ルドラの試練
「まあそうかとは思ったんだけど、確認までに……」
何のテストに出るかは知らんけど、これがルドラね。はいはい……。ていうか俺以外全員固まってるな。俺が話を進めよう。
俺はパンを持ったまま立ち上がり、ルドラの方を向く。入り口を背にする形だ。
ルドラは俺たちをじっと観察しているらしい。
「ふむ……中々にナウでヤングな集団だな」
「ナウでヤング?聞いたことねえんだけど。今どきの若者って感じか?」
ナウとヤングってたしか英語でそういう意味だよな……。
「そんな感じだ。俺は人間が好きでな、地球の日本で古くに流行った言葉を取り入れて使ったりしている」
「ていうか日本語喋るんだな」
たしかに天界で最も広く使われているのは日本語だけど……わざわざ合わせてくれてるのか。
「まだまだ勉強中だが、どうせ喋れるようになるなら日本語が一番チョベリグだと思ってな」
「何て?」
チョベリグ?
「本当は日本語に絞って勉強するのは良くないのだろうが、人間と触れ合う機会のある天界で最も使われているのが日本語だからな」
いやそこじゃねえよ。それも気になるけど。
「ラスナ殿、もう少し敬語で話された方が……」
ようやく我に返ったらしいライラがそんな事を言って来たけど、こいつそんな雰囲気じゃないぞ。
「いや構わん。俺は人間が好きだからな、距離を置かれると中々に寂しい。まあ好きとは言っても、あの赤いお人好しほどではないがな」
「赤いお人好し?」
「『炎神』アグニのことだ。あいつは俺たちの中では一番の人間好きだ。会えば百円くらいはくれると思うぞ」
百円かよ。もうちょっとくれよ。
「おお、そうだ。おもてなしをしないとな。ちょっと待っててくれ」
今まで見えつつも気にしてなかったけど、ルドラの後ろには歪んだ空間みたいなものがある。日本のコンシューマー機で流行ったRPGゲームに出てくるような光の渦だ。ただし色はどんよりしていて、どちらかと言えば禍々しかった。どこかで見たような色だとは思うが、どこだったかすぐには思い出せない。
ルドラが空間の歪に入って行って姿を消すと、それから少し間を空けて、今まで呆けていた面々が我に返って動き出す。
「ドラゴンって初めて見たからびっくりしちゃった。あれがルドラさんかあ……」
実は俺よりもたくさんのものを見て知っているフィーナが、ようやく初めて何かを経験したときのあどけなさを見せてくれていた。
「なかなか気さくな方のようですね……お願い事もしやすそうです」
ライラもルドラを見るのは初めてらしいが、大分落ち着いている。ボブは相変わらず無言だ。そういえばこいつにパンわけてやらないと……。
「ボブ、飯忘れたんだろ。これやるよ」
「Hey yo,パンをくれたことに感謝、そんな気持ちを一斉掃射!!!!」
こいつラッパーだったのか……。
そんなやり取りをしているうちにルドラが戻ってきた。手には俺たちサイズのお盆がちょこんと乗っていて、その上には何やら自販機で売っている瓶ジュースのようなものが四本置いてある。
「待たせたな。飯が終わった後なのでこんなものしかなくて申し訳ないが、これでも飲むといい」
一本手に取って眺めてみる。ラベルには『神水』と書いてあった。
「これあれだろ。『かみみず』って読むやつだろ。地球原産のジュースにも似たようなのがあったはずだ」
「ぬ……お前は中々わかってるやつだな……」
こういう読み方が人によって分かれる商品ってのは、昔からきのこ派たけのこ派並みの争いが発生する。この神水で言えば、「かみみず」と読むか「しんすい」と読むかで、SNSやインターネット上の掲示板などを使ってかなり不毛な戦争が繰り広げられるに違いない。しまいには神水を作ったメーカーがそれに乗っかって「あなたはかみみず派?しんすい派?」的なキャンペーンを展開したりしてくるのだろう。
蓋を開けて飲んでみる。
『神水』は、ほのかに漂うレモンの香りを、炭酸がすっきりと締めくくる爽快な味わいだった。真夏の暑い陽射しの下や、風呂上りなどで喉が渇いているときに飲むとより一層の味わいが楽しめるだろう。
「くう~っ。この為に生きてるな。ほら、お前らも飲めよ」
ルドラから『神水』を受け取り、全員に配ってやった。俺以外のメンバーも納得のいく味わいだったらしい。
「うん。飲みやすくて、おいしいかも」
フィーナは満足そうに微笑んだ。
「ルドラ、ありがとな。これどこに捨てりゃいいんだ?」
「ああ、飲み終わったらこのお盆に乗っけてくれればいい。後で俺が持って帰る」
悪いな、と言いながら俺はお盆に自分の分を乗っけた。他のメンバーはまだ味わいながら飲んでいる。
「さて、ナウでヤングな人間たちよ。何か用があるのだろう。じゃないとこんなところまでこないからな」
「ああ。そうなんだ」
そこでルドラは何かに気づいたように「あっ」と声をあげる。
「そういえばお前たちの名前をまだ聞いていなかったな」
それから俺たちは自己紹介をし、ここに来るまでの経緯を話した。
「ガイアから話は聞いていた。お前が噂のラスナか。それでさっきから横で浮いてる剣が『神器』と」
「クロスだ」
クロスがそう自己紹介をすると、ルドラはふんふんと頷く。
「俺もこのような形の契約は初めて交わすからな、どうやってやるものかと思っていたが、どうやら『いいよ』っていうだけでいいらしい。だから俺の一言で簡単に力を貸してやれるわけだが……」
