ラスナのドンドコ漂流記

 扉の前で一旦二人と離れ、先に部屋に入ってもらう。

 それから少し間を空けて扉をノックし、応答を待ってから会議室に入ると、ヴァレンティア一家が勢ぞろいしていた。ソドムのおっさんや、事務局長のダットもいる。急な召集だしソドムとダットがいるだけでもメンツとしては充分だろう。


 事務局というのは政府のようなもので、事務局長というのは手っ取り早く言えば首相だ。政治の権利は全て七か国連合評議会に持っていかれているので、彼らと王家の間を取り持ち、また王家の名をもって承認された政策を、責任を持って実行する役割も担っている。

 

 要は中間管理職だな。ダットのおっさんが禿げてるのもそのせいかもしれない。後でコーヒーでもおごってあげよう。


「ラスナ君、わざわざすまないね。適当に腰を掛けてくれ」


 普段は親バカで陽気なおっさんも今日は真面目な面持ちだ。というか、俺がおちゃらけてるところを見過ぎているだけだと思う。


「失礼します」


 お言葉に甘えて椅子に座る。俺も、王家だけならともかく、兵士長や事務局長のいる前では、形だけでも一般市民として接するべきだ。


「さて、こちらでも大体の状況は把握しているつもりだが、ラスナ君のほうからも改めて話を聞かせて欲しい」


 そう促されて、俺はこれまでの経緯を説明した。もちろんユキがアイドルをやめれるように何とかしてもらう、というガイアと交わした約束だけは話せないので、俺が戦う動機に関してはうまくごまかす。あと、ガイアから言われた通り、あいつが人類を滅ぼそうとしていることも伏せた。


「特にガイアと直接話したという部分に関しては、もう信じていただくほかありませんが……大体こういった感じです」


 この一文で俺は説明を締めくくった。クロスの話だって普通ならとても信じられたもんじゃないけど、目の前に実物が実際に浮いてるんだから信じざるを得ない。しかし、ガイアに関しては証明のしようがなかった。


「ふむ。私は別に疑ってなどおらぬが……先ほどガイア様がお告げをされた際に、ラスナ君の名前を出しておったしな。接触があったとしても不思議ではない。他の者はどう思うかね?」


 意見を求められ、王家の発言がないのを確認し、ソドムのおっさんが言う。


「いずれにせよ、ラスナ殿の魔法が使えるようになれば、全てのことが事実かどうか判明するものかと存じます。他にその剣の使い方を知っているものはいないはずですから」


 こいつにラスナ殿とか言われるのは変な感じだな。だけど正しくその通りだ。言っていることは正しい。


「しかし、お話していただいたことが全て事実なら、ラスナ殿には七か国戦争が始まる前までには、全ての神と契約していただいた方がよろしいかもしれませんね……。ラスナ殿は今後、どうなさるおつもりなのですか?」


 そう発言したのはレイン=ヴァレンティア。ユキの母親で、ヴァレンティア王国の女王。クラウドの妻だ。

 透き通るように美しい白銀の髪と、ユキがそのまま歳をとったようなそのあどけない顔立ちは、年齢を全く感じさせない。

 身長は俺より少し高いくらいだけど、ぴっと伸びた背筋と上品な佇まいが、身長をより高く錯覚させる。


「ひとまず、使いやすそうな風魔法を担当する神と契約したいと思っています」

「えー?でも、火の神様がすぐそこに住んでるんでしょ?近い方から行った方がいいんじゃないの?」


 割って入ってきた、その声変りをしていないような高い男の子の声はロム=ヴァレンティア。ヴァレンティアの第一王子だ。というか王子はコイツしかいない。ヴァレンティア王家の長男であり末っ子。


「こら、ロム。今は大事なお話をしてるんだから、静かにしてなきゃダメでしょ」

「俺だって真面目だよ。ねえ兄ちゃん、何で?」


 ユキに注意されるも、聞く耳を持ってくれない。

 ロムも、フィーナと同じように俺と実の兄のように接してくれる。しかしまだ幼いので、こういう場でなぜ俺たちがわざわざかしこまっているのか、まだわからないようだ。そりゃそうだよな。


