希望の丘へ

 目が覚めると、朝の九時頃だった。

 希望の丘?あそこはただの観光スポットだろ。『神器』を置いておくとか言ってたか……。何のことだろう。


 ひとまずベッドから出て、シャワーを浴びて、服を着替える。近所のコンビニに行くだけなので、ラフな格好だ。

 コンビニに行って朝飯を買って帰ってくると、ビットからチャットが来ていた。


「ビット:今日はどうするんだ?」


 どうする、とは冒険者としての仕事、つまり危険動物の討伐やらに行ったりするのかどうかを含めて、今日の予定を聞いて来ている。暇だからついていくぜ、ということだろう。気のいいやつだ。

 ガイアの指示通りに、希望の丘に行こうかと思ってたんだけど、明日でもいいかな?

 いや、でもな……。今夜寝た時に、ガイアがまたコンタクトを取ってきたら気まずい。友達におすすめされた本を、「明日読んどくわ」とか言ったのに結局読んでなくて、翌日に感想を聞かれたら気まずいだろ?それと同じだ。


「自分:今日は用事があって、仕事は休みにする」

「ビット:そっか。ついていこうと思ったけど、しょうがない。それと今度、仕事とかじゃなくて普通に遊ぼうぜ、またな」


 めっちゃいいやつだよな……。なんでこいつ俺の友達なんだろ……。

 

 それから買って来た飯を食って、いつものスーツ姿になってから家を出た。

 どんな仕事でもスーツを着ておけば大体は大丈夫なので、俺はいつもスーツを着ている。周りからはおしゃれにもっと気を使えって言われてるけどな。


 家を出て、鍵をかける。

 高級なマンションなら今どきは最新鋭の電子錠やら音声認識やら色々あるみたいだけど、そんなところには住めないので、うちは普通に鍵を使うタイプだ。

 マンションから離れて大通りに出ると、バスに乗り込んだ。今日は仕事じゃないから、剣は持ってきていない。


 『天界の門ヘブンズゲート』前で降りて、南大通り方面に乗り換える。南大通り方面には王宮前行きと南門前行きがあり、今回はどちらに乗っても構わない。

 南大通りは、他の東西北の大通りと同じく、『天界の門ヘヴンズゲート』からまっすぐ南に伸びているんだけど、途中に希望の丘があるので、その麓で東西に分かれている。

 西側には王宮があるので、その前を通って南西の通りから『天界の門ヘヴンズゲート』に戻るルートと、東から丘の後ろに回って南門まで行くルートに分かれるといった感じだ。


 希望の丘に着くと、駐車場で降りる。人影はまばらだ。

 ここは観光スポットとして知られてはいるが、大人気というわけじゃない。

 何もない山の中を歩かされた果てに着いた頂上に、特に何があるわけでもなく。 自然に囲まれた土地というのは、マダラシティにおいてはここしかないので、自然みたさに来る人、軽い登山として運動目的で来る人、カップルでデートをしに来る若者などがぼちぼちやってくると言った感じ。


 駐車場には、何が狙いなのかよくわからない看板が立っている。曰く、


「天界の門より徒歩二時間!大自然と、マダラシティを一望できる、最高の景色をあなたに――――希望の丘」


 分譲マンションの広告か。


 今は、夏も終わりかけになって、暑さも身を潜めてきた頃。

 希望の丘の入り口には、山道のスペースのみを開けて、乱立する樹々が、人々を歓迎するかのように並び立っている。色は緑で統一されているものの、大きさも種類も様々なその森の様子は、少しだけマダラシティに似ているような気がした。


 山道に入ると、緑と土の匂いが鼻腔をくすぐる。

 自然の間を縫うようにして地面までやってきた陽射しが、梢の形をした影を作っていた。


 これはきつい。わかってはいたけど、本当にただ自然の中を歩くだけだ……。

 しかも、道が曲がりくねっているのもあり、頂上までは結構な時間がかかる。


 心が折れそうになる自分を鼓舞しながら何とか頂上にたどり着いた。

 しかし、頂上にいる人々は何だかざわめいている。

 いつもなら、ここからマダラシティを一望しつつ「わー」とオーソドックスな感嘆の声をあげたり、いぇーいと友達と自撮り棒を使って、マダラシティを背景にパシャリとやったり、その写真をいそいそとSNSにアップしたりしているのに。


 その原因はすぐに判明する。

 軽い自然公園の様相を呈する頂上の真ん中に、何やら一本の剣が刺さっていた。


 何だあれ……。学校の行事とかで来たことはあるけど、あんなのあったか?

