003. 「そう。ご都合主義」


 然し冒険の始まりだというのに、導き手がこんなあほ丸出しのシスターとは、もう少し雰囲気を重視しろよ俺とも思う。


 そんなに乗り気じゃない気分に見ているというのに、もうやる気満々で「行くよな」って熱を押し付けてくるような雑な作り込みが、暗に自分の頭の悪さを示されているようで、そちらの意味でも全く釈然としない。俺は俺が思っているより、かなりガキであほらしい。悲しいぜ。そう自嘲しながらシスターの右手へ近付くと、纏めて置かれていた荷物を抱え上げる。


 ん。思ったより……重たく、ないな? この胸当てみたいな鉄製の防具や剣、もっと重みのある印象を受けてたんだけれど。まあ夢なんだからそんなもんか。重くて持てないんじゃ、旅に出る以前の話になってしまう。


 ご都合主義。


 然し、意外と軽くて持ち運ぶには苦労しないと分かったが、何せかさ張ってしまう。ここで着替えるのはレディの前で紳士とは言えない行為だし、一旦ここを出てから、その辺で着替えよう。


 取り敢えずリュックを背負うと、茶色い革製のベルトが鞘に備え付けられた剣を腰に提げ、鉄製のブーツ、籠手を、両腕で抱える。おっと……。これでは胸当てが運べないな。どうしたものか。ふむ。取り敢えずこの、あほの目に届かない位置へ移動するまで、バケツのように被っておこう。

 胸当ては背中と胸に二枚の鉄板が当たる形で、両脇は二本ずつの、革のベルトのようなつくりが施されており、ここでサイズを調整するらしい。胴に身に付けるものだから口が広く、前は見えないが下を見れば足元が見えるので、完全に視界が遮られる訳でも無いし。


「――じゃあ何かよく分かんねえが、時間が来るまで冒険ってのをしてくるぜ。あばよ! あほシスター!」

「さあ勇者様、いざ、己が使命を果たす旅へ!」


 バケツのように被った胸当てで表情は全く見えなかったが、ホントに最後まであほだった。


 いい加減別パターンの台詞を期待しての挑発だったのだが、何がそんなに感動的なのか、あほシスターは一層目をうるうるさせて洞窟から俺を見送ると、特に付いて来る様子も無く、このバケツマンと呼ばれてもいいぐらいの奇怪な俺の姿に何のコメントもしないまま、あっと言う間に見えなくなった。


 これも突っ込んで欲しくて行った奇行だが……。ボケ殺しとは頂けない。俺が勝手にスベった挙句、ただの変人のようになっている。折角突っ込みを引き出そうとテンション高めで言ったのに、胸当ての中で思いっ切り自分の声が跳ね返って来て、うるさく虚しいだけだった。


「ほっ、ほっ」


 俺はぐらぐらと揺れる胸当てに、頭を揺らされながら洞窟を出ると、乾いた赤い砂地が広がる場所に出た。


 胸当ての脇にある隙間から周囲を覗き見してみるが、がらんとしていて特に人影らしきものは見当たらない。木と、膝ぐらいの高さの枯れた草が、ぽつぽつと見えるだけで、何だかサバンナのようだった。建物も無い様子で、人間がいる気配は感じない。まあ左手からチラ見しているだけなので、もっと周囲をよく見れば、何か見えるのかもしれないが。ずっと遠くには、霞みがかった、黒い峰が連なっている。まあ要は、がらんとした場所らしい。峰を見るついでに空模様も窺えたが、何だかどんよりとした鉛色の雲が低く空を覆っていて、時折ピシャアと、薄紫の稲妻を走らせていた。


 よし。


 がらんとしている乾燥地。建物は無い。道も通ってない。


 つまり誰もいないっぽいし、ここで着替えよう。


「ほっ」


 がらんと両腕のブーツと籠手を地面へ落とすと、同時にお辞儀をするように頭を前へ倒して、バケツならぬ胸当ても地面に落とす。バケツマンモード解除だ。俺は今から脱衣マンになるぜ。ん、いやいや、いきなりこの上に鎧って着るものなのだろうか。青緑色の病衣を脱ごうとする前に、まずはリュックを確かめてみる。……病衣のままという所は、妙に現実の再現度が高いんだな。シスターはあんなにあほだったのに。いや単なる、手抜きかもしれない。


 まずパンパンのリュックの中には、服が入っていた。茶色っぽい幅の広いズボンに、上はフード付きの黒い長袖の服。これはその下に着ろという事だろうか。もう一枚、薄手の半袖の、黒いシャツが一枚。


 誰もいないんだしと、荒野のど真ん中で男らしく、一気にばさっと脱いでパンツ一丁になった。脱ぎ捨てた病衣の表面の右胸辺りに、小さく縫い付けらていた白いゼッケンの上に刷られた、「3OEスリーオーイー」という文字が目の端に映ると飛んでいく。


 ……ううん気温は高くも無く低くも無い感じだったが、パンツ一丁になった途端流石に冷えて、ぶるると震えた。ちゃちゃっと服に着替えたら、防具を当てよう。


「うおおさぶ……」

「きゃっ!?」


 ぶえっくしょいとくしゃみをしながら、右足をズボンにいれた瞬間だった。ふと右手からそんな、女の子の声がする。


 こんな天気も悪い、がらんとした乾燥地のど真ん中で?


 いやまさか。女の子が喜びそうな店だって一軒も無いこんな場所、何の用があってやって来るんだって


「なっ……。何、やってるんですか……?」


 俺の右手の先に立っていたのは、同い年ぐらいの少女だった。背はかすみよりやや低いから、多分百六十ぐらい。足首までしっかり覆った、くすんだ桃色のロングワンピースを着ていて、その上にはフード付きの、深緑ふかみどりの外套を羽織っている。肩にかかるぐらいまで伸ばした髪は赤茶色で、黒い瞳を持つ目は真ん丸に見開かれていた。ふむ。成る程。


 ほんまにおるやんけ。



 俺は、ズボンを穿こうと右足を上げたまま、中腰の姿勢で固まった。



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