英雄からの使者
くそっ、やっちまった……。
どういったわけか俺は、昨日の夜と全く同じ言葉を心の中で反芻しながら頭を抱えてベッドにうずくまっている。
ユキに許してもらえるような護衛の仕方を考えていた俺は、相棒のおかげで、忍者マサユキから親愛の証としてもらった忍び装束を着込んでジェームスという架空の人物になりすまし、かっこよく護衛をこなした後に正体を明かして信頼を回復しようという、『忍者汚い』作戦を思いついた。
最初この作戦をクラウドに話した時には「君はばかなのかね?」とか言われたけど、うまく行くはずだと思っていたし、結果的にはおっさんも協力してくれた。不審者として捕まらないだけでも大分助かったしな。
しかし、結果としては多分だけど失敗だ。何故か正体が半分バレていたから。というかもしかしたら完全にバレていたかもしれない。その上であんな殺すだの王家の犬にするだの言っていたんなら、それはユキの俺を絶対に許さないアピールだ。
詰んでいる。もうどうなってもユキやフィーナには許してもらえない。何だか人類滅んでもいい気すらしてきたし、もう七か国戦争に出て戦うのやめよっかな。何があってもあの子のために戦う的なことをガイアに向かって言い切った自分が、まるで遠い昔に活躍した歴史上の人物のようにすら感じてしまう。
苦悶を繰り返す俺の耳に、一通の通知音が届く。
こんな時に誰だよ……。今はそれどころじゃないんだけど。しょうがねえな、と思いながらスマホの画面を確認した。
通知はRINEで、しかも相手はユキだ。
えっまじ?何で?まさか俺を海に沈める日程が決まったとか……。それか、俺を王家の犬として迎え入れる儀式の日程。どちらにしろろくなもんじゃないし、このまま地球にでも逃げようかな……。
色んなチャット内容の予想とその後の展開を脳内に張り巡らせながら、俺は恐る恐る既読無視をされたところで途切れていたユキとのチャットを開いた。
「ユキ:今日のライブが楽しかったから、許してあげてもいいよ。次の旅ではお土産を買って来てね」
…………あれっ?何で?これってもしかしなくても許してくれてる?何だかよくわからんけどラッキー!
そういえば、お土産買ったのに渡すの忘れてたな……。次の旅に出る前にでも王宮に寄って渡すか。喜んでくれるといいけど。
とにかく俺は今の喜びの気持ちを伝えるためにクロスを起動する。
ちなみにクロスはさすがに連れて行くと俺だと三秒でバレるから、護衛の間は家に置いていた。まあ、戦闘になればまずかったけど、仮にも兵士がたくさんいるところで何かあれば俺が戦わなくたってどうにでもなっただろう。
クロスを近くまで寄せると、スマホの画面をクロスの文字通り目の前に持って行ってから話しかける。
「おい相棒!見てくれ!よくわからんけどユキが許してくれたぞ!」
「いちいち騒がしいやつだな……問題が解決したということか?」
「ああ、そういうことだ。お前のおかげかもしれん」
「そうか」
全然興味なさそうなのでもういいかな。起動したばかりでまた電源を切るのも可哀そうなので、今日はこのまま寝よう。
「じゃ、俺は寝るわ。おやすみ~」
クロスからは反応がない。明日起きたら挨拶は大事だと教えてやらなければ。
心地よい闇の中から、悪しき存在が俺を現実へと引き戻す。それは悪魔の使者、スマホの通知音なり。
こんな朝早くから誰だ……。俺は重い頭を引きずって、ディスプレイを確認せずに通話ボタンを押した。しかし、相手は俺にもしもしを言う暇すらくれない。
「あ~やっと出た!もう!実家にまで電話したんだよ!?」
「その声はフィーナか?俺とのRINEは既読無視されて終わってたはずだけど、この不甲斐ない兄を許してくれたのか?」
「許さないけど今はそれどころじゃないの!早く王宮に来て!」
「いやいやどういうことだよ」
「いいから!早く!」
「許してくれなきゃ行きたくない」
「わかったじゃあもう勝手にしたら!?ばいばい!!」
