風神龍と炎の薔薇
スノウの祈り
「ヴァレンティア王国、七か国戦争に参戦!八か国戦争へ」
七か国戦争が始まってから未だかつてなかったニュースは、あらゆる手段を通じて間もなく世界中を駆け巡った。
『リオハルト王国』
端正な顔立ちの青年が、机に向かって何やら事務仕事をしている。疲労の色が見えないのにも関わらず、時間を確認し、そろそろ寝ようかというそぶりが、この青年の生活がいかに規則正しいものであるかを窺わせていた。
既に室内の明かりも松明や蝋燭が発するそれのみとなった時間。リオハルト王国首都ファルス、ファルス城にてこの国の第一王子であるレオン=リオハルトは、今日も民の為に仕事に勤しんでいる。
その時、扉をノックする音が部屋に響き渡った。
扉の方を向いてレオンが入室許可の意志を伝えると、一人の男が部屋に入ってくる。
浅黒い肌にややつり上がった目。男性にしては少し長めに伸びた髪は、全て後ろにまとめて結われていた。
「シャルダール。君がこんな時間にここに来るなんて珍しいね」
「申し訳ございません。今日中にお伺いしたい用件がありまして」
シャルダールと呼ばれた男は、部屋に入った直後からずっと直立の姿勢を維持している。
レオンはその用件というものに心当たりがあるようで、すぐに返事をした。
「構わないよ。七か国戦争、いや、八か国戦争のことだね?」
「はい。その……殿下はどのようにお考えかと」
「そうだね……まだ何もわからないから、情報が欲しいってところかな」
「では、何者かをヴァレンティアに派遣いたしますか?」
「う~ん」
レオンは少し難しい顔をして唸る。何か気掛かりなことがあるようだ。
「もちろん、その際には堂々と平和的に、使者として派遣いたします。実力を確認するのにも、試合を申し込みましょう。殿下のご意志に背くようなことは、決していたしません」
シャルダールの言葉を聞くと、レオンは表情を明るくし、微笑みをその口元に湛えた。
「ありがとう。本当に君は僕のことをよくわかってくれているね」
「もったいないお言葉です」
「君がそこまで言うのならお願いしようかな。そうだね……僕の仕事が一段落したら、君の手も空くだろう。そのときにしよう」
「と、仰いますと……」
「うん、手合わせのことまで考えたら、その方がいいかなって」
「身に余る光栄です。殿下のスケジュールの確認や諸々の手配などを急ぎます」
「いつもありがとう。よろしく頼むよ」
「かしこまりました」
一礼して踵を返すと、シャルダールは部屋を後にする。
扉の向こうで部屋から遠ざかっていく足音を聞きながら、レオンは机に向き直って背伸びをした。
(ラスナ=アレスター……。どのような方なんだろう。少しだけ楽しみだな)
『ガルド国』
夜の帳が下りてもなお衰えを見せない、人々の喧騒。昼間であればそれはさぞ、この国の繁栄を世に語り掛けるための、恰好の肴となるに違いなかった。
魔石を利用した街灯は宵闇から人々を助け、行く先を照らす。その灯は中世風世界にあっても、夜空の星を隠してしまう程に明るい。
そんな街の風景の中、街の南西にある小高い丘の上に、人々を見守るようにそびえ立つ城があった。
ガルド国首都リオクライドにある、リオクライド城。その中にある一室で、一人の女性がワインを嗜んでいるところだ。
燃えるような赤を纏った長い髪と大きく見開かれた瞳からは、強い意志や情熱といったものを感じずにはいられない。
その女性は、椅子に座ったまま足を組んでふんぞり返り、近くで静かに待機しているメイドらしき女性にその艶やかな声で話しかけた。
「それで、ヴァレンティアの候補者に関する情報は入って来たのかしら?」
「申し訳ございません、メアリー様。まだ伝書鳩も郵便も届いてはおらず、お告げ以上の情報はまだ……」
メアリー=フォン=デ=ガルド。この国の第三王女だ。
メアリーは、沈痛な面持ちで報告をする女性に対して、さして表情の変化も見せずに次の言葉を返す。
「そう。なるべく急いで頂戴。ああ、どんな人なのかしら!待ちきれないわ!私から会いにいきたいくらいよ!」
「いずれか、部下をヴァレンティアに派遣いたしますか?」
「そうねぇ……」
少し思案した後、先ほどとは裏腹な、静かな調子でメアリーは言った。
「今すぐにはいいわ。連絡を待ちましょう。他の国も同じことを考えているでしょうし、刺客同士が鉢合わせたりしたら面倒だわ」
「かしこまりました」
「あんなつまらないリオハルトの王子みたいなのじゃなくて、面白い人だといいわね。あ~あ、向こうから来てくれたりしないかしら」
それからメアリーは再び妖しく微笑み、まるで演劇のセリフのように言葉を紡いでいく。
「そうすれば私の!情熱の『炎の薔薇』で!燃やし尽くしてさしあげるのに!」
言い終わって少し間が空くと、落ち着いてきたのか、気を取り直したようにメイドの女性に対して、メアリーは命令をする。
「さあ、今日も街に繰り出すわよ。三バカを連れていらっしゃい」
「かしこまりました」
