ラスナの憂鬱
くそっ、やっちまった……。
そう思いながら、俺は帰宅してからこの方ずっと頭を抱えたままベッドにうずくまっている。ユキやフィーナにRINEでチャットを送ってみるも返事は一切ない。どうやら相当に怒っているみたいだ。
だってしょうがないだろ。スカートめくりと言えば男の子が一度はやってみたいことランキング5位以内には入ると思うんだよ。少なくとも俺はそうだ。
自業自得とはいえ色々考えると辛くて、疲れているはずなのに眠れない。そこで俺は、帰ってからまだスマホを見ていなかったので、不在着信やSNSの通知などのチェックをすることにした。
とは言っても、不在着信はあまりない。元から友達があまりいない上に、知り合いや家族にはほぼ全員俺がガルド国に行く旨を伝えてあったからだ。だから、そろそろ帰ったかな……的な感じで、確認の意味合いを持つ着信が近日にちらほらあったくらいだった。そんなわけで、チェックしないといけないのはRINEやSNSだ。
RINEには、ビットから「帰ったら連絡くれよ」と来ている。「帰ったぞ」と返しておいた。他にも冒険者仲間からちらほら。俺は友達と呼べる存在はビットくらいだけど、仲間と呼べる程度のやつならいないこともない。一応同じ仕事をしているんだから、冒険者は俺をバカにしているやつでなければ大体は仲間だと思うことにしている。
やっぱりユキやフィーナからチャットの返事は来てないな。はあ……。思わずため息が漏れてしまう。
しかしそのとき、RINEニュースの中から驚くべき記事が目に飛び込んできた。
「RINEニュース:コンビニの全自動店員ロボにメタラーモードが実装」
えっ、まじ?メタラーモード?何じゃそりゃ。コンビニを誰よりも愛する俺としては、非常に気になるニュースだ。すぐにコンビニに行きたくなったので、俺は疲れた身体に鞭うって再び家を出た。
自分の部屋があるマンションから最寄りの天マは割とすぐだ。さすがにそれが理由でマンションを選んだわけじゃないけど、俺は天マ一筋なので非常に助かっている。実家で暮らしているときなんて最寄りのコンビニがカーサンだったから、毎回わざわざ少し離れた天マまで行っていて、弟に「ばかじゃねえの?」ってよく言われてたっけな。
天マに到着。中に入るとお馴染みの入店音と一緒に全自動店員ロボが挨拶をしてくれるはずなんだけど……。
「オマエラマダマダカエル(買える)カアアアアアアア!!!!????」
「テンションアゲテケエエエエエ!!!!」「ウォイ!!ウオイ!!」
激しく飛び交うコール&レスポンスのコールの部分に、それに呼応してるかしてないのか良くわからないけど、とにかく首を縦に振り続ける店員ロボ。うん、とりあえず世界の全メタラーに謝っとけ。
一応説明しておくと、メタラーってのは音楽の中でも特にメタルが好きな人たちのことだ。音楽好きの中でも独立したポジションを築いていて、同じく独自のポジションを築くヴィジュアル系好きの人たちとはまた立ち位置が違う。そして、これ以上の言及は色んな意味で怖いのでやめておく。
そうだ、そう言えば帰って来てからまだ天チキを一つも食ってないじゃないか。だから何だか力が出なかったのか……。よし、ここはいっちょ天チキを二つ買って一気にエネルギーチャージだ。おにぎりや炭酸飲料などを持ってレジに向かう。
「イラッシャイマセ、ジゴクニオチマスカ?」
「お願いします」
思わずお願いしてしまった。どうやら「おにぎり温めますか?」の意だったらしく、おにぎりをレンジに入れてくれている。
「すいません、天チキ二つください」
「ヨカロウ、キサマニハニアイノメシダ(似合いの飯だ)。ガッハッハ!!」
これあれだな……。メタラーっていうより、日本で有名なあのミュージシャンのキャラクターだ。まあ全自動店員ロボを生産している会社は日本にあるからな。
「マダマダイクゾオオオオオオオオ!!!!」「ウォイ!!ウォイ!!」
終始激しい店員ロボに見送られながら天マを後にする。
帰って天チキやおにぎりを全て平らげたところで唐突に眠気が襲って来た。気づけばもう深夜だ。シャワーも浴びてないけどこのまま横になっちゃおうかな……とか思っていると、突然スマホが鳴り出した。
最初はメールか何かだろうと思って放っておいたんだけど、結構長い間鳴っているのでそうじゃないことに気が付く。そもそもそんなにメールを寄越すような友達がまずいなかった。
画面を確認すると、電話の主は「王宮」となっている。つまりユキの家からだ。もしかしてユキか!?それかフィーナか!?こんな、こんな俺を許してくれるというのか……。通話ボタンを押して電話に出る。
「もしもし!!」
「ざ~んねん、クラウドおじちゃんでした~ん」
まじぶん殴りてえ……。これほどまでにこの国の王に対して殺意を抱いたことはかつてなかっただろう。まあ、冷静に考えればユキかフィーナなら直接スマホからかけてくるわな。
「用がないなら切りますよ」
「まだ何も言ってないだろう。それに今から私が話す内容は君にとっても悪いものではないはずだ……」
「聞きましょう」
俺がそう言うと、偉そうな態度を咎めもせずに、クラウドは電話越しに居住まいを正したようだ。少しの間の後に咳払いの音が聞こえてきた。
「その前に、まずは風の神との契約、おめでとう。よく無事に帰ってきてくれた」
