episode:30「上の階の住人」
たくさんの話を綴ってきた【怪奇日常】。キリのいい30章目で完結、そう決めていました。
しかし、なかなか最後に書く話が決まらず、どうしたものかと思っていた矢先。いつものように【怪奇日常】が向こうからやって来てくれました。
なんとまぁタイミングの良いこと。書く側で考えれば、棚からぼた餅。有難いの一言につきますが、忘れてはいけないのがやって来たのが【怪奇日常】だということです。
私は、ホラーの類が正直苦手です。恐い映像など観てしまったものなら、一生記憶し続けるほど。実際、小学生のころに観た怖い映画も映像として脳裏に張り付いたまま。これだけなら思い出さないようにすればいいだけなのですが、困ったことに勝手に映像が脳内再生されるのです。それも一人起きて作品を書いている夜中や、お風呂場で髪を洗っているときに。
ここ最近は【ブラックチルドレン】が脳内再生されて困っています。恐くて鏡を見ながらドライヤーで髪を乾かせない……。ふと鏡に映り込むんじゃないか、そして映った子供には目が無く、どこまでも深く真っ黒な闇が二つ……と考えてしまい、身震いするほど怖い。
このことからも分かるように私は極度のビビりです。いきなり肩を叩かれるものなら、「ひぃっ!」と悲鳴を上げるほど。
できることなら、【怪奇日常】とは無縁な生活を送りたい……というのが本音。しかし、毎度のことながら呼んでもいないのに向こうからやって来る。ネタには困りませんが霊感もないため、自分が呪われているのか、見えない誰かと同棲しているのか分からず、怯えています……。
事実を知らないから幸せでいられることも世の中にはありますから、知らないままでいいや!とも思っています。気にはなるけれども……。
今回のお話は、最近起こった【怪奇日常】です。
長々とした前振りにお付き合いくださり、ありがとうございました! それでは、【怪奇日常】最終話となります【上の階の住人】をお楽しみください。
**************
在宅ワークを始めてから、日中よりも夜の時間が長くなった。静かな空間でないと集中できないというのもあって、仕事を始めるのは21時以降が多い。
慣れない作業に手間取り、あっという間に二時間経過している。その間、ずっとパソコンと睨めっこをしたまま。私も年を重ね、【お姉さん】と言われることも減り、今では【奥さん】と周囲から呼ばれることが増えた。
「……目が疲れたな。コーヒーでも飲んで休憩しよっと」
寒い季節が近づいているからか、温かい飲み物を体が求める。疲れた体に甘いカフェオレが染み渡り、「ふぅ……」と声が漏れた。
外から階段を上る足音がする。夜中なこともあり、外の音がいつも以上に大きく聞こえる。まぁ、私がいる部屋が無音だからというのもあるかもしれないが。
無音の部屋で作業したほうが集中できるからか、作業性が上がる。そのため、小説を書くときは決まって何の音もない部屋に籠って無我夢中でキーボードを叩いている。時間を忘れて気づいたら朝を迎えていたなんてことも珍しくない。
軽快なリズムで上の階へと足音は進んでいく。私が住んでいる階は全室埋まっているが、上の階は三部屋ほど空きがある。……いや、確か先週に一室埋まったから今は二部屋か。
私が住んでいるところは都会ではないが、近所付き合いというものが無い。首を突っ込んでめんどくさいことになるのをみんな避けている感じだ。特にアパートやマンションでは、尚さらかもしれない。
休憩も済んだし、作業に戻るとするか。大きく伸びをしてパソコンに向き合ったときだった。
ペタペタ……ガラガラ……ギィイィ……
頭上から生活音が聞こえてきた。ペタペタは足音、ガラガラは窓を開けた音、ギィイィは椅子を引いた音。我が家の上の階にも誰か越してきたのか。
他の住人たちと顔を合わせるのは各曜日のゴミ収集日くらいなもので、誰が古株で誰が新しく入居した人なのか分からない。挨拶程度は交わすも、それ以上の会話はしない。それが暗黙のルールになっていた。
