剣と魔法のチュートリアル
「あっ、気がついた」
俺を上から覗き込むフィーナの顔。
どうやら俺は気を失っていたらしい。後頭部の柔らかい感触が、フィーナが膝枕をしてくれていることを教えてくれる。
少し名残惜しく思いつつも、まだぼうっとする頭ごと身体を起こした。
「何で気を失ってたんだっけ……?」
「ルドラさんに吹き飛ばされて頭を打ったんだよ。どこか痛いところとかない?」
フィーナは心配してくれているらしく、声がどこか不安げだ。
「そうか、俺はルドラと死闘を演じて……激戦の末にやつを倒したんだっけか。そういえばやつは、やつはどうなったんだ……?」
「お兄ちゃん、まだ頭が……」
「頭が悪いのは元からのようですので、心配はないでしょう」
ライラは俺のことが嫌いなのかな?
「いや、やり過ぎたみたいで悪かったな。ついついクイズを本気でやると興奮してしまってな」
ルドラの声だ。俺は身体をそちらに向けた。
「とはいえ、まさか風神龍である俺がクイズ対決で敗れるとはな……。それもコンビニがテーマで」
まあ、風神龍らしさは微塵もなかったけどな。何でそんなにコンビニ知識に自信があるのかもよくわからんし。
「よかろう。ラスナよ、お前にこの俺、風神龍の力を貸し与える。風の魔法を使うことを許可しよう」
「ありがとう、ルドラ」
「やったね、お兄ちゃん!」
「おめでとうございます」
パンパカパーンという歓迎音がなった。多分ボブのスマホだ。
「みんな、ありがとな」
お祝いの言葉ももらえたし……これで俺も魔法が使えるようになるのか……なかなか感慨深いな。早速使ってみるか。
「よーし、それじゃ早速!」
魔法、使っちゃいますか!
「……ハァッ!!」
俺は自分の身体の前に右手をかざし、自分の周囲に風が巻き起こるのをイメージした。しかし、何も起きない。あれっ?
「おい、何も起きないぞ」
「お兄ちゃん……ハァッ!!って何?ハァッ!!って」
フィーナがめっちゃニヤニヤしている。おいやめろ。
「ハァッ!!」
ライラが俺の真似をしだした。
ゴオオオオ……という効果音が聞こえる。ボブのスマホだ。
「ハァッ!!」
ルドラまでやってるし……何かめっちゃ恥ずかしくなってきた。帰りたい。帰ってユキによしよしされて慰められたい。
「もういい。もう帰る」
俺は踵を返して部屋を後にしようとした。しかし、突然発生した風の塊のようなものに捕らえられ、身体が浮き上がる。後ろを振り向くと、フィーナがこちらに向かって手をかざしていた。
フィーナの風魔法に捕まったらしい。身体は動くが、前後左右に移動できない。しょうがないので俺は出口の方を向いたまま体育座りの姿勢になった。
「ごめんごめん、からかいすぎちゃったね。機嫌直してよ」
フィーナはそう言いつつも風魔法を解除しない。遊んでやがる……。これが仲間じゃなけりゃただちにファイトしてるところだ。ちくしょう。
それにしても、魔法というのは本当に使い方次第だな。こんな風魔法の使い方もあるのか……。少し感心してしまう。
「言い忘れていたがな、契約を交わしても使うたびに神の力を俺に宿さないと、魔法は使えんぞ」
「それ、もうちょっと早く言ってくれよ……」
クロスの説明に俺は文句を垂れた。ん?
「ってことは、同時に複数の属性の魔法は使えないってことか?」
「そういうことだ」
不便だけど、まあ今でも俺自身が魔法が使えるってわけでもないんだから、贅沢は言えないか。
俺は空中に魔法で浮かされたまま胡坐をかく体勢になり、腕を組んでクロスに問いかける。
「じゃあ、その神の力をお前に宿すってのはどうやってやるんだ?」
「まず俺を持て」
言われた通りに、クロスを引き寄せて手に持つイメージを思い描くと、俺の手にクロスが収まった。
「それでな……」
と、そこでクロスは「あっ」と言って言葉を区切った。
「フィーナ」
「は、はいっ」
クロスに名前を呼ばれたことに驚き、フィーナは俺に魔法をかけたまま目を見開いている。
初めて人の名前を呼ぶのが俺以外の人間とは。別にいいけど。
「ちょうどいい。このままこいつに魔法をかけ続けておいてくれ。こいつに魔法の練習をさせてみる」
「わかった!」
元気な返事が部屋に響いた。みんな、俺とクロスのやり取りを興味深そうに見守っている。
「じゃあ話を戻すぞ。俺の刀身に文字が刻まれているだろう。それを風魔法とかルドラの姿をイメージしながらなぞれ」
「オッケー」
俺は頷いてから、目を瞑って風を頭の中に思い浮かべる。そしてクロスの刀身を横にして柄を右手で持ったまま、左手の人差し指でクロスの刀身に刻まれている古代文字のような見たこともない文字をなぞった。するとまずなぞった順から刻まれている文字が緑色に光り、次に刀身が薄く緑色のオーラを纏う。
かっこいい!男の子の心をくすぐるやつやで、これ!