「ロム。皆が敬語を使ってるときには同じようにしなきゃだめだぞ」


 俺は、優しい声音になるように気をつけてそう注意した。

 正式な場で俺が王家にフランクに接するとすぐに食ってかかるソドムも、今重苦しい言葉を使うと逆効果だと理解しているらしく、何も言ってこない。


「別にいーじゃん!」


 俺は苦笑しながら説明した。


「さっきも言ったけど、風魔法が便利だからだよ。俺は今までずっと剣を使ってきたから、火魔法を使っての遠距離攻撃より、風魔法を使って移動速度をあげた方が戦闘に有利だからなんだ。それに、たしか風の神のいるところもここからそう遠くはなかったと思う」

「そうですね。一番近いのはここより南の宋華王国の領土にある、火の神イフリート様の住まうほこらですが、次に近いのは東のガルド国の領土にある、風の神ルドラ様のほこらです」


 ダットは、仕事柄ある程度地理には詳しい。俺の説明を補足してくれた。


「ふーん、そうなんだ」


 納得したのかはわからないが、ロムはそう返事をしてくれる。


「そういったわけで、これから一旦帰宅し準備を整えたら明日にでも風の神の住処を目指して旅に出ようと思います」

「そうか。すまないな。では王家のために動いてくれるのだし、王としてせめてもの援助をしよう」

「いえ、その……お気持ちは嬉しいのですが、いただくわけには参りません。これは、自分の意志でやると決めたことですので」


 これは半分本音交じりの建前だ。自分でやると決めたことだから、というのは本音だけど、金をもらいたくないのは、王家の金ってのはほとんどがユキのアイドル業で稼いでる金だからだ。助けたい女の子から金をもらってどうすんだって話。


「自分の意志で……そうか。君がそういうならそうしよう。では、護衛などはいらんかね?一人二人くらい、うちの兵士を付き添わせた方がいいだろう。道中は何かと危険だ」

「お父様、それなら私がラスナ殿に同伴いたしますわ」


 全員が一斉にフィーナを、驚きと共に振り返った。


「フィーナ様……!それは」

「いいでしょう?ソドム兵士長。うちの兵士だって、本気の戦闘になれば私には叶わないのだし。人でもモンスターでも、襲われたところで返り討ちにしてさしあげますわ」

「うっ……!しかし……」


 ソドムのおっさんは反論できない。

 そう、フィーナは魔法を使うのがうまく、魔力の最大量も多い。ちなみに武器も教育されているので多少はうまく扱える。とはいえ、誰もが魔法の使えるこの世界で、魔法が強ければ武器の腕はそこまで実力に影響しない。


「そ・れ・に、旅には光魔法が使える人がいないとダメでしょ。怪我しても回復できる人がいなきゃ。うちの兵士に光魔法が使える者なんていたかしら?」


 簡単に言えば、光魔法はポジティブな方向の奇跡を、闇魔法はネガティブな方向の奇跡を起こす魔法で、光は回復や支援、闇は呪いや衰弱などの魔法を主体としている。火、水、風、土、雷の五属性と違い、光と闇の魔法に関しては、誰もが使えるというわけではなく、生まれ持っての素質が必要だ。

