chapter 3/?

006. 夢カ現カ


 しっかし覚めねえなあ全然。


 ズボンのポケットに両手を入れた俺は、荷物を取りに行こうと、てくてくと村の外へ引き返していた。


 妙な夢である。いきなり変質者扱いされたと思ったら歓迎されて。まだ羞恥心と恐怖と混乱を提供されただけで、夢だってのに夢とは程遠い、惨めな思いしかしていない。実は、こういう展開が好きだったのか? 俺。もっとサクッとでっかいモンスターとか倒して、ちゃちゃっと英雄になれたり、どっかの王様からご褒美とか貰えるのかなって、思ってたけれど。


 ……いやというか、夢なんだよな?


 こんなにリアルって言うか、夢だと自覚出来た状態で夢を見る経験が初めてだから、戸惑ってしまうけれど。


 景色も、出てくる人間達も、夢だってのに本物の人間みたいな再現度だし、夢特有の何てんだろ、ぶっ飛び具合が弱い……気がする。そりゃあ、景色が一瞬で荒野から緑豊かな大地へ変わったのはびっくりだけれど、夢ってもっと、無秩序じゃないか? 例えば突然、チャーハン食ってたらレーサーになってF1マシンに乗り込んでたとか、ファンタジーみたいな場所で、現実では起こりえない出来事が起きるとか。何だっけあの……ダリ? って人が描いた、時計が溶けてる絵とか、まさにあんな感じな雰囲気が、夢、だと思う。表現に困る、不思議な記憶。俺が今見ているこれは、ファンタジー世界のような土台がしっかりとあって、その上での無茶や唐突だから、大人しいんだよな。大分。いや、十分ぶっ飛んではいるんだけど。


 とか考えてる間にぱっと覚めるんじゃないかと思っちゃいるが、その気配も未だ無く。


「ま、いいんだけどな。夢なんだし」


 ここが現実な訳ねーもん。


 元の場所まで引き返すと、風にそよぐ緑の平原の上に、荷物と防具が散らばっていた。……ん? 脱ぎ捨てた病衣が……。無くなっている?


 辺りを見渡してみた。あの、病院独特の色合いと言うのだろうか、外では余り見ない青緑色の姿が、どこにも無い。確かに草に紛れやすい色ではあるけれど、風に乗って、飛んで行ってしまったのだろうか?


「ううん……?」


 顎に手を当てて唸っていると、ザアッと一際強い風が吹く。リュックに入っていた服まで飛んでいきそうになって、慌てて追いかけて拾い上げた。


「おっとっとっと……!」


 まあいいか。どうせ使わないんだろうし。荷物が増えるのも面倒臭い。


 そもそも夢なんだから、そんなに真面目に考えなくてもいいだろう。


 まずは拾い上げた黒いインナーを着ると、フードの付いた、これも同じく黒のアウターを頭から被って、やっと防具を身体に当てた。


 うむ。サイズはぴったりだし、特に重たくもない。茶色や黒と色は地味だが、鈍い銀色に輝く鎧が、渋い対比を見せて悪くないぞ。最後に腰に剣を提げ直すと、まだまだ駆け出しっぽい質素な印象ではあるが、立派にファンタジー世界の冒険者の姿だった。しっかしこれから……。何すりゃいいんだ? 歓迎しますって、あの村には言われたけれど。


 リュックを背負いキョロキョロしていると、後ろから声が飛ぶ。


「勇者様! こちらに!」

「っわびっくりした」


 ぎょっと肩を竦めて、振り返る。


 真後ろにあの村長の孫、コノセという少女が立っていたのだ。


 距離が近いしその割に声がデカ過ぎるし、大体いつの間にやって来たんだ。さっき「――嫌です!!」って全力拒否かまして、付いてくる気配もまるで無かったよね? ていうか何? もしや黙って付いて来た上に、俺のお着替えシーン見てた?


 俺は後ろに上体を捻ったまま、微妙な表情で固まった。


「いやこちらにって、既に君がこちらにいらしてくれてるんだけど……」

「村を案内します!」

「さっき嫌ですって、思いっ切り拒否してたよね?」

「さっきおばあさ――村長にガチ切れされて、やって参りました!」

「ああ」


 やれって怒られたのね。


 ていうかガチ切れって。おばあ様ガチ切れするのか。気を付けよ。


 俺は納得すると、きちんと彼女に向き直る。


「まあ、そういう事なら、宜しく。えっと……。コノセちゃん? 俺高二だけど、タメ口でいいのかな?」


 コノセちゃんと呼んでいいのだろうか。彼女はぽかんとすると、口を開いた。


 それまで鬼軍曹風に肩を怒らせて、物凄い勢いで怒鳴るように喋っていたが、それは村長にガチ切れされたのが効いていたのだろう。初めて遭遇した時のような、どこにでもいるような少女の顔になる。


「タメ? いえ、よく分かりませんが、勇者様に向かって無礼な口は利くなと村長から強く……」

「あーいいからそういうの。堅い。俺は十七だけど、いいよ別に普通に喋って。あんまり好きじゃないんだ。後輩に敬語使われるの」


 同じ学校の先輩とか後輩とか、部活が同じでも無い限りいいと思う。煩い奴はいるけど、俺はあんまり気にしない。


 彼女は目をぱちくりさせると、恐る恐るといった様子だが、自然な様子で言った。


「そう……? そう、かな……。じゃあ、大人達がいない前では、普通に話すね。えっと……」

「っああ名前な。龍太だよ。荒井龍太」

「リュウタさん? 変わった名前だね」

「まあ、この世界観じゃそうかもな」

「私はコノセ。えっと……。じゃあ、今から、村を案内するね」

「ん。宜しくー。あ、ちょっと訊きたい事があるんだけど」


 俺の言葉に、門へ歩き出したばかりのコノセちゃんは、くるりと向き直った。


 出会い方と言い、今までかなり強烈というかマイナス的な印象の強い子だったが、普通に話してみると可愛い。


「何?」



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