サントへの馬車の中で

「まずは、ガルド国の首都リオクライドを目指しましょう。風の神の住処は、そこから更に徒歩で数日南下したところにあります」

「えらい長旅だな」

「壁の外では、一番速い移動手段がこの馬車ですので……致し方ありません」


 がたんがたん。がたんがたん。

 そんな感じで揺られながら、ガルドを目指す馬車の中。私は、ぼんやりとラスナお兄ちゃんとライラの会話を聞いていた。

 私の隣にお兄ちゃん。お兄ちゃんの正面にライラ。私の正面にはボブ。って感じで座ってる。


「リオクライドまではどのくらいかかるんだ?」


 お兄ちゃんは、さっきコンビニで買った携帯用の地図を開きながら聞いた。


「馬車で二日程でしょうか。途中、乗り換えの為に乗るサントという街で宿を取りましょう」

「それがいいな」

「ねえねえ、その街についたらどこか遊びにいこうよ」


 何となくつまらないので、会話に割って入ってみる。

 話しかけながら、私がお兄ちゃんの腕に自分の腕を絡ませると、お兄ちゃんはギョッという顔をした。そうそう、この顔を見るのが好きなんだよね。


「だからフィーナ。そういうのはやめろって、いつも言ってるだろ」

「そういうのって?」


 わざとらしく首を傾げてみる。

 私たちの間ではもうお決まりのやり取りなんだけど、お兄ちゃんはいまだに慣れることができずに動揺してくれてた。


「フィーナ様。あまりラスナ殿にくっつかれない方が……その、危険ですので」

「今日初めて会ったはずなのに何でそんなに印象悪いんだよ。俺を何だと思ってるんだ?」

「非常に申し上げにくいのですが……盛りのついたサルか何かかと……」

「申し上げにくいのなら少しくらい表現を変えてくれねえかな」


 ライラは本当に申し訳なさそうな表情で言っていた。

 あっ。そういえば、ライラは美人でスタイルもいいからお兄ちゃんが鼻の下を伸ばさないようにって、あらかじめあることないこと吹き込んで印象を大分悪い方向に下げておいたのを忘れちゃってた……。ま、いっか。


 そんな感じで、窓の外の風景が横に流れていくのを見ながらお喋りをして過ごしていると、突然馬車が止まる。

 馬車の御者が、こちらを覗いて言ってきた。


「お客さんすいません、ブラウンバッファローですわ。このまま直進は無理っぽいんで待つか引き返すかしないと……」


 どうやら道を危険動物に遮られているらしい。御者も頭を掻きながら参ったって感じの顔をしてる。


「ねえねえお兄ちゃん、あれやっつけて来てよ!」

「何でだよ。あんなのお前らがやれば瞬殺だろ」

「いいから~、ねっお願い。お兄ちゃんのかっこいいところ、見たいな~」


 私は、お兄ちゃんに腕を絡めたまま上目づかいで言った。


「ったく、しょうがねえなあ……ンフフッ……」


 お兄ちゃんはチョロい。

 あんな感じでお願いすれば、大体いつも語尾に気持ち悪い言葉を漏らしながら聞いてくれる。

 でも、意地悪とか遊びであんなことを言ったわけじゃないの。本当にお兄ちゃんのかっこいいところが見たいだけ。


 私は、小さい頃から魔法をうまく扱うことができた。

 魔力の量も多いから威力や効果が大きく才能もあると言われていて、おまけに光魔法まで使えたので、一対一の戦闘なら王宮の兵士相手に負けることなんてなかったほどだ。

 だからと言うわけではないのかもしれないけど、ただ強いだけの男の子にはあまり興味がなかった。ほら、学校だと運動神経が良かったりとか、頭が良かったりとかする男の子って何かしら注目されてモテたりするじゃない?クラスの女の子たちもそういう人たちのことばっかり話してたし……。でも、私には今いちピンと来なかった。


 お兄ちゃんは心だけは誰よりも強い。

 とにかく自分をバカにしてくる人には徹底的に食ってかかり、たまに王宮に仕事でやってくるときですらボロボロになっていたりする。

 魔法が使えなくて喧嘩には勝てないけど、絶対に負けない。何があっても負けを認めずに食い下がって、自分が動けなくなるか相手がしつこさのあまりに降参するまで戦い続ける。


 今もお兄ちゃんは、身体が皮膚ですら硬くて魔法が使えないとすごく苦戦するブラウンバッファローに、ンフフ……とか言いながら立ち向かおうとしている。ボブもライラも何も言わずしようとせず、観戦モードみたい。


 ブラウンバッファローがお兄ちゃんに気づく。お兄ちゃんは何だか妙にやる気でいつもならしない「かかってこいや」のポーズで指をくいくいっとして、バッファローを挑発している。何してんの……。


 バッファローは走り出す。なかなかの迫力。

 お兄ちゃんは、剣のクロスことクロちゃんを手に取っ……取れない。お兄ちゃんの手をひょいっと避けた。

 ようやく手に取ったものの、バッファローとの距離は縮まっている。

 しかしお兄ちゃんは慌てずに落ち着いて横に回避。さすが俺とか思ってそうなドヤ顔のまま吹っ飛ばされた。

 あれっ。

 実は少しだけ慌ててたから回避のタイミングが少し早かったらしい。バッファローがお兄ちゃんを見て突撃の軌道を修正したのかも。

 転んだところをぐりぐりと踏みつけられるお兄ちゃん。

 それでも助けを求めずに頑張るお兄ちゃん。

 そんなお兄ちゃんの事を、私は…………あっ、また吹っ飛ばされた。

 あれっ?これちょっとまずいやつなんじゃ……。


「フィーナ様、さすがにそろそろ助けて差し上げた方がよろしいのでは?その、いくら卑しい豚のようなラスナ殿と言えども…………」

「私、お兄ちゃんのことそこまで悪く言ったっけ?」


 どうもクロちゃんが言うことを聞いてくれないみたい。結構いい子だと思ってたんだけどなあ……。

 今助けてあげても、逆にお兄ちゃんは落ち込んじゃうと思うのよね。

 ぎりぎりまで見守ろうと様子を見ていると、お兄ちゃんは何とかバッファローを倒した後、売れそうな素材を回収して戻ってきた。


「…………」


 肩を落として項垂れ、無言で私の隣に腰を下ろすお兄ちゃん。スパっとバッファローを倒してかっこいいところを見せることが出来なかったから、落ち込んでいるみたい。御者がどこか気まずそうにお礼を言った。


