お土産選び

 サントに着くと、眠ってしまったフィーナを背負って馬車を降りた。

 時刻は既に夜。外の世界は明かりも少ないため、天を仰げば宝石を散りばめたような夜空が広がっている。

 肌をなでる風の涼しさが心地よくて、早くベッドに入って横になりたいという気持ちが強くなっていく。


「ラスナ殿、フィーナ様なら私が背負いますので」

「だからいいって。こいつ軽いし小さい頃からの付き合いだから、これくらいならいつものことだよ」

「そんなことを言って、感触を楽しんでいらっしゃるのでしょう?」

「お前は俺を何だと……いや、やっぱいい。何も言わないでくれ」


 またサルとかチンパンジーとか言われたらたまったもんじゃない。どっちもサルじゃねえか。

 まあ楽しんでるわけじゃないけど、実はライラの言う通り、俺の背中には二つの何かがそこそこに圧をかけてきている。いつの間にかこんなになって……お兄ちゃんは嬉しいよ……。すいませんやっぱりちょっとだけ楽しんでます。

 ちなみに、ボブは壁の外に出てからこの方、ゲームをして遊ぶとき以外は一言も喋っていない。


「とりあえず宿を探そうか」

「そうですね。何件か知っていますので、私が案内します」

「頼む」


 フィーナを背負ったまま、馬車乗り場を横切って街に入っていく。クロスがいるので、俺たちを振り返る人は相変わらず後を絶たない。


 サントの街中は夜遅くにも関わらずそこそこの人々が行きかっている。ここサントは馬車の乗り換え地点ということもあって栄えていて、今は時間的にも、俺たちのようにリオクライドへ行く途中だったり、その帰り道だったりする人たちがここで一泊しようと押しかけて来ているらしい。人々の足で雑に踏み固められた土の地面も、今は何だか温かく感じられる。


 ライラに案内してもらって数件歩き回ったものの、幸いにも空いている宿をすぐに確保できた。受付を済ませた後、一階の酒場で夕飯を食べるために一旦部屋に行って荷物とフィーナを降ろすことにする。

 部屋割りは俺とボブ、ライラとフィーナ。まあこれは当然だな。

 起こすのも悪いと思ったので、一先ずフィーナをベッドに降ろす。


「じゃ、頼む」


 ライラに頼んでフィーナをベッドに降ろそうとしたその時。


「「…………?」」


 ライラが力を入れて俺からフィーナを剥がそうとするも、剥がれない。フィーナの腕がいつの間にか俺の首に回っていて、それに力が入る。く、苦しい……。


「お前っ……起きてたのかっ……」

「少し前からねっ」

「いいからっ……早く降りなさいっ……」


 腰を低くしてやると、フィーナはすとんと床に降りた。

 

 全員で酒場に降りる。もうかなり遅い時間ではあったけど、酒場は依然盛況みたいだ。

 壁の外の世界では冒険者をやっている人間も格段に増えるため、この時間は、仕事が終わって一日の成果や無事を祝って仲間たちと祝杯をあげる人たちでごった返すらしい。ただの酒好きのおっさんたちという可能性もなくはない。

 そんな人々の喧騒をかいくぐって席に着く。

 恐らくはつまみ用の料理だろう。奥から漂ってくるスパイシーな香りが鼻腔をくすぐり、食欲を増幅させる。魔法よりもよほど魔法みたいだ。


 注文を完了して料理が来るのを待つまでの間に、俺はライラに明日の予定を聞いておくことにした。


「明日は何時くらいにここを出ればいいんだ?」

「そうですね、どちらにしろリオクライドで一泊しますから、そこまで急ぐ必要もないでしょうけど……昼頃にはここを出た方が良いと思います」

「了解。それまでは自由時間にでもするか」


 昨日倒したバッファローから取った素材も換金しておきたいから、冒険者組合に行こうかな。仕事を休んで王家からの支援も断っているので、こういうとこでちょこちょこ稼がないと。


「お兄ちゃんはどうするの?」

「冒険者組合に行く。それからは……土産でも見てぶらぶらするかな」

「へえ~お姉ちゃんへのお土産選ぶんだ?」


 エスパーの方ですか?