メイドが部屋を後にすると、メアリーはまだわずかに残っていたワインを飲みほし、怪しげに微笑んだ。もう一杯をつぐ為にワインの入ったボトルに手をかけると同時に、扉をノックする音が響く。
「あらぁ、随分と早かったわね」
その言葉を入室許可の意思確認とし、三つの影が部屋に入ってきた。
一人は、この国や時代にもそぐわぬ、忍び装束に全身を包んだ者。
もう一人は、とんがり帽子を被り黒い外套を身に纏った、魔女っ娘といった印象を受ける幼い見た目の少女。
最後の一人は、身長の割には横に広い、ずっしりとした体型をした男。横に広いとはいっても身長もそこそこに高いので、見た目には威圧感がある。
その内、忍び装束の男が代表して言葉を発した。
「お呼びでござるか、メアリー様」
「街に出るから付き合いなさい」
「かしこまりましたでござる」
「さて、今夜は何をして遊ぼうかしらね」
そして……
『ヴァレンティア王国』
ヴァレンティア王国の首都マダラシティ、ヴァレンティア城にて。
スノウ=ヴァレンティアは、窓から部屋の外を眺め、物思いにふけっていた。
(ラスナ君にフィーナちゃん、大丈夫かなあ……)
空からのしかかるように落ちてきた宵闇を跳ね返そうとしているかの如く、電気によって作られた人口の明かりが、マダラシティを覆っている。
実際には宵闇は、跳ね返ることなく街の明かりに吸い込まれてそのまま消えてしまっていた。にも関わらず、まるで人間たちが生み出した光は、見えない何かと戦い、それから人間たちを守っているかのように、街を照らし続けている。
その光景は、体裁や意地といった、人によってはおおよそ理解のしがたいものを守るために虚栄を張る人間に、どこか似ていた。
スノウは、魔法が使えるようになるとか、神に命令されたとかと言った理由でラスナがあそこまでやる気を出すわけはないとわかっている。
ただ、ラスナに今まで見たことのないような真剣な表情で「俺を信じて待ってて欲しい」と言われたから、何も聞かずに待とうと決めたのだ。そこには、自分にすら話すことのできないような、よっぽどの事情を垣間見た気がしたから。
あの時、自分の両肩を掴んだラスナの腕は力強かった。
スノウの記憶の中のラスナは、いつも泣いているというのに……。
〇 〇 〇
十年前。ヴァレンティア城の庭にて。
一人の少年が、少女に見守られながら泣いている。
(ぐずっ……ううっ……)
(ラスナ君、どうしたの?またいじめられたの?)
(うえぇ……魔法が使えないのはださいって……火を出してびっくりさせたりしてくるし……もうやだよ……)
少女は、小さいラスナの頭をなでてあげた。
(よしよし。怖かったね。魔法が使えなくても、ラスナ君はラスナ君だよ)
(ユキちゃん……僕は、どうして魔法が使えないの?魔法が使えれば、もっとお友達ができるのに……仲良くできるのに……どうして?)
(ラスナ君は、お友達が欲しいの?)
(うん……)
(じゃあ、私がずっとお友達でいてあげる。それでね、大きくなったらラスナ君のお嫁さんになって、ずっとずっと、側にいてあげる)
(ほんとに?)
(ほんとだよ)
(ユキちゃん、ありがとう)
少年はそういうと、泣きながら笑う。
〇 〇 〇
スノウは、何も変わって欲しくないと思っていた。
小さい頃にアイドルとして成功し、目まぐるしく環境が変わる自分と、学校で平穏な日々を送る友人たちとの比較で、スノウは嫌というほどに変わらないことの特別さを思い知らされていたからだ。
最初に変化が訪れたのは、それまで泣きじゃくっていただけのラスナが、ボロボロになって王宮に現れた時。
話を聞けば、自分をバカにしてきたクラスメイトに食ってかかってやったのだという。自分もただではすまなかったものの、相手を泣かせることができたと、ラスナは喜んでいた。
父親のゲイル=アレスターが言うには、息子が魔法が使えないと言うことで、ゲイルが王宮で気の毒だと思われたのが嫌だったらしく、親のためにも自分が強くならなければいけないと思っているらしい。果てには剣の腕も磨き始めたのだとか。
それから高校生にもなると、ラスナは一人で危険動物を狩るなどの簡単な依頼をこなし、冒険者として仕事をし始めた。おかげでクラウドがラスナにスノウの護衛を頼むための大義名分ができたものの、スノウとしては気が気ではない。
変わらないどころか、いつ何があって命を落とすかわからない状況に、ラスナが自分から身を置いていくことに不安を感じずにはいられなかった。
果てに、今度は殺し合いに参加するという。
殺さなくても勝負はつくものの、国の威信をかけた戦いで、命を落とすまで戦おうとするものは少なくはない。
(神様……どうか……)
祈ろうとして、スノウは気づいてしまった。祈るべき神が、ラスナに戦いをそそのかしたことに。
もはやどうしたらいいのかわからない不安を飲み込もうとするかのように、スノウは俯いて目を瞑り、時が過ぎるのを待つことしかできなかった。
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