フィーナ=ヴァレンティア

「もしもし」

「またスマホ、見てなかったでしょ」


 俺が応答ボタンを押して一言を添えると、ユキは少し怒っているような声で返してきた。


「ああ、悪い。今ちょっと忙しくてな。どうした?」

「どうしたって、それはこっちのセリフよ。黒い剣とか、七か国戦争にヴァレンティア王国が参戦して、ラスナ君がその代表者とか、急にどうしちゃったの?」

「それなあ、どうしたんだろうな。俺もわけわかんなくてちょっとずつ整理しようとしてるところ」

「そうなんだ……」


 それから少しの間があった。ユキは何かを考えているようだ。


「ねえ、今希望の丘にいるんでしょ?」

「ああ。駐車場にいる」

「今からうちに来ない?私もだけど、お父さんとかもラスナ君から話を聞きたがってると思うから」


 それはそうだ。王家としては、国の代表者としての俺に改めて話をしたいだろうし、剣とかガイアのこととか、聞きたいこともあるだろう。

 ちなみに、俺にとっては幼馴染がいて、シンボルとして存在している王家といえど、王宮にはそう簡単に一般市民が出入りすることはできない。それには、王宮内部にいる人間から許可をもらって手続きをする必要がある。


「わかった。今から行くよ」

「ありがとう。手続きとかはこっちでしておくから」

「ありがとう。それじゃまた後で」


 通話を切ると、RINEを起動して知人からのチャットを確認しながら、王宮に向かって歩き始めた。


「おい」

「うおっ」


 後ろから剣に突然話しかけられて、身体がびくっとなる。そういえば、こいつの存在を忘れていた。


「これからどうするんだ」

「神々に会って契約を交わして、魔法を使えるようになりたい。でもその前に、王宮に行って王家の人たちと話をする」

「そんな必要があるのか?」

「ああ。そもそも七か国戦争ってのを俺は詳しく知らないからな。何せ今まで、ヴァレンティア王国の一般市民には関係のない話だったわけだし。それに、王家からも俺に色々聞きたいことはあると思う」

「そうか」


 ていうかこいつさっきからずっと浮いてるけど……疲れたりとかしないのか?

 色々とこいつにも聞かなきゃいけないな、と考えていると、そこであることに気が付いた。


「そういえば、お前の名前を決めないといけないな。俺が自由に決めていいんだったよな」

「ああ」


 剣の全身を眺めてみる。

 黒く高級感のある外見。眼がアクセントになっていてそうは見えないが、その姿はさしずめ黒い十字架のようでもあった。


「クロス……なんてどうだ?安直すぎるか?」

「悪くないな」


 気に入ってくれた……のか?眼だけで気持ちを察するのは中々難しい。


「じゃあクロス、お前について色々と聞きたいんだけど……まずどうやって動いてるんだ?」

「お前から魔力をもらって、それで動いている」


 魔法が使えずとも俺の身体に魔力が流れているというのは、小さい頃、魔法が使えない原因を探る為に連れていかれた病院で聞いた。


「なるほどな、聖剣とか魔剣っていうより妖剣って感じか。じゃあ俺の魔力が少なくなったらどうすればいいんだ?魔力って減りすぎると危ないんだろ」

「そうだが、お前に関してはその心配はない。俺も驚いたが、お前の身体からは魔力が無限に湧き出てきている。少なくとも、かなり強力な魔法を使用したりしない限りは、魔力が枯渇するということはないだろう」

「えっ……」


 何だそれ。初めて聞いたぞ。俺すごくね?


「そうするとあれか?俺は神と契約を交わした瞬間、強力な魔法使いになれるってか」

「そんなことはない。無限に湧き出てくるというのは、使う度に補充される、という意味だ。魔力の最大量自体は多くないし、補充する速度を上回る量を使えば、減りはする」


 なるほど。つまりあれだな、ある程度食べてない分が溜まるとおかわりを中断する、ロボによる自動おかわり式のわんこそばみたいなもんか。

 わんこそばというのは、地球発祥の料理というか料理の形式?で、一口大のそばを客のお椀に入れ、それを食べ終わるたびに、給仕がそのお椀に次々とそばを入れ続ける形式のそばだ。客が満腹になり、ふたを閉めるまで続けるのが基本のスタイルとなっている。


 まず、これを給士ではなく、機械が補充するとしよう。しかも、客が食べ終わったらとかではなく、一定の間隔で自動的に。

 食べるのが遅い客だと、どんどんそばが溜まっていく。しかし、例えば五杯くらいそばが溜まると、機械が補充を中止するように設定されているとしよう。

 そうすると、客が機械の補充スピードを上回る速度でそばを食べない限り、溜まっているそばは、永遠に五杯から減ることはない。でも、総量そのものは五杯しかないから、早くそばを食べられる人ならすぐになくなってしまう。


 うん、俺の説明もわかりづらいし、わんこそばで例えたのもわかりづらいな。すいません忘れてください。


 話を戻すと、魔法の威力というのは、魔力の最大量に依存する。クロスが言うには、俺は最大量自体は多くないらしい。

 要するに、俺は威力の弱い魔法をほぼ無限に使うことはできても、威力の高い魔法はそもそも使うこと自体ができない。そういうことだ。

 でも、俺的にはそれでも充分だ。戦闘に関して言えば特に、移動速度をあげることのできる風魔法を使えるようになれれば、よほど皮膚の硬い野生の動物とかでもない限り、ほとんどの生き物は倒せると思う。