この日を境に上の階からは日中でも夜中でも生活音が聞こえてくるようになった。時には、洗濯機を回している音も聞こえてくる。
ただ、私には気になることがあった。大したことではないかもしれないが、どうしても気になった。引っ越しの際、私自身がもっとも気になった点でもあるから。
部屋は道路に面している。高さはあるとは言え、通行人から丸っきり見えないわけではない。それに近所の家からも。早々、【カーテン】を設置しなければプライバシーも何もあったものじゃない。そう思ったのだが……。
上の階の住人は気にしないタイプなのか、いつまで経ってもカーテンが設置される様子はなかった。それがどうにも気になって仕方なかった。
「まぁ、いろんな人がいるから」
「そりゃそうなんだけどさ……」
家族と夕飯を食べながら、そんな会話をしているときも上の階から足音が聞こえている。
「……本当に住んでるのかな」
「住んでるんじゃない? 今だって足音してるんだし。それより、おかわり」
「……はいはい」
考えすぎなのか……。人の家のことに首を突っ込むのはよくない。気にしても仕方ないから、考えるのはよそう。
そう決めたのだが……気になるものは気になるわけで。相変わらず、上の階にカーテンは無いまま。季節も秋から冬へと変わった。カーテンがあれば、寒さも緩和されるだろうに……。
「寒くないのかな……」
自動販売機で買った温かい飲み物を両手で包みながら、上の階を見上げた。日中なこともあり、部屋に電気が灯っているのかも分からない。
「やっぱり誰も住んでいないんじゃ……」
冷たい風が背中に吹き、身震いがした。
寒波到来のニュースが連日報道され、寒さが骨に凍みる。この日は朝から外が騒がしかった。
天気は晴天なのに、どこからか雨音がする。なんだろうと思っていた矢先、玄関のチャイムが鳴った。モニターの画面には見知らぬ女性が立っていた。……誰だろう。
「はーい」玄関の前で待つ人物に声を飛ばし、恐る恐る扉を開けた。
「こんにちは。急にごめんなさいね」
「い、いえ……」
「お水、ちゃんと出てる?」
「え? あ、はい……」
「そう。それなら、よかった」
「あの……何かあったんですか?」
「パイプからお水が漏れているようだったから」
「え?」
「きっと連日の寒波で水道管が破裂しちゃったのね」
近所に住む貴婦人の発言を受け、私はふと今年の一月に起きた出来事を思い出した。寒波到来のニュースと共に平野部でもほんのり雪が積もり、話題になった。当時、上の階には誰も住んでおらず、水道管の中に溜まっていた水が凍結し、パイプが膨張して破裂した。使用している場合、常にパイプの中の水は流れているため、凍結することは滅多にない。
ということは──
「奥さんのところじゃないのなら、破裂したのは上の階かしら? ──誰も住んでいないようだし」
まさか、そんなはずは……。足音だって、窓を開ける音だってするのに。今朝だってペタペタと……。だけど、私は気づいていた。
一度たりとも、玄関の扉の開閉音を聞いていないことに。
「困ったわねー、誰も住んでいないんじゃ直しようがないわね。大家さんの連絡先は知ってるの?」
「あ、はい。……私から連絡入れておきます。お騒がせしました」
「こちらこそ、ごめんなさいね。あまりにもお水が出ていたから心配になっちゃって」
「いいえ。教えてくださり、ありがとうございました」
「それじゃあね」
帰っていくご婦人の背中を見送り、室内に戻ると上の階からまた足音が聞こえてきた。
誰も住んでいない上の階。だが、確実に【誰か】いる。水道管を直しに来た業者は私に言った。
「また水道管が破裂したら連絡くださいね。上の階、誰も住んでいないんで」
上の階の住人【完】
怪奇日常 望月おと @mochizuki-010
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます