vs シャルダール
開戦の宣言と同時に、シャルダールは風魔法を使ってラスナに向かって前進し、近接攻撃を仕掛ける構えを見せる。
(あまり魔法には頼らないタイプか……?だとしたらやりづらそうだな)
ラスナはそう考えた。
いきなり接近してきた、というだけで近接戦闘を主体とするタイプだと判断するのは早計というものだが、ある程度魔法に頼らない戦闘ができる自信を持っているのも確実だと思われたからだ。
もっとも「魔法に頼らない」とは言ったところで、移動速度を上げる風魔法などのように、ある程度補助として魔法を使うことが前提ではあるが。
二本の剣が衝突した。
シャルダールが先制して剣を振るい、ラスナは少しずつ後退しながらそれを受けるような剣捌きで防御に徹する。相手が先制してきたので少し様子見でもしようという考えが見受けられた。
いくつもの金属の衝突音が、訓練場に高く響き渡る。
部屋の隅ではクラウド、レイン、スノウとそして数人の兵士たちが試合の行く末を見守っていて、スノウは特に心配そうな表情をして胸の前で手を組み、祈るようにしてその瞳をラスナに向けている。
連続する剣戟の最中、ラスナは突如として自分とシャルダールの間の空間に、魔法が発生する気配を察知した。
次の瞬間、シャルダールの斬撃に紛れて、剣筋が通過した辺りの空気が爆発するように、放射状にやや強い風を生む。しかし、ラスナは寸前に風魔法を使った横転でこれを回避し、魔法が発生し終わった直後には既に反撃の体勢に移っていた。
ラスナの回避行動にシャルダールはもちろん、この戦いを見守っていた面々も驚いている。
シャルダールからしてみれば、斬撃に紛れて相手の体勢を崩す目的で魔法を発動し、それを相手がどう受けるか、そこからの戦いがどう展開するのか、何通りかのパターンを頭に巡らせていたのにも関わらず、そもそもの体勢を崩す目的の魔法を避けられてしまったのだ。
驚愕にほんの一瞬だけ動きを止めてしまったシャルダールに、ラスナの斬撃が入る。そんなことをする必要はない相手であろうとわかってはいても、ラスナはやはり戦いの前にクロスを切れない剣に「変形」させているので、斬撃というよりは殴打と言った方が正しいのだが。
他の人間ならばまともに入ってもおかしくないラスナの攻撃だったものの、シャルダールは何とかこれを防御することに成功した。身体を捻ってぎりぎりのタイミングで武器を彼の前へと持ってくると、ラスナの武器と衝突したと同時に後方に自らも飛ぶことで、武器が折られるのを避ける。
強い衝撃にシャルダールはかなりの距離を後退し、それを見たラスナはすかさず距離を詰める。片膝をついたままの姿勢でシャルダールは左手をかざして雷魔法を放った。
距離がある上に、魔法の発生そのものはシャルダールの手元だったがゆえにラスナはこの察知が少し遅れてしまう。しかし、どちらにしろ攻撃魔法であれば直線的に自分に向かって来るだろうという予測から、風魔法で作った空気の壁を蹴って空中をジグザグに走行する形で、ラスナはシャルダールの攻撃を避けながらも前進して距離を更に詰めていく。
二本三本と駆ける稲妻を避けながら接近してくる敵に、褐色肌の青年は動揺を隠すことができない。彼はこんなことが出来る人間を他に知らないわけではなかったが、自分が人間ではない何か未知の生物と戦っているような、そんな感覚さえも覚えていた。
再び二本の剣が交錯する。しかし、先ほどとは違ってラスナが先手を取り攻撃側に回っていて、シャルダールはそれに対して受ける剣捌きで対応していた。
そこでラスナは突如剣を身体の内側に引いて溜めを作ると、身体を少し屈め、下から切り上げる軌道で大振りの一撃を放つ。
これをチャンスと見たシャルダールはその一閃を回避する選択を採った。一歩後退して斬撃を空振りさせると、そのまま身体を捻りながらしゃがみ込むようにして足払いをかけた。
しかしラスナはこれを待っていたと言わんばかりに、剣を切り上げた体勢のまま地を蹴り、跳びあがってこれを避ける。そして身体を横倒しにすると、空中で回転して再び身体の内側から切り上げるような軌道で剣を振るう。
シャルダールはこれを何とか防ぐものの、防御に使った愛用のシャムシールが弾かれ、手元から抜け飛んでしまった。
勝負ありといった様子で立ち上がるとシャルダールは一礼し、降参の意を示す。
「参りました」
それを受けたラスナはクロスを手放して普段のように横に浮かせると、自らも一礼し、
「ありがとうございました」
と、彼なりに強敵に対して敬意を表したのだった。
「いや、とてもお強い。自らの修行不足を痛感いたしました」
手合わせが終わった後。俺たちはまた応接室に戻ると、テーブルを挟んで向かい合い、お茶を飲みながら感想を言い合っている。クラウドは食事にしておもてなしをしたかったみたいだけど、シャルダールが丁重に断りを入れた形だ。
今日は時間があるらしく、いつも暇疑惑のあるクラウドだけでなくユキも同席してくれている。
「何言ってんだよ、ぎりぎりだったじゃねえか。俺もメアリーと戦って多少自信をつけた後だったけど、見事にそれが消え失せたよ」
「その話は手合わせの前にも仰っていましたね。ガルドの王女様と一戦交えられたのですか?」