「お兄ちゃん、かっこよかったよっ。ありがとう」

「そ、そうか?」


 そう言って手を両手で握ってあげると、お兄ちゃんは少しだけ元気になったみたいだ。やっぱりチョロい。


「私も、チンパンジーと見間違える程度には素敵な動きをしていたと」

「ちょっとライラ、今はいいから……!少しだけ静かにしてて」


 どうやらライラは結構毒舌っぽい。知らなかった。


「クロちゃん、だめじゃない。ちゃんとお兄ちゃんの言うことを聞かなきゃ」

「オカンか。いや違う。こいつが俺の使い方を知らないだけだ」


 お兄ちゃんの方を見ながら、クロちゃんはそう言う。


「たしかにそうらしいな。なるほど、こういう感じか……」


 お兄ちゃんが手を広げると、クロちゃんはひゅんと動いてそこに収まった。すごい。私もやりたい!


「え~っ、いいなあ。面白そう!ほらクロちゃん、私のところにも来て」


 手をぱっと広げてみるも、クロちゃんは来てくれない。


「俺を動かせるのはこいつだけなんだ。本当に残念なことだが、俺とこいつは魔力で繋がっていてな。この世界で魔法が使用されるメカニズムと同じで、こいつのイメージを汲み取って動く。イメージに逆らうことはできないものの、少しなら自分の意志でも動けるから、掴もうとしてきたら思わず避けてしまうんだ」


 へー、そうなんだ……。いいなあ……。

 私もクロちゃんみたいな剣が欲しいな。杖の方がいいかも。


 魔法は、魔力を身体の外に練りながら使いたい魔法をイメージする、という方法で使われている。

 魔法を使う人が頭の中に描いたイメージを、各属性の魔法を担当する神様たちの力でこの世に具現化するという理屈らしい。神様の力が働いている証拠に、魔法が発生したときには必ず魔法陣が出ている。

 イメージの神様への伝わりやすさを左右する「熟練度」とか、他にも魔法の強さに関係する要素はあるんだけど、今は関係ないかな……。


 また馬車が動き出す。そこからは特にトラブルはなく、全然喋らないボブ以外の三人でお喋りをしたり、トランプやしりとりの他に、あらかじめインストールしといた携帯のアプリを使って、人生ゲームみたいなボードゲームやらの少しこったやつとかも遊んでみたりして暇を潰していく。その時に、ボブがようやく喋ったのが印象的だった。


「お兄ちゃんが俳優になっちゃった。結構お給料いいんだね、俳優って」

「今のうちにサイン頼んどけよ」

「最近は俳優の方のスキャンダルや悪いニュースも目立ちますよね」

「おいフィーナ。何だか今日初めて会った時からこの女が犯罪者を見るのと同じ目で俺を見てる気がするんだけど、何か心当たりはないか?」

「気のせいじゃない?ほら、お兄ちゃんの番だよっ」


 そう言って、片腕を絡ませてもう片方の手で携帯をお兄ちゃんに渡してみる。目は合わせられず、私の視線は携帯に向いていた。


「…………フィーナ、ちゃんと俺の目を見て言えよ。ほら」


 騙されてくれない。あらやだ、こんな時だけ積極的なんだから……。


 ちなみに、携帯はカテゴリー的には壁の外への持ち込みを禁止されるようなもののはずなんだけど、携帯やデジカメやらの小型で、用途から考えても必ず持ち帰るタイプのものとか、衣服やペットボトルみたいに、捨てても再利用の可能な技術が出来上がっているものに対しては、持ち込みに関してはお咎めがない。携帯は電波がないから付属のカメラやアプリとかにしか使い道がないけどね。


 やがて陽が落ちてみんなの口数も減っていくと、いつの間にか私は寝てしまっていたらしい。頭をお兄ちゃんの肩に乗っけたまま目が覚めた。

 姿勢を正して周りを見ると、ライラとボブも寝ていた。でも、お兄ちゃんだけは寝ずに窓の外を眺めている。私が動く気配に気づいて、優しい微笑みを浮かべながら話しかけてくれた。


「目が覚めたのか?サントにかなり近いところまで来てるみたいだから、もう少しだけ我慢してくれな。って言っても、長旅にはお前の方が慣れてるか」


 むう。子供扱いされている。

 お兄ちゃんの言う通り、私は王家としての交流などで他国を訪れる機会がたまにあるので、長旅の経験もそこそこと言った感じ。

 誰も喋らないし、起きていてもしょうがないので狸寝入りをしていると、やがてサントに着いたらしい。


「フィーナ、着いたぞ。…………寝てるな。ライラ、俺が背負ってくからフィーナを背中に乗っけるのを手伝ってくれ」

「フィーナ様をその様な危険な目には遭わせられません。私が背負います」

「何が危険なんだよ。話が始まらないから早くしてくれ」


 頬に触れる、お兄ちゃんのスーツの感触。

 おんぶをしてもらえた様なので、私はそのまま寝たフリをすることにした。

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