 剣は、全身が黒く塗装されているが、禍々しくはなく、むしろ変に装飾されるよりもよっぽど高級感が出ている。刀身には、どこのものなのか、全く見覚えのない言語が刻まれている。

 もうちょっと詳しく見てみようと、遠巻きに眺める人を差し置いて、その剣に近寄ろうとしたんだけど、その必要はなかった。


 なぜなら、剣の方から俺に近づいて来たから。


「お前が俺のマスターか」


 マスター?何言ってんだこいつ。ていうか剣が喋った。

 さっきは閉じていたから気が付かなかったけど、剣は柄のあたりに目がある。

 それが開いてこちらを捕らえ、かつ俺の目の前で俺と向かい合うように、刀身を下に向けて浮いている。


 周囲の喧騒は俺と剣を中心にしてどんどん大きくなっていく。

 当然、パシャパシャとスマホで写真を撮る音が俺の耳に届いた。

 「えっ、何?あれ」「動いた!」「喋った!?」とか聞こえてくる。

 恥ずかしい。消えてなくなりたい。


「どうした?トイレか?トイレなら我慢せずに早めに行け」


 オカンか。いやそうじゃねえよ。


「あのー、一緒に写真撮ってもらってもいいですか?」


 全然知らない女の子二人組から話しかけられた。

 いや、適応力高いなおい。今どきの若者はこれじゃから。ホッホッホ。

 俺なんて身動きすらろくに取れねえよ。おい、まだ何も言ってないだろ。勝手に写真を撮るな!剣、お前もきっちりカメラに収まるように移動してんじゃねえ!

 

 俺は恥ずかしさのあまり、頂上から離れようと、くるりと剣に背中を向けて走り出した。

 しかし、剣はぴたりと俺についてくる。


「おい、どうした。これから色々と説明をしなければいけないのだが」

「恥ずかしいんだよ!めっちゃ注目浴びてただろ!」

「何?俺と一緒にいるのが恥ずかしいと言うのか?」

「そうだよ!」


 走りながらすれ違う人々は、みな例外なくこちらを振り向く。

 美人なお姉さんはいつもこんな気分を味わっているのだろうか。

 そのまま脇目もふらずに山道を下るも、麓まで体力が続くはずもなく、途中で脇腹を押さえながら歩いている。

 不意にポケットにあるスマホが震えていることに気づき、取り出す。長いな……電話か。

 着信はビットからだった。


「ラスナ!用事って何だよあれ!すげー面白そうじゃん!あの剣って何?生きてんの!?」

「何で知ってんだよ」

「Tyoritterですごい話題になってるよ!いいっすね!も、シェアもされまくってる!」

「まじか!悪いけど確認したいから一旦切るぞ。また後で連絡する」


 そう言って慌てて通話を終えると、急いでTyoritterを確認する。アプリが起動するのを待つ時間さえもがもどかしい。

 開いた。画面にタイムラインが現れたけど、俺とこの剣の話題は見当たらない。知り合いしかフォローしてないからだ。

 投稿を検索しよう。「希望の丘 剣」こんなもんか?

 検索結果には、角度は違っても、どれも俺と剣を写したものにかわりない写真を載せた投稿がいくつか表示された。写真はなくても、俺たちのことであろうと思われる、言葉だけの投稿もある。


 そういえば、ガイアが俺のアカウントをフォローしとけとか言ってたな。

 アカウント名は「ガイア様のお告げ(ガイア教公式)」だったか。

 検索したらすぐに出てきた。

 ……これまじでガイア教の公式だな……。お告げを再掲しとくための。

 うおっ!さっきの俺と剣の写真が載った投稿を軒並みシェアしてんじゃねえか!やめろ!100万人を超えてるフォロワーに俺を晒すな!

 ていうかアカウントを私物化してんじゃねえよ!

 

 まじかよ……。有名人じゃねえか、俺……。

 くそ、せめてガイアがあそこに何があるのか教えておいてくれてれば……。

 いや、『神器』とは言ってたか。でもまさか動いて喋るなんて……。


「おい」


 そんなことを考えていると、今まで黙ってついて来ていただけの剣が、声をかけて来た。


「そろそろいいか?ガイアからの伝言があるのだが」

「あ、ああ悪いな。もう何が何やらで……」


 そういえば、後はそいつに聞け的な事を言ってたな。剣に伝言を頼むとか、斬新すぎるだろ。

 俺は、麓に向かって歩きながら、ガイアからの伝言を聞いた。


『この剣をやろう。名前はラスナ、お前が決めればいい。仲良くやってくれ』

「はあ」

『だが、この剣だけでは魔法を使えるようにはならない。ゲームで言えば、本体があってもソフトがないようなものだ』

「ふむ」


 何でゲームで例えたんだ?