「じゃあ……」
貸してくれ、という俺の言葉は更なるルドラの言葉で遮られた。
「貸したいのも山々だがな、そう簡単に貸すわけにもいかん。簡単に契約してしまっては、他の人間たちよりも特別扱いしてしまうことになる。チョベリバだ」
たしかにルドラの言う通りだ。
もっとも他の人間はいいよ、と言ってもらえるだけで風魔法が使えるようになったりはしないだろうけど、それでも簡単に俺が風魔法を使えるようになったという事実が知れれば、それは気分のいいものじゃないはずだった。だけど、俺にはそれよりも気になることがある。
「チョベリバって何なんだ?」
「チョーベリーバッドの略だ。最悪ぅ~みたいな感じだな」
ルドラがちょっとギャル風に言ったのがうざい。
「ってことはあれか。さっきのチョベリグはチョーベリーグットの略か」
「お兄ちゃん、その話はもういいから……!」
フィーナに怒られた。話を進めよう。
「じゃあどうやったら力を貸してくれるんだ?俺も魔法は必要だから、このまま帰るわけにもいかないんだよ」
「そうだな……」
ルドラは唸りながらしばらく考え込んでいたが、やがて何かを決意したように顔を上げる。
「よし、決めたぞ。ラスナ=アレスターよ。今からお前に試練を与えよう」
「試練だって……!!」
ルドラは俺にそう宣言をすると、ためを作った。
静寂が場を支配する。俺は固唾を呑んだ。
………………。
…………。
……。
「デーデン!第一問!」
突然ルドラが声を張り上げたので、ビクっとなってしまった。
「あ、すまんスマホでそれっぽい効果音を出せるなら頼みたいのだが」
思わずズッコケそうになる。神ってのはこういうやつばっかなのか?
「俺はそういうアプリ入れてねえな」
「私も~」
「申し訳ありません、私も……」
「あるぞ」
ここでボブの登場。
ボブはスマホを取り出すと、アプリを起動させた。
「『クソみたいに使えない!宴会用効果音集』と『soundmanage』で何とか」
二つも使うのか。結構ちゃんとしたのが出来そうだな……。
soundmanageってのは、スマホで音楽を作れるアプリのことだ。ボブはどうもラッパーみたいだから、トラックを作ったりするのに使ってるんだろう。
「助かる。では改めて第一問!!」
デデンッ!!という効果音。続いてズッズッタン、ズタズタズッタン、という、エイトビートにゴーストノートを混ぜた、軽快なドラムが刻まれる。そんなリズムトラックをBGMにしながらルドラはクイズを出してきた。
「コンビニの天界シェア一位は天界マート。では二位と三位は!?」
はっ、俺をみくびるなよ。
「
「正解だと……!?お前、何でそんなにコンビニに詳しいんだ!?」
コンビニと言えば俺。俺と言えばコンビニ。いつかコンビニに住むのが夢だ。
「はっはっは!!!!ルドラよ……俺の力を思い知ったようだなあ!!!!では逆に俺からのクイズだ!!」
デデンッ!!という効果音。いやそれはもういいから。
続いて「お兄ちゃん何言ってんの?」というフィーナの声が聞こえてきた。
「天チキ、つくね串、ブレンドS。天マのこの三つの商品の中で仲間外れなのはどれだ!?」
「何だ?わからん……いやしかし、風神龍であるこの俺がわからないなんて、そんなことあるはずが……」
ルドラの顔が歪む。負けを悟ったような、苦しさを吐き出すような、そんな表情でやつは最後の抵抗を繰り出してきた。
「ブレンドS……だけ、コーヒー、だ……」
恐らくやつはわかっているのだろう。それが不正解であることが。
次第にルドラの顔は、苦しさから悲しみを表現するキャンバスへと変化する。
俺は口の端を吊り上げ、ゆっくりと聞いた。
「本当に、それでいいんだな?」
「ああ……」
ルドラの返事には力がない。
「答えは…………」
俺はじっくりとタメを作り、叫ぶように答えを発表した。
「天チキだ!!!!天チキだけ名前を間違えられることがない!!他チェーンの影響でつくね串はつくね棒、ブレンドSはホットのレギュラーと呼ばれてしまいがちだからな!!!!」
俺は勝利を確信する。
しかし、次の瞬間。
「認めんぞおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!!!」
ルドラの咆哮が部屋に響き渡った。
風神龍の怒号は、やつを中心にして凄まじい暴風を発生させる。
吹き荒れる自然の脅威。
地面の土は舞い上がり、天井や壁は少しずつ、命を削がれるかのように削り落とされてゆく。
俺以外の三人は魔法で咄嗟に土や光の防御壁を展開したようだったけど、先頭にいてその恩恵に預かれなかった俺はものの見事に吹き飛ばされた。
「お兄ちゃん!!!!」
「強大な兄弟!!!!」
ボブはツッコミどころがいちいち多いのでもはや言うことはない。ライラは心配してくれる様子すらなかった。俺は吹き飛ばされる最中、荒れ狂う風に遮られながらも辛うじて届いた二人の声を聞きながら思う。
今のはやりすぎた俺も悪いけど、どうやら神ってのは変わり者が多いらしい。この分だと、他のやつと契約するときも苦労しそうだな……ってね。
頭を打ち付けて遠ざかる意識の中で、俺の脳裏にはユキの笑顔が浮かんでいた。
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