テロリン♪通話が終わった。いやいや、本当にどういうことだよ。しかもまだ許してくれないのかよ。どうでもいいけど女の子の別れ際のばいばいって何だかいいよね。
時計を確認してみると昼だったので驚いた。嫌な予感がしてスマホの着信履歴を確認すると、一つのページがフィーナで埋まっていた。愛が重い。
とりあえずここで王宮に行かなければ、少なくとも俺とフィーナの愉快な兄妹関係は終わりそうなので出発の準備を整えることにする。シャワーを浴びてパンを齧っていると、ユキからRINEが来ていた。
「ユキ:何かね、リオハルト王国の使者って人がお見えになってるの。突然だけど王宮まで来てくれないかな?」
リオハルト?どこかで聞いた名前だな……。メアリーに七か国戦争のことを聞いたときだったか。でも、何でまた突然?それに何で俺が……。
とりあえずユキに「すぐに行く」と返信しつつ、クロスを連れて急いで家を出ると、バス停まで一直線に走ることはせずにめっちゃ急いで歩く。どうでもいいんだけど、中学生の時に「走るとださい」みたいな風潮が蔓延して、どんなに急いでる時でもめっちゃ頑張って早歩きしてた時期があったな。多分俺たちだけだろう。
王宮に着く寸前にユキに「もうすぐ着く」とだけチャットを送信しておくと、ユキだけが出迎えてくれた。本当ならこの前のことをまたちゃんと謝って和やかな雰囲気から入りたいところなんだけど、そんなことをしてるとユキにもフィーナみたいに呆れられそうなのでやめておく。
「突然でごめんね、私たちもびっくりしてるの」
「全然大丈夫だけど、何でそれで俺が呼ばれたんだ?」
「リオハルト王国の使者っていう人が、ラスナ君に会いたいって」
「……七か国戦争絡みってことか?」
「わからないけど……すごく礼儀正しい人だから、そんな変なことにはならないと思う。とにかく、来賓室でお待ちいただいているから、行ってあげて」
「わかった」
正直俺に会いたいって使者が男なのか女なのか気になったけど、ここでそれを聞いたら今度こそ海に沈められそうなのでやめておいた。
会話を交わした後、ユキと一緒に正門から入って庭を横切り、本館を目指した。来賓室は一階にあると見せかけて実は二階にある。
来賓室に入ると、中央のテーブルにクラウドのおっさんとレインおばちゃんが腰かけていて、その向かい側には見慣れない男が座っていた。部屋の隅には兵士が何人か待機している。
褐色の肌に黒い髪を持つ青年だった。背は俺と同じくらいで男性としては普通か少し低いくらいだけど、鋭い目つきとたくましい筋肉ムキムキボディのおかげで醤油が好きそうな雰囲気を漂わせている。
青年は部屋に入ってきた俺に気づくと一瞬、かなり驚いた顔を見せたものの、すぐに立ち上がって挨拶をしてくれた。
「初めまして。私はリオハルト王国より、レオン=リオハルト王太子殿下の使者として参りましたシャルダールと申します。以後お見知りおきを」
丁寧なお辞儀だ。ユキがすごく礼儀正しいって言っていたけど、それはもうこの挨拶だけで良くわかる。どうやら俺以外の人間は既に挨拶は済ませてあるようなので、俺が自己紹介をしないと話が進まない空気だ。
「ラスナ=アレスターだ。仕事は冒険者でこっちは俺の相棒のクロス」
「クロスだ」
剣が自己紹介をするという珍妙な場面にもシャルダールと名乗った男は動揺する気配すらない。それどころか、クロスを観察するかのようにじっと見つめている。まあ、こんなの初めて見るだろうからな。それにしても動揺はしないなんてなかなか豪胆なやつじゃないか。
「こちらのクロス様はラスナ様の『神器』ということでよろしいのでしょうか?」
「らしいな。『神器』ってのが何かは俺も知らないんだけど」
「国の代表者に神より授けられる武器です。クロス様のように武器の形をしていることもあれば、能力であったりなど形態は様々ですが」
「そうなのか……というか、俺やクロスのことは呼び捨てでいいし、敬語を使う必要もないぞ」
