『フルーツ畑のわんちゃん』
マンションの自室に戻ってスマホを確認すると、RINEやSNSの通知に混じって親父からの不在着信があった。
そういえば今日は王宮にいなかったな……。別の仕事で出払ってたのか。
とりあえず電話をかけてみる。
数回の呼び出し音の後に、通話口の向こうから声が聞こえてきた。
「申す申す」
そう。「もしもし」は「申す申す」が変化したものだと言われているけど、実際には「申し申し」が短縮された言葉だという話だ。じゃねえよ。
「相変わらずだな、親父」
真面目な声で真面目にボケをかましてくる、つかみどころのないこの声の持ち主がゲイル=アレスター。俺の実の父親だ。
こんな変なキャラをしているけど、逆にそれがウケたりしていて同僚の兵士たちからは地味に慕われている。
だからこそ、俺が産まれて魔法が使えないと判明したときは、気の毒に……的な雰囲気が流れたらしい。ほっとけ。
それでも両親は俺を優しく育ててくれた。だから俺はラッパー並みに両親に感謝している。oh yeah.
「色々と話をしたいのだが、こっちには帰ってこないのか?」
「ごめん、明日から早速動かなきゃいけないんだ。また今度な」
「そうか」
親父は、俺の状況を王家と同じ程度には把握しているはずだし、あまり多くを語る必要はないと思う。
「ラスナ」
だから、親父が俺に聞きたいのはそれだけだったのかもしれない。
「大事なものを守る為に戦うんだな?」
「ああ。そういうことだよ」
即答した。親父もそれ以上は聞いてこなかった。
「ならいい。暇が出来たら帰ってこいよ。母さんもミルも待ってるからな」
「そうするよ」
「それじゃ俺は畑仕事があるから」
そう言って親父は電話を切った。ちなみに、うちは畑を持っていないので畑仕事というのは親父のわかりづらいボケだ。一瞬の戸惑いが、俺からツッコむ時間を奪ってしまった。
小さい頃。魔法が使えないとバカにされるのが、そのせいで親父が気の毒そうに見られるのが悔しかった俺は必死に剣の腕を磨き、学校の同じクラスのやつらを撃退できる程度には強くなっていく。
でも、周りの子供を撃退して泣かせたとき。優しかった親父が初めて俺に真剣な表情で説教をしてきた。
(いいか、ラスナ。力は自分から振るうものではない。自分にとって、大事なものを守る為に振るうものなんだ)
それ以来、俺は自分から力を振るいまくっている。ごめん親父。
いや危険動物とかに限った話な。あとソドムのおっさんとかの敵対してる兵士連中とか、同業者連中とかな。結構いるわ。とにかく、さっきの親父とのやり取りはそういうことだ。
他にはビットからもRINEが来ていた。そういや後から連絡するとか言って忘れてたな。ビットと電話した後すぐ王宮にいったこと、明日からガルドに行かないといけないことを伝えて謝っておいた。
ビットも誘ってみたけど、今日休んだ分明日からまたたくさん働くそうだ。少しだけ残念。
さて、明日は王宮にもよらなきゃいけないし、もう寝るか……。
◇ ◇ ◇
翌日。昨夜はガイアに呼び出されることもなく、すんなり目が覚めた俺は王宮にフィーナと護衛の人を迎えに来ていた。さて、どんなやつが来ることやら……。
「ラスナ。来たか」
「親父」
昨日いい感じで別れを言ったのにもう会ってんじゃねえか。いやそりゃ王宮でなら会うだろうけどさ。
「ソドムの計らいでな。私が挨拶と護衛役の紹介をしよう。スノウ様も見送りに来てくださっているから喜べ。さあ早く」
「よっしゃ」
「ラスナ君、おはよう」
「おはよう。見送り、ありがとな」
この場はいつも通りの口調で大丈夫だろう。
本館前には、フィーナと護衛の人、侍女らしき人、ユキ、親父が揃っていた。
親父は古参なので兵士長のソドムにもタメ口でOKだ。元から兵士同士での身分差なんて、歳が近ければあってないようなものだけど。
「お兄ちゃんおはよう!」
「フィーナもおはよう」
「お兄ちゃん、おはよう」
「どちら様ですか?」
護衛の人に挨拶された。しかし当然俺はこの人の兄ではない。
長身で禿頭の男。肌は浅黒く、彫りの深い目は子供なら逃げ出す程度の迫力を備えている。
「ボブです」
知らねえよ。
「今回護衛役として同伴するボブ君だ。まだ兵士になって日は浅いが、実力はたしかだから戦闘では頼りになるぞ」
「よろしくお願いします」
とりあえず挨拶しといた。
「そしてこちらがライラさん。端的に言えば戦うメイドさんだ、地理にも詳しいので、道案内などもしてもらうことになる」
「ライラです。普段はスノウ様やフィーナ様の侍女をさせていただいております。よろしくお願いいたします」
ラベンダーの色合いをした髪が、腰の辺りまで伸びている。
表情が乏しく、クールビューティーと言った印象を受ける女性で、昼はメイド、夜はアサシンと言った感じだ。どういう感じだよ。
「こちらこそよろしくお願いします」
「全員大体同じくらいの歳だ。気楽にやるといい」
親父がそう補足してくれた。敬語を使う必要はないということか。
「そっか。じゃあ二人とも改めてよろしくな」
「…………」
「…………」
あれっ。ボブとライラからの反応がない。
「私は侍女ですし、そういうわけには参りません」
「…………」
「その、何だ。ボブ君は寡黙でな。必要なとき以外はあまり喋らんのだ」
親父がそんなフォローを入れてくる。ライラはまあいいけど、じゃあボブの第一声が「お兄ちゃん、おはよう」だったのはどうなんだよ……。