「ありがとうございます」
「出迎えにいけなくて済まなかったね。普通に寝てしまっていたよ」
「いやそこは嘘でも仕事で忙しかったとか言ってくださいよ」
今までそんなに考えたことなかったけど、大して権力も持ってないヴァレンティア王って普段どんな仕事してるんだろう。これは冗談とかじゃなくて本当に寝てただけの可能性は大いにあるな。
「仕事で忙しかったんだ」
「いえ、お気遣いだけで充分です。で、悪いものではないはずの話とは?」
「明日スノウちゃんのライブがあるから急遽護衛を頼もうと思っているのだが。ラスナ君、スノウちゃんを怒らせたんだろう?聞いたよ。良い仲直りの機会になるのではないかね」
なるほどたしかに悪くない話だな。というか、事情を聞いたクラウドが気を使って俺に依頼をしてくれているのかもしれない。俺が今日ガルドに帰ってくるかどうかはかなり微妙なところだったから、本来の護衛は既に別の人間に頼んであるはずだからだ。といってもその護衛は俺のように話相手とかじゃなくて本当の護衛だから、ユキの部屋まで行って緊張を和らげることの出来る人間じゃない。それかライラとか気心知れた侍女あたりに頼んだか、だな。
「ありがとうございます。ですが……ユキもフィーナも相当怒ってるみたいで、RINEとかの返信も一切ないんですけど。護衛に行って大丈夫なんですか?」
「先ほどラスナ君の話をしてみたときにはそんなに悪い感触ではなかったぞ?会ったら殺すとは言っていたが」
「悪い感触しかないじゃないですか」
むしろ状況が悪くなってる気がするんだけど。
「君、ガルド国でメアリーちゃんにデレデレしてたんだって?それもフィーナちゃんからスノウちゃんに報告があってね。ラスナ君はスノウちゃんが真面目に心配していたのに、ガルド国で女の子に囲まれて鼻の下を伸ばしていた粗大ゴミとして王家では急速に評価が落ちているよ」
おい!!何やってんだフィーナのやつ!!最愛の妹に裏切られるなんて……それに別にデレデレは……いやちょっとしてたけど!!
「あれは男の性みたいなものなんですよ。不可抗力です。メアリーに腕を組まれて冷静でいられる男がいるのなら紹介して欲しい」
「私の名前はクラウド=ヴァレンティア。この国の王をやっている者だ」
「いやあんたじゃなくて」
このおっさんじゃほぼ間違いなく俺の二の舞になると思う。
「う~む、ではどうするかね?今回はやめておくか?」
「それもそれでなあ……。喧嘩したまま次の旅に出るのも嫌ですし。今仲直りの機会を逃すと次はいつになるかわからないですからね」
「うむ」
「少しだけ待っていただけますか?一度電話を切って一人で考えさせてください」
「わかった。私はまだ起きているから、この電話にかけ直してくれて構わないぞ」
「ありがとうございます。それじゃ」
電話を切って、ベッドに飛び込むように勢いよく寝転ぶ。
しかし困ったな。スカートめくりのことだけじゃなくて、メアリーのことでもユキが怒っているとなると、明日一度会っただけじゃ仲直りしてもらうのは無理かもしれない。一対一で同じ部屋にいるという状況でシカトされて終わりだろう。
一人きりになるために電源オフ状態で部屋の隅に移動させておいたクロスを起動して、自分の近くまで来てもらう。こうなったらクロスにも相談してみよう。
「話聞こえてただろ?クロスはどう思う?」
「俺に聞いたところでどうなるものでもないだろう。人間の気持ちなどわかるはずもない」
「そうなのか?」
俺はこいつとは人間と同じような感覚で話しているから、少し意外だ。前に自分はまだ生まれたばかりだとか言っていたし、知識が足りないという意味なのかもしれない。今ここで追及するようなことじゃないか。
「まあ、普通に謝ってもだめだということはわかった」
「そうなんだよ。かと言ってギャグとかで笑わせようとしてもただ空気読めてないだけで、余計に怒らせるかもしれないしな」
「そういうものか」
「そういうものだ。多分な」
考えろ。ユキと仲直りをするにはどうしたらいいか。
ただ謝ってもだめ。笑わせようとするだけでもだめ。別人になりすます……シカトされずに護衛の任はこなせるかもしれないけど、それじゃ本末転倒だ。
そのとき、クロスが部屋の隅の辺りを見ながら言って来た。
「おい。その話とは関係ないが……ガルドで手に入れたあれはどうするんだ?あんなもの置いておいてもしょうがないだろう」
「どれの話だよ」
クロスが自分の意志で動ける範囲は俺のかなり近くだけなので、クロスがその物の前まで移動できるように、ベッドから降りて部屋の隅に移動する。
「これだ」
「ああ、これか。捨てるに捨てられないからな。しばらくは置いて……」
そこで俺は、クロスが示したものを見ながら、脳に電気が走るような感覚を覚えた。いや、元から電気は走ってるな。じゃあ稲妻にしよう。次の瞬間、漫画とかなら俺の頭の上には豆電球が出ていたに違いない。
「閃いたぞ!これだ!これだよクロス!さすがだな相棒!」
「何がだ」
「フッフッフ。まあ見てろって」
そうしてあるものを見て解決策を導き出した俺は、クラウドに電話をかけた。
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