「ああ。クロスやフィーナを見て俺がラスナ=アレスターだと当たりをつけたらしくてな。情報収集だの面白そうだのって言って喧嘩をふっかけられたんだ」
シャルダールはその話を聞いて特に顔色を変えるでもなく、差し出されたお茶を口に含んでから微笑み、頷いた。
「こう言っては失礼かもしれませんが、あのお方らしいですね」
「メアリーを知ってるのか?」
「王家同士であれば何かと顔を合わせる機会がございますから。私はお仕えしているレオン殿下がお出かけになる際にたまにご一緒させていただく場合がございまして、ガルド王家との会合にも出席したことがあります」
「なるほどな。そういうもんか……」
王家と顔を合わせる機会がある、と聞いて俺はガイアが宋華王国に気をつけろとか何とか言っていたことを思い出す。
「じゃあさ、宋華王国には行ったことがあるのか?」
「宋華王国ですか……。地理的な問題で、訪れる機会は他の国に比べるとかなり少なくなりますが、ないというわけではありません」
後から調べて知ったことだけど、リオハルト王国はここから西北西の方向、大陸の西端にあるらしい。俺たちの住むヴァレンティアは大陸の中心から北のアリアスを囲むように国土があって、宋華王国はその南、大陸の下側に三日月を描くような形で領土を持っている。
シャルダールの言う「地理的な問題」とは、大陸の西から東に渡る際に、宋華王国よりは道も整備されていて、安全も確保されやすいマダラシティを横切るのが常となっていることを指す。あえて宋華王国を横切る必要がないってわけだ。
「近々宋華王国に行くことになると思うんだけど、どんなところかあまり知らないんだよ。知り合いから良くないことが起きてるとも聞いたし」
「そうでしたか。しかし、私も最近はあの国を訪れておりませんし、ご期待に添えるような情報は……。強いて言えば、宋華という国は多少閉鎖的で王家も気難しい方々という印象です。メアリー様のように好戦的ではありませんが、何かひと悶着が起きる可能性は考えられますので、警戒はされた方がよろしいかと」
「なるほどな。それだけ聞けただけでもすごく助かるよ。ありがとう」
そこで会話は途切れた。気づけば窓から見える景色は茜色に染まりつつあり、場には緩やかに伸ばした糸のような緊張の空気が流れている。シャルダールは、その糸をやんわりと断ち切るように立ち上がった。
「それでは、私はこれにて失礼いたします」
「ああ、次は遊びに来てくれよな。レオン殿下にもよろしく伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
シャルダールは庭で俺たちに見送られながら王宮を後にし、正門のところで一度こちらを振り返って一礼してから敷地外へと立ち去った。
こちら側の人間も続々と王宮に戻って二人だけになると、ユキが呟く様に話しかけてくる。
「良い人でよかったね」
「ああ」
「でもラスナ君、強くなったんだね。シャルダールさんもすごく強そうに見えたけど、そのシャルダールさんに勝っちゃうんだもの」
ユキはそう言いながらも、どこか寂しそうな表情で俯いている。まるで俺が強くなることを望んでいないみたいに。
「いや、俺が勝てたのは相手が本気を出していなかったからだよ」
「えっ……そうなの?」
「多分な。『
「そう言われてみれば……そうかも」
ユニークスキルは、言ってみれば戦闘におけるその人の切り札とも言えるもの。ただ、ユニークスキルは形も効果も様々だから、本当に出していないかどうかはわからない。
まあ簡単にぽんぽんと出していいものでもないし、相手は手合わせを願うとしか言っていなかったから、本気でなかったとしても俺は気にしてないんだけど。
「じゃ、こんな時間だし俺も帰るわ」
「そっか。突然だったけど来てくれてありがとう」
「ああ。また何かあったらいつでも呼んでな」
そう言って片手を上げて歩き出し、王宮を後にしようとしたその時。
「お兄ちゃん!」
血のつながらない妹の声に呼び止められた。
振り返ると、フィーナは息を切らしている。窓から外を眺めていたら俺たちを見つけて、庭まで来てくれたのかもしれない。
「そ、その……」
フィーナはとてもばつが悪そうな表情でもじもじとしているので、俺は何か言った方がいいのかとユキと顔を見合わせたけど、ユキは目線だけで「少しだけ待ってあげて」と優しく語り掛けてきた。
「ゆ、許してあげるから……また、遊びに来てね」
何とも微笑ましいその言葉に、自然と俺の頬は緩んでしまう。
俺はフィーナの方にゆっくり歩み寄って、頭を撫でてから「また近いうちに来るからな」と言うと、妹は「うんっ」と言って笑顔を見せてくれた。
こうしてガルド国への旅はようやく終わった。短いような長いような旅だったけど、いい経験になったと思う。でも、ガイアが宋華王国に気を付けろと言っていたのがどういうことなのか、気になるのも事実だ。
俺はどこか心がざわつくのを感じながら、近況報告と久々に弟の顔を見るために実家に帰り、一時の休暇を過ごすことにした。
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