『魔法が使えるようになるには、各属性の神と契約をする必要がある。力を貸してください、と頼んで、いいよ、と言ってもらうということだな』

「なるほど」

『契約は自分で直接神々に会って交わしてくれ。七か国戦争のことなど、その他のことはお告げを待て』

「了解」


 今も、山道ですれ違う人々は俺たちを振り返る。恥ずかしい。

 剣は、ずっと目線が俺と同じ高さになるように、浮いてついて来ている。


 そうして歩いていると、いつしか麓についていた。すると、俺たちの到着を待っていたと言わんばかりに、ヴァレンティア全国民への緊急放送を告げるけたたましいサイレンの音が、盛大に鳴り響いた。

 その音の発生源は、麓の駐車場に立つ、何本かの電柱に取り付けられたスピーカーだ。


 ヴァレンティア全国民への緊急放送が行われるのは、避難などが必要なほどの大規模な自然災害の発生か、『創世神』ガイアからのお告げがあった場合のどちらかだ。まあ、俺たちからしたら、神も自然災害も大して変わりはないけどな。

 さて、今回はどちらか……このタイミングだと、考えるまでもないだろう。


 サイレンが鳴り終わると、スピーカーからは大司教の声が聞こえてきた。

 大司教は、ガイアからのお告げを受け、それを民衆に伝える役割を担っている。

 大司教の威厳のある、泣く子も黙るような低い声音で、ガイアからのお告げが言い渡される。


『天界のみなさんこんばんわ~。ガイアでーっす、ちょりーっす。ガイア教のアカウント、見てくれたかな?あれに関して、今日はガイアたんからみんなにね~楽しいお知らせがあるぴょんっ』


 …………。


『知りたい?知りたい?どうしよっかな~また今度にしよっかな~』


 …………。


『と見せかけて言っちゃいます!何と、今年の七か国戦争に、ヴァレンティア王国からの代表者の出場を認めます!八か国戦争だね!その代表者とは、ラスナ=アレスター君でぇ~っす!いぇ~い!ドンドコパフパフ~!』


 ……おい!


『運営方法は例年通り連合評議会に任せるよ。後、ヴァレンティア王国民で俺が代表者になりたいって人がいたら、ラスナ君を倒してください。戦争が始まる直前まで受け付けます。ただし正々堂々とね。不意打ちとかで倒したらだめ』


 面倒くさいこと言うなあ……。


『以上。何か追加で決まればお告げするから、よろしくぴろり~ん。それじゃっ』


 それじゃっじゃねえよ!今日一日でどれだけ晒されてんだ俺!

 しっかしこれ。思ったより大変なこと言われてるな。

 ヴァレンティア王国民って、どうやって見極める気だよ。

 気にくわない他国や連合評議会が刺客を送ってきたらどうするんだ。


 神々から禁止された事項を無視すると、天罰が下る、というのは話したが、これは案外適当で穴があったりする。

 国家間などの大規模な戦争は許さないが、個人間の喧嘩や殺し合いなどは、度が過ぎたものでなければ、その国の警察などに処分を委ねられている。

 というか、ガイアに会ってみて思ったけど、あのオッサン、あえてそうしてるのかもしれないな。そうした方が面白いから、とかで。

 つまり、直接神からのお咎めがないのをいいことに、刺客を送り込んで俺を殺そうとするやつが出て来る可能性は高いってこと。


 ……まあ、あいつの言いたいことは大体予想がつく。全部倒せ。負けたらその時点で終わり、お前の負けだ、ってな感じだろ。


 やってやろうじゃねえか。

 とはいえ、今の状態ではかなり危険なので、急いで神々との契約をする必要があるな……。


 これからのことをあれこれと考えていると、またスマホが鳴り出す。

 今日はひっきりなしにかかってくるだろうなあ……。やれやれ、今度は誰だ?

 そう思い、ディスプレイを確認する。

 そこに表示されている名前は、俺に七か国戦争への参戦を決意させた、平和的に王家に捕らえられている女の子のものだった。

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