻くと笑い飛ばす。
「はっはー。そうだったそうだった。うっかりしてたよ。――その薬草摘み、ほったらかしてていいのかい? 村の案内は後でいいから、俺も摘むのを手伝うよ。さっきは迷惑かけちまったし」
「えっ? でも……」
「いーっていーって。案内して貰う奴がいいって言ってるんだし。どれだ?」
俺は両膝に手をついて中腰になると、足元の原っぱを見下ろして促した。草が生えているだけかと思えば目を凝らすと、小さな花も咲いている。黄色に白、オレンジと色々あるが、どれも現実の世界では、見慣れない形をしていた。
……花なんてもう、暫くお目にかかってなかったか。つい昔の事を、最近の記憶のように扱ってしまった。
今はとても、そんな事が出来るような状態じゃない。
コノセちゃんは戸惑った表情を浮かべたが、すぐに遠慮がちにだが笑ってみせる。
「……じゃあ、お願いしようかな。青い花が咲いてる草だよ」
「青? あんまり見ねえなあ……」
初夏のような青空の下、風がそよぐ原っぱの中二人で薬草を探していると、何となく会話が始まる。
「……そう言えばさっきの『オマ村』って、コノセちゃん達がいた村の事?」
「うん。そうだよ。静かで魔物も滅多に来なくて、いい所なんだ」
「へえ」
「リュウタくんは、どんな所に住んでたの?」
「俺? 俺は―……」
くすんだ白い壁に覆われた景色を思い出し、気が塞ぎそうになった。
「――別に、普通だよ。普通普通。ここは、気持ちいい所だな。空気も美味しいし、いい天気だし」
本当に、外に出ているような気分になる。
「へへ。そうだよ。雨が降る時もあるけれど、いつもあったかいんだ。……リュウタくんはいつも、何をして過ごしてるの?」
いつも屋根の下でじっとしてる。
「あー……。が、学校行って、勉強かな……。数学が苦手で……」
最後に皆と同じ教室で授業を受けたのは、もういつだっただろうか。
「スウガク?」
「まあ、数字に関する勉強だよ。色んなものの計算方法を習うんだ」
コノセちゃんは途端、尊敬の眼差しで俺を見ながら、ぱあっと表情を輝かせる。
「へえ……! 凄いね! 私、村から殆ど出た事無いから、読み書きぐらいしか出来ないよ!」
つられて、俺も笑った。
「そんな事ねえさ! 俺が出来るなら、コノセちゃんも出来るって! 後で教えてやるよ」
何にも凄くなんかない。
俺が「凄い」んだったら現実の世界はもう、なんて言葉で、表せばいいんだろう。
誰もこんな風に、何の悩みも無く外を楽しむ事が出来なくなった。いつも分厚い鉄とコンクリートの壁に覆われた建物の中で、ネズミみたいに身を寄せ合って、息を潜めてる。空気の味も忘れて、空が何色かも見上げなくなって、俯いて足早に、建物から建物へ、逃げるように歩くようになっちまった。
……現実の空は、何色だっただろう。
「いいなあ。お勉強が出来るんだ。リュウタくんの住む所が羨ましい!」
…………。
「そんな事
ぽつりとした声に、少しだけ本音が出てしまった。
気持ちを誤魔化す為に薬草ではないのに、ぶちぶちと千切っていた草花を、コノセちゃんから見えないように、捨てた。
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