「何でわかったんだよ」

「お兄ちゃん友達少ないから、お土産選ぶとしたら相手は家族かお姉ちゃんくらいでしょ」

「おいおい待てよ。俺にはビットというマブダチとも呼べるべき存在がちゃんといるんだぜ?妹よ」

「えっ!?本当に!?いつできたの!?女!?」


 驚きすぎだし食いつきすぎ。


「どんだけびびってんだよ……。男だよ。冒険者の仕事始めてすぐだな。色々わからないことだらけだった俺に、冒険者の仕事について色々と教えてくれたんだ」

「へえ~いい人なんだね!良かったね、お兄ちゃんっ」


 何で友達できたことが感動秘話みたいになってんだよ。

 ビットの方は王女であるフィーナのことをもちろん知っているし、フィーナもビットのことを見たことくらいはあるはずなんだけど……。まさか俺の友達とは思ってなかったとかそういうことだろうか。


「しかしそういった人当たりのいい方というのは、大体他にもたくさんのご友人がいらっしゃるのではないかと思うのですが」

「ライラは人の心を傷つけるのがうまいんだな……」


 もう感心してしまう域に来ている。


「大丈夫。俺がいるから」

「結構です」


 ボブ……こいつ、壁の外に出てゲーム以外で初めて喋ったと思ったらこれかよ。

 こいつのキャラというか立ち位置がよくわからん。何で急に親友ポジにこようとしてるんだ?だめだ、ツッコミどころが多すぎる。


「話を戻すようですが、お土産選びは帰り道の方がいいのでは?今買っても荷物になるだけでしょう。もっとも、リオクライドではあまりゆっくりしている暇はなさそうですので、選ぶならこの街ですが」

「そりゃな。ライラの言う通りだ、だから見るだけだよ」

「ねえねえ、お土産見るのついて行ってもいい?」


 フィーナはどこか楽し気にそんなことを言う。


「別にそれはいいけど」

「私もお供します。フィーナ様のお世話をするのが仕事ですので」


 ですよね。結局みんなで行くんかい。


「俺は荷物番をする」

「いいのか?何か悪いな」


 ボブはここに残ってくれるらしい。

 飯を食い終わると、各自風呂に入ってすぐに寝た。疲れていたので思いのほか寝つきがよく、気づけばもう朝だ。


 昨日話した通りに街に繰り出す。宿は街の外側にあり、冒険者組合は街の中心部にあるので、移動には馬車を使うことにした。タクシー感覚で馬車を捕まえて乗り込む。

 今は朝で、夜と比べれば人の数は減っている。特に冒険者の数が少ない。

 今頃の時間、彼らはそれぞれ本日の仕事場に赴いているはずで、歩いているのはほとんどが商人や主婦などだ。


 壁の外の世界は明かりの供給に電気、正確に言えば電気を供給する施設を神々からの制限により設置できないため、夜型の生活を送っている人というのがほとんどいない。よって、昼間はみんな仕事をしているから、通りからは人が消えるということになる。

 おかげで今は馬車もすいすい進み、割とすぐに街の中心部に着いた。

 中心部には領主の館やこの街の行政を担う施設が集められている。冒険者組合もその中の一つだ。

 馬車から降りて、冒険者組合を探す。割とすぐに見つかった。


「じゃ、換金とかしてくるからちょっとだけ待っててくれ」

「え、何で?暇だし私も行くよ」

「では私もお供します」

「何か悪いな」


 この流れにも慣れてきたので、他にコメントするようなことはない。俺たちは冒険者組合の施設に入った。


 内部の見た目は、木造建築の郵便局と言った風情だ。

 施設自体はそこそこの大きさがあるんだけど、大半は職員さんが作業をするスペースに割り当てられていて、ここがサントの支店ってこともあり、冒険者からの手続きやらをする受付部分は結構狭い。