下からはフィーナの「すごい!」という声が聞こえてきた。ボブは俺に向かって親指を立てている。
「これが風神龍の力を宿している状態だ。ガイアは『
「おおーなるほど!じゃあ早速……」
「待て待て」
流行る俺の気持ちを抑えるように、クロスが言葉を遮ってきた。
「ここからどう魔法を使うか、ちゃんと考えてるか?」
「考えてるよ」
危ないから心配をしてくれているらしい。何だかんだいいやつだな、こいつ。
「まず『
「そうだ。まあ、わかってるならいい」
『
魔法が使える人にとっては別に特別な技術でもないんだけど、戦闘の技術に関する話をするときに不便だからわざわざそう呼んでいる。
「よし、じゃあやるぞ……」
ドキドキ。
フィーナが俺を包むように発生させている空気の籠を打ち破るような、そんな風魔法をイメージする。
…………。
壊れない。考えてみれば俺と比べてフィーナの魔力量は大分多い、つまりそれだけ魔法の威力が高いんだから当たり前か。
「悪いフィーナ、魔法の威力を弱めてもらえるか?」
「わかった!」
下から返事が聞こえるものの、パッと見もといパッと触りでは威力が変化したのがわからない。
とにかくもう一度トライ。風の籠を打ち破る魔法をイメージして、今度はそこにぐぐっと力を込めるように強く念じてみる。すると俺の身体の前に、シンセサイザーで鳴らした効果音のような音と一緒に、魔法陣が発生した。
それが合図だったかのように、俺の身体が落下し始める。どうやら『
地面が近づくと、足元に風の足場を作って華麗に着地……する予定だったんだけど、うまくいかずに体勢を崩して頭から落ちかけたところに、ボブが土魔法、フィーナが風魔法でクッションを作って助けてくれた。俺は、身体を起こしながらみんなに向き直る。
「二人ともありがとな。やっぱそう上手くはいかないもんだ」
「ううん。初めてだし、上手だったと思うよ!やったねお兄ちゃん」
不出来な兄を褒めてくれる妹。ホンマええ子やな……。
「初めての魔法は如何でしたか?」
振り向いて、俺は不覚にもドキリとしてしまった。
それまで表情の変化に乏しかったクールビューティーなライラが、にっこりと上品な微笑みをその端正な顔に浮かべて感想を求めてきたからだ。元が美人なだけに中々強烈だった。何だ、普通の会話もできるんだな……。
「感動するな、やっぱり。でも実戦で使えるようになるにはたくさん使いこまないとな」
特に移動速度を上げる風魔法、正確に言えば風魔法の内、移動速度を上げる使い方を試行錯誤しておきたい。
この世界の魔法に、決まった使い方や型といったものは存在しない。
ゲームの魔法や呪文みたいに、例えば「ファイア」と言えば火の玉が出るとかそういうことはない。
スキル名の発声はみんなやってるけど、あれはかっこいいから趣味でやってるだけであって、魔法を使うのに必要というわけじゃない。大事なのはイメージで、イメージによって姿も効果も自由自在ってこと。逆を言えば、イメージが同じであればどんなスキル名を唱えようと同じ魔法が出てくるというわけだ。
風魔法は、風や空気を操ることが出来る。だから一口に移動速度を上げると言っても、足下に風や空気でできた足場を作って蹴ったり、風で足の裏を押すようにして加速したり、色んなやり方があるってことだ。
俺も色々と試してみて、自分にあったやり方使い方を早めに見つけておきたいって思ってる。
そんなことを考えていると、クロスが思い出したように言ってきた。
「あと、思い出したから今のうちに言っておく。必要あるかはわからんが、俺はある程度変形できる機能がついてるぞ。覚えておくといい」
「えー、クロちゃん便利だね。いいなあ……」
「どう考えても必要だと思うんだけど……その機能はどうやって使うんだ?」
「どういう風に変形させたいのか、変形後のイメージを頭の中に思い浮かべて使うんだ」
俺は、クロスがバットになったイメージを思い浮かべた。すると、クロスは目の部分だけをそのままにしてぐにゃりと形を変え、一瞬でバットになる。
「おお、すげえ!これで野球したいけどバット忘れたってときに安心だな」
「お前は俺を何だと思ってるんだ?」
「その前にお兄ちゃん、野球なんてやらないでしょ……」
その後も時間の許す限り、みんなに付き合ってもらいルドラの部屋で魔法の練習をさせてもらった。当然と言えば当然だけど、やっぱり移動に関しては足場を作ってそれを蹴るタイプと風で身体を押していくタイプを状況に応じて使い分けるのが一番いいみたいだ。
やがて携帯の時計が最終の馬車に近い時刻を示すと、俺たちは魔法の練習を切り上げてルドラに別れの挨拶をした。フィーナの提案で最後に記念写真を撮ることになったんだけど、こんな時にまで自撮り棒を持ってきているフィーナはさすがと言った感じだ。いや、こんな時だからこそ持ってきているのか。
「ルドラちゃんは大きいからちょっと離れて!そうそれくらい!」
ルドラはすっかりちゃん付で呼ばれるようになっていた。写真は壁の中に戻ったらフィーナが全員に送ってくれるらしい。全員分のスマホで同じ写真を撮るのは苦痛だから正直助かる。
ルドラの部屋から出ると辺りはすっかり暗くなっていたけど、グリーンバレー周辺にはまったく明かりがないおかげで、至るところに星の浮かぶ、ありのままの夜空を眺めることができた。
フィーナが天を仰ぎ、両手を広げて「わあー」と感嘆の声を漏らすと、ライラは彼女に「素敵ですね」と優しく語り掛ける。ボブは相変わらず無言のままだ。
そんなパーティーメンバーを眺めていると、たまにはこうして旅をするのも悪くないなって、そう思えた気がした。
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