 ユキとフィーナには光魔法の素質があり、それも国民からの人気を集めている理由の一つとなっている。


 って言ってもなぁ……。俺、こういうのは基本一人で行きたいんだけど。

 フィーナがいれば、それはそれで楽しいだろうけどさ。

 どうやって断ろうかな……と考えていると。


「あの、私からもお願いします。フィーナを……同伴させてあげられませんか?」


 ユキが一歩前に出て、そんなことを言い出した。

 何だか思い詰めたような表情をしている。


「ガルド国までですと、そこそこの長旅になります。何があるかわかりません。その、何と言いますか……心配で……」

「お姉様……」


 ユキからの援護が以外だったのか、フィーナは彼女を驚きの表情で見ている。

 うまく理屈を並べられず、最後は思ったことをそのまま言ったユキ。

 アニメなんかだと、このタイミングで主題歌が挿入されるだろう。

 タイトルは「伝えたいこの気持ち~ラスナのドンドコ漂流記~」だな。


「本当は私が行きたいんだけど、お仕事があるから……。お父様、いかがでしょうか……?」

「むむむ……」


 悩んでる悩んでる。まあおっさんとしては心配だし、行かせたくはないのが本音だろうな。しかし、ユキからもお願いされてしまうと難しい。


「心配ではあるが……スノウがそこまで言うのなら、護衛をつけるという条件付きで許可しよう」

「お父様……ありがとうございます」


 そこでユキとフィーナが、視線を合わせて微笑む。当事者は俺なんだけど。


「ソドム兵士長。護衛に適任者を、明日までに選んでおいてもらえるかね?」

「かしこまりました」


 もちろん責任者であるソドムのおっさんが動くことはできない。話しやすいやつが来てくれるといいんだけどな……。


「ではラスナ君。明日出発する前に、ここに寄ってもらえるかね?フィーナと、護衛役の支度を整えさせておこう」

「ありがとうございます。それでは俺も準備があるので……これで失礼します」


 そう言って部屋から出て少し歩くと、後ろから呼び止められた。


「ラスナ君!」


 ユキだ。後ろからフィーナもついてきている。


「ユキ……ありがとな、心配してくれて。俺もフィーナがいると心強いよ」


 しかし、ユキが俺から聞きたいのはそんな言葉じゃないみたいだ。


「あの……ラスナ君。今更聞いてもしょうがないのかもしれないけど……本当はどんな理由で戦おうと思ったの?」


 俺は内心ぎくっとした。やはりユキだけはごまかせないか……。


「魔法を使えるようになることに、そこまで興味があるとも思えなかったから。他の手段ならあれだけど、死ぬかもしれないのに、七か国戦争に参加してまで魔法が使えるようになりたいなんて、ラスナ君は思ってないでしょ?」


 この子に嘘は絶対につきたくない。でも、お前のためだなんて、死んでも言えなかった。言えばユキは自分のせいだと思うだろうし、そもそも正確に言えば、ユキを助けたいっていう、自分の願いのためなんだから。


「ごめん。その……今は、言えないんだ」

「そう、なんだ……」


 そう言ってユキは俯き、とても悲しそうな表情をする。

 今までそんなことはなかったから、俺に隠し事をされたことに、ショックを受けているんだろう。

 不甲斐ない。俺は、この娘にこんな表情をして欲しくないから戦うのに。笑顔を見たくて戦うのに。自分が原因で落ち込ませてしまうなんて情けない。

 悔しくて、もどかしくて、どうにか気持ちを伝えたくて。気づけば俺は、ユキの両肩を掴んで、真正面から目を合わせて叫んでいた。


「ユキっ!!!!」

「ハ、ハイっ!!!!」


 突然のことにびっくりして、ユキは目を見開き、両手を身体の前に持ってきて固まっている。しまった何やってんだ俺。


「え、えっとその……なんだ、うまく言えないんだけど……」


 どうしようと思い視線を落とすと、中々にその存在を主張する胸が目に入った。

 ふえぇ……。俺は慌てて顔を上げる。


「話せるときが来たら絶対に話すから。だから……その、俺を、信じて待ってて欲しい」


 不器用な、拙い言葉だったけど、何とかユキの心には届いたらしい。

 ユキはクスッとからかうように笑ってから言ってくれた。


「うん、わかった。……ずっと、待ってるね」


 ざわざわ……っ!僥倖……っ!コングラッチュレイション……っ!コングラッチュレイション……っ!


「あのー、そろそろいいかしら、お二人さん」


 フィーナとクロスの存在をすっかり忘れてた。恥ずかしい。穴があれば爆発魔法で拡大して地盤沈下を起こさせたい。俺たちは慌てて離れた。


「一緒に行くのは私なんだけど~。行くのやめよっかな~。ね、剣さん?あ、名前何て言うんだっけ」

「クロスだ」

「ごめんね、フィーナちゃん。ラスナ君を……よろしくね」


 ユキはフィーナをぎゅっと抱きしめる。俺もお願いします。

 フィーナは思わぬ姉の対応に、とまどった表情をしていた。今日のこいつはこんなのばっかだな。

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