「ふーん、じゃ最初に契約するのは火か風の神が良さそうだな……」


 火属性の魔法も、クロスに火を纏わせるとかの使い方をすれば、少ない魔力でも硬いものを切断するためのサポート的な使い方ができるはずだ。


「ちなみにだけど……クロスをスリープ状態にすることはできるのか?その……どうしても一人になりたいときとかって、あるだろ?」

「ああ。そういう風に念じればいい。魔法を使うときと同じ要領だな。ただし、剣としての機能がオフになってるのと、俺の意識がないのとは別の話だから気を付けろよ。スリープ状態になっていても、俺が起きているときと寝ているときがあってな、ただの剣になっていても、俺の意識自体はあって、周りの音声が聞こえていたり、お前の魔力の変動を把握できていたりする」

「なかなか複雑なんだな」


 本当に一人きりになりたいときは、スリープ状態になってもらった上で、部屋の外とかに置いておく必要があるってことだな。


 そんな感じでクロスと会話をしながら歩いていると、王宮が近づいて来たので、ユキに「もうすぐ着く」とチャットを送っておいた。

 王宮に着くと正門に回り、守衛に挨拶をして、入ってすぐの詰め所で受付を済ませる。当然ながらみんなクロスを見てかなり驚いていた。庭を突っ切って、事務所や会議室などがある本館を目指す。


 王宮は、王家が住んでいるので王宮という言い方をしているが、その言葉から連想されるような石造りの城などではなく、実際にはめちゃくちゃ豪華なお屋敷といった感じの建物だ。


 人口過密でスペースを限界まで使用しつくされているマダラシティにおいて、緑に囲まれた庭を持つ、唯一の物件と言っていいだろう。

 縦横に走る石畳の床に囲まれた区画には、芝生の絨毯が敷き詰められ、中央には噴水も設置されている。ところどころに花壇もあって、そこには色とりどりの花たちが、鮮やかに咲いていた。彩度の強いそれらの中に混じって、淡い色合で背も低く、けれどもより一層強くしっかりと咲き誇っている花がまるでユキのようで、自然とそれを眺める自分の頬が緩むのを感じる。


 ユキによると、ちょうど王家や兵士長の面々などは会議室に集まっているらしいので、そこを目指す。会議室は本館の二階だ。

庭にいる兵士たちに挨拶をしながら進むと、本館についた。

 廊下を歩いていると、階段の方から小さな影が飛び出してくる。それから、甲高い声が俺を出迎えてくれた。


「お兄ちゃん!いらっしゃい!」

「よう、フィーナ。遊びに来たんじゃないぞ」

「わかってる!あ、その剣さっきも写真でみたよ!すごいね~生きてるの?」


 肩まであるピンクに近い赤髪を結ったポニーテール。前髪をピンで留めていて、そこからわずかに覗くおでこが、活発な印象をより強くしている。背は低く、俺より少し小さいぐらいのユキよりも更に小さい。


 フィーナ=ヴァレンティア。ユキの妹で、ヴァレンティア王家の第二王女ということになる。


 フィーナは、昔から俺を実の兄のように慕ってくれている。俺もまんざらではなく、兄のように接してきた。でも、女の子としては、俺はこの娘が苦手だ。

 そう、今も挨拶をするなり俺の腕に、自分の腕を絡めてグイグイと引っ張ってくる。男に慣れてるというのとは違うのだろうが、こういうことをされると、普段女の子にモテない俺は警戒してしまう。


「おいフィーナ。そういうのはやめろって、前から言ってるだろ」

「そういうのって?」

「だからな……」


 妹に兄としてとって欲しくない行動を戒めようとしていると、いつの間にか階段を降りてきたところにユキがいた。フィーナと一緒だったのだろう。


「ラスナ君、来てくれてありがとう」

「うん」


 何だろう。いつものふんわりとした笑顔なんだけど、こう……目が笑ってないって言うのか?ちょっと怖いんですけど……。


「フィーナちゃん?ラスナ君が困ってるでしょ。やめてあげて?」

「え~?困ってるのはお姉ちゃんの方じゃないのぉ~?」


 そう言っていたずらっぽく笑いながらユキを見るフィーナ。

 あっ、これあれだわ。女の戦い始まってるわ。


 俺は、女心というのはてんでわからないが、この姉妹との付き合いのせいか、女の戦いが行われている気配は察することができる。何が理由かはわからないが、今二人は戦っている。

 男はこんなとき、黙って見守ることしかできない。そう、男というのは本当に無力なのだ……。


「もう。何言ってるのかしら、フィーナちゃんったら。ふふ」


 もう帰っていいですかね……。


「ほらお兄ちゃん、行こ」


 そのまま俺の腕をぐいぐい引っ張って会議室に向かおうとするフィーナ。

 会議室に到着するまで、俺は二人の戦いを見守るはめになった。

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