「お気遣いありがとうございます。ですが、私はレオン様の使者としてここに参りましたゆえ、万が一にも失礼がないように務めさせていただいておりますので」
すごい真面目な人だ。こんな人に敬語を使われるとむずむずしてしまうんだけどまあ、本人が敬語でいきたいって言うんならしょうがない。『神器』についても色々と聞きたかったけど、とりあえず今は話を進めよう。
「それで、俺に会いに来てくれたって聞いたんだけど。どんな用事なんだ?」
「率直に申し上げます。ラスナ様、どうか私と手合わせをお願いできませんでしょうか?」
シャルダールの言葉に、場に若干の緊張が走った。俺としては完全に想定外というわけでもないから何とも思わないけど。
「要は新しい代表者の偵察ってことか。随分と堂々としてる上に丁寧で助かるよ。ガルドのお姫様なんて問答無用で喧嘩をふっかけてきたからな。あいつにシャルダールさんの爪の垢を煎じて飲ませたいよ」
「とは言ってもラスナ殿はその問答無用で喧嘩をふっかけてきた女性に言い寄られて鼻の下を伸ばしていたのですよね。爪の垢を煎じて飲みたいのはラスナ殿の方なのでは?」
いやちょっとユキ何言ってんだよ。一応真面目な話をしてるってのに……。
「まあいいではないかスノウよ。美人に鼻の下を伸ばすというのは男の本能ようなものでな。私なんてそんな機会すらほとんどなかったからラスナ君がうらやましくてしょうがないのだよ」
おいやめろおっさん、余計に話を膨らませんな。
「お父さん?」
「あなた、後でちょっとお話が」
ユキは真顔だけど、レインおばさんは笑顔だ。どちらにしろ二人ともすごく怖いので強引に遮って話を進めることにした。
「と、とにかく俺は今すぐでも構わないから。どこでやる?」
「人気が少なく、障害物などもあまりない広い場所が最適かと存じます」
「たしかここには武術用の訓練場みたいなとこがあったよな。クラウド王、そこを使わせてもらっても大丈夫ですか?」
「ああ、構わんよ。そこの君、案内をしてあげてくれ」
クラウドは女性陣に怯えながらそう答えると、待機していた兵士に命令を出してくれる。
「ありがとうございます。じゃあシャルダールさん、行こう」
「かしこまりました」
案内役の兵士に連れられて俺たちが廊下に出ると、シャルダールだけじゃなくてクラウドとレインにユキもついてくる。心配してくれるのもあるだろうし、正直暇なのもあるだろう。クラウドに関しては一人になりたくないのかもしれない。
訓練場は、西館の離れといったような位置にある。色んな球技や武術を練習できるように色んな設備や道具が置いてあった。今回はその中の、学校の体育館っぽいところを使わせてもらうようだ。
「なるほど、ここならいい感じだ」
俺たちはその中央で向かい合った。シャルダールの鋭い目つきが俺を見据えている。俺はクロスを手に取ると、刀身の刻印を指でなぞってルドラの力をインストールした。クロスの刀身が緑に輝き、全身も薄い緑色のオーラを帯びる。
「それでは、失礼いたします」
シャルダールが剣を抜いて構える。でも、シャルダールの持っている武器が少し珍しかったから、思わず聞いてしまった。
「シャムシール……だっけか?」
「はい。私がまだ幼い頃、私と似た名前を持つ上に、曲がってて何だかかっこいいじゃんと思いこれを使ったのが始まりです。若気の至りでした」
「いや、特に『曲がってて何だかかっこいい』の部分はよくわかるよ……同じ男としてな」
「お気遣いに感謝いたします」
シャムシールはいわゆる湾刀の一種で、ゆるく湾曲した刀身の外側に刃があり、柄が刀身とは反対側に湾曲する形をしているのが特徴だ。
俺たちは互いに一つ咳ばらいをすると、戦う前の儀式的なアレをやる。
「『英雄の使者』シャルダール」
「『フルーツ畑のわんちゃん』ラスナ=アレスター」
「それでは参ります!」
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