 俺は受付に向かう。フィーナとライラは普段冒険者組合になんて用がないので、物珍しそうにあちこちを見て回っている。


「終わった?じゃあお土産見に行こっ!」


 用事を済ませてフィーナに声をかけると、そんな元気な返事が飛んできた。姉へのお土産を選ぶのがそんなに楽しみなのか。買うのも渡すのも俺なんだけど。


 良さげな土産屋、手芸屋、あるいは雑貨屋やらを探してぶらぶらと歩く。

 するとフィーナが一つの店に目を付けたらしい。俺の服の裾をくいくいと引っ張ってきた。


「ここ良さげじゃない?」


 どうやら良さげらしい。そこは生活雑貨店だった。

 店に入ると、落ち着いた明るさの照明に装飾された、食器や文具を始めとする雑多な生活用品は、彩りも様々で見た目を賑やかにしている。

 ぼんやりと店内を見て回っていると、俺を呼ぶ声がした。


「お兄ちゃん、これなんていいと思うよっ」


 フィーナが手に取ったのはシュシュだった。ユキを思わせるような純白。たしかに似合いそうではあるけど、こういうのでいいのか?


「で、これが私の分ねっ」


 そう言って、フィーナはなぜか赤いリボンを手渡してきた。髪を結うのに使うんだろうけど、彼女のピンクに近い赤髪に溶け込むには少し赤みが強い。


「私の分ってなんだよ、自分で買えばいいだろ」


 俺が言うと、フィーナもライラも呆れた表情でため息をついた。


「これだからお兄ちゃんは……」

「『愚鈍』のラスナとお呼びしてもよろしいですか?」

「何だよお前ら。よろしくねえに決まってんだろ。人に変な二つ名追加すんな」

「いいから早く買って」


 なぜかフィーナが怒り始めたのでそれ以上聞くことはせずにその二つを持ってレジへと向かう。

 包装してもらったリボンを手渡してやると、フィーナは「ありがとう」と言って受け取り、嬉しそうに眺めていた。


 帰り道に、馬車の中でふと気になったことを聞いてみた。


「そういえば二人とも写真とかって撮らないよな。携帯は持ってきてるんだろ?」


 馬車の中でたまにパシャパシャやってたけど、街についてからはその姿はほとんど見ていない。女の子って結構写真撮るの好きなイメージがあったから、少しだけ気にしている。

 というか別に男女に限った話じゃなくて、好きなやつはやたらと写真撮りまくってSNSにアップするよな。あの行動原理は正直俺にはいまいち理解できないんだけど、恐らくは自分の生活が充実して輝いていることを確認しつつアピールするためのものであり、SNSのアカウント同士間で行われる闘争のようなものなんじゃないかと思っている。最後に生き残った者だけがただ一人、『約束された勝利の自意識エクスカリバー』を手にすることが許されるのだろう。


「ここには何回か来てるからね、一枚二枚撮れば充分でしょ」

「そうですね。それに私は写真というものがそこまで好きではありませんから」


 それもそうか。ライラが写真好きじゃないのは知らなかったけど。


「ていうかお兄ちゃんは写真撮らないの?思い出残しとかなくていいの?」

「俺もそんなに写真は好きじゃないからな。でもまあ、旅の途中で四人で写った写真くらいは撮っておきたいか」

「うん。せっかくだしルドラさんのとこで撮りたいよね!リオクライドでもいいけど。あそこ、結構夜景が綺麗なんだよ」

「そりゃ楽しみだな」


 てか風神と写真撮る気かこいつ。それはそれで面白そうだけど、なかなか怖いもん知らずだな……。


 宿屋に戻ると、ボブが「よう、戻ったか兄弟」と相変わらず距離感のわからない挨拶をしてくれる。荷物をまとめて宿を出ると、ちょうどいい時間になっていたので馬車乗り場へ向かい、すぐに馬車に乗り込んだ。

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