「そ、そっか。まあいいや。じゃあそろそろ行くか」
「待て」
正門の方に歩いて行こうとすると、親父に呼び止められた。
「どうした?親父」
「二つ名はもう決めたのか?」
「二つ名?何それ」
「お兄ちゃん知らないの?七か国戦争の代表者はね、全員二つ名を持ってるんだって。だからお兄ちゃんも考えといたほうがいいよ」
フィーナが説明してくれたけど、余計にわからなくなった。何でそんなもんつけないといけないんだよ。
「良くわからんけど……じゃあ、そうだな……ユキが考えてくれないか?」
「えっ……私が?いいの?」
ユキにつけてもらった方がやる気が出そうだからな。
「お姉ちゃんずるい!」
「じゃあ二人で考えよっか。う~ん……可愛いのがいいなあ……ワンちゃんとか」
おっと、いきなり雲行きが怪しくなってきましたよ。
ここは少し俺が誘導するか。
「犬……『ハウンドドッグ』とかか?」
「え~何それ。全然可愛くない。肉とか食べてそう」
くっそ、恥ずかしさを忍んで言ったのにフィーナに即却下されてしまった。ていうか元から犬は肉食ってるだろうが。
「う~ん、お肉も野菜も可愛くないから……果物とか食べてて欲しいなあ」
食べてて欲しいなあ(願望)。
ユキ……何で可愛くする方向で話が進んでんだよ。
「『フルーツ畑のワンちゃん』……とかどうかな?」
ユキの発表で、場に一瞬の沈黙が流れた後。
「可愛いしいいんじゃない?決まりだね、お兄ちゃん!」
「さすがはスノウ様。愚息にはもったいない二つ名を頂き、感謝いたします」
「スノウ様……ライラは感動いたしました」
「…………」
全員からの賛辞が飛んできた。
本音を言えば却下なんだけど、自分からユキに頼んだわけだし……。
「だめ……かな?」
そう言って、ユキはおずおずと上目遣いでこちらを見てくる。
いや……むしろ俺は『フルーツ畑のワンちゃん』になるためにこの世に生まれてきたんじゃないのか?何だかそんな気がしてきたぞ。
「いや、すげー気に入ったよ。ありがとう、ユキ」
◇ ◇ ◇
東門までは王家専属のドライバーが運転する車で送ってもらった。
東西南北の門には、壁の内側にバス停があり、外側には馬車乗り場がある。
これから馬車に乗るんだけど、その前にコンビニに寄っておく。マダラシティの外にはコンビニはないからな。
「ちょっとコンビニ寄ってくるわ」
「あ、私も行く~!」
「お供いたします」
「…………」
全員ついてくるんかい。可愛いなおい。
王国民に人気の第二王女であるフィーナは、いつもなら壁の内側で出歩くときは何かしら顔を隠せる服装をすることが多い。でも、今は俺がクロスを連れて歩いていて目立ちまくっているので、無意味だからと着たい服を着ている。
一応クロスが収まる鞘は腰につけているんだけど、何だかそれは窮屈な気がして可哀そうなので、本人が望まない限り俺はクロスを横に浮かせて並んで歩くようにしていた。
「やっぱりコンビニは天マだよね!」
フィーナがファサードサイン、店舗の入り口の上にあるロゴの入った看板を見ながらそんなことを言ってくる。
天マ。正式名称は「
マダラシティ、実質的に天界で最大手のコンビニだ。外の中世風世界でも展開はしているが、店舗は木造の個人商店風だし二十四時間営業じゃないしで、コンビニと呼べるようなものじゃなかったりする。
「ッシャッセェ~」「セェ~」
すっかりお馴染みの全自動店員ロボによる入店挨拶。
店内にはそこそこの人がいて、ほとんどが俺たちをちらちらと見てくる。
「お兄ちゃんは何を買いに来たの?」
「食べる物」
「あ、そっか。支援は断ったんだもんね……」
フィーナたちは王家から支給される食糧やらを持ってきているが、俺はそれを断ったのでほぼ全て現地調達だ。
さて、今日は天チキでも食おうかな……と思っていると、新商品の山賊焼きが目に入ってきた。
天チキというのは天マのトレードマークとも言える商品だ。鶏肉を油で揚げたもので、衣がサクサクしていてなかなかうまい。
山賊焼きは山賊を焼いたものではなく、でかい唐揚げみたいなやつで、山賊に人気の商品だ。期間限定の商品なので、いつも発売の時期になると天マには山賊が押し寄せて大変なことになる。何のこっちゃ。
「山賊焼き一つ」
ボブがいつの間にかレジで山賊焼きを注文していた。お前が食うんかい。いや、よく考えてみたら別に問題はないのか……。
さて、と……。俺はパンとコーヒーを持ってレジに向かった。
「お兄ちゃん、もうちょっと野菜とか食べなよ」
「そういう気分じゃないんだよ」
レジに向かう前にふと思いつき、雑誌コーナーでヴァレンティア王国周辺の地図をゲットする。携帯用の小さい冊子になってるやつだ。
「地図?地図なんてなくてもライラがいるから大丈夫だよ?」
「自分でちゃんと見てみたくてな」
マダラシティの外にはよく出るけど、そこまで遠くには行かないし基本は馬車を使うので地理を把握しているわけじゃない。これもいい機会だ。
フィーナやライラと話しながらレジに並んでいると、順番はあっと言う間に回ってきた。
「コチラノザッシハアタタメマスカ?」
温めねえよ。
それから天マを出ると馬車に乗り込み、『フルーツ畑のワンちゃん』こと俺、ラスナ=アレスターの旅が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます