episode:29【怪奇日常の始まり】
よく不思議な体験をする私。
「いろいろ体験してますね!」と言われ、そのルーツについて考えてみることにした。
怪奇日常を語る上で、もっとも重要な話。
ただ分かってほしいのは、苦労話をしたいわけではない。
同情を引きたいわけでもない。
単に、不思議なことが寄ってくるそのルーツを語る上で避けては通れない話なのだ。そこをどうか分かって頂きたい。
生まれながらの、というやつなのかもしれない……。
幸せな家庭というのは、どういうものをいうのだろうか。
絵に描いたような家庭も裏には何かを抱えている。実家がそうだった。端から見たら【幸せ】にしか見えなかっただろう。だが、内側は酷い有り様だった。
見栄の張り合い、嫁姑争い、夫婦間トラブル、金銭問題、家族間詐欺……
ざっとあげただけでも、これだけある。
高校に上がった頃には、家の中はすっからかん。それだけでなく、近所にあった家々もバタバタ解体され、更地に。
ポツンと残った我が家。まさに呪われた家といった感じだ。
高齢者の多い場所だったというのもあるが、両隣の家が消えるというのはいささか変にも思う。
我が家は元々窓が多く、今までは隣接していた家が壁のような役割をしていたため、気づくことはなかったが、クリアになったことで見えたことがある。
こんな話を聞いたことはないだろうか。
【ポスター同士を向かい合って貼ってはいけない】
鬼門になり、家の中をあの世の者が行き来するようになるからだそうだ。
私はハッとした。通りから我が家は吹き抜け。さらに窓と窓が向かい合っている箇所が何ヵ所もある。
この日から、家の中で不思議な現象が起き始めた──。
自分の生活費を稼ぐため、高校に通いつつ、アルバイトをしていた。住む家はあるが、自分に掛かるお金は自分でなんとかしなければやっていける状態になかった。
バイト先で買ったお弁当を一人きりの食卓に置き、「いただきます」と箸を手にした。
──ギシッ……ミシッ……
また、か……。22時過ぎを指す時計。この時間になると、誰もいない部屋から足音が聞こえ始める。これだけなら、まだいい方だ。
──バタバタバタ……
何かが転がってもがいているような……。罠にかかった小動物が何とかして脱出を試みている、そんな音がし始まった。
気になって、食事が喉を通らない。……唐揚げ弁当を食べている、というのもあるが。私は鳥が苦手だ。いるはずないと分かっていても、何回か我が家に雀が入ってきたこともあり、【もしかしたら】と考えてしまう。その場合、一人で対処しなければいけない。……絶対無理だ。黒い害虫を駆除するよりもハードルが高い。なんせ、相手は大きい上にバタバタと飛び回る。新聞紙を丸め、叫び声をあげながら、叩き潰すわけにもいかないのだから。
しばらくして、音は止んだ。ホッとしたのも束の間。
本当の恐怖は、これから──。
風呂場の位置も最悪で、通りに面した吹き抜けの場所にある。そして、そこから裏庭へと続く出入り口まで一直線なのだ。窓から大きめのガラス戸へ。……完全なる鬼門状態。
髪を洗っていれば、背筋が寒くなる。体を洗っていれば、背後に視線を感じる。湯船に浸かっていれば、廊下のほうからカタカタ物音がする。疲れを取る場所のはずが逆に疲れが増す場所になっていた。
家の構造は、どうすることもできない。つまり、見えない訪問者たちと共存していく他にない。
極度の怖がりにとっては、気分が沈むどころの話ではない。ただ、この時の私は見えない者に怯え、神経を研ぎ澄ませて生きていたからか、人より五感が優れていたように思う。
「カラス鳴きが悪いから、誰か亡くなるかもしれないよ」
「なにそれー? てか、全然カラス鳴いてないじゃん」
「不幸がある家の人には聞こえないらしいよ」
「は!?」
この二日後、元気だった友人の祖母がこの世を去った。もちろん、友人から気持ち悪がられたのは言うまでもない。
「なんで分かったの?」
「だから、カラス鳴きが酷かったからだよ」
「……ねぇ」
「なに?」
「お化け見えるようになったりしてない?」
「してない! やめてよ! 見えたら怖いじゃん」
「……中学の頃に比べて、雰囲気変わったから」
「そうかな……」
家庭の事情については誰にも話していない。学校の先生くらいだ。そのため、周囲は幸せな家庭像をわたしの背景に見ていた。
いつしか、そんな怪奇な家に帰ることが嫌になっていた。日付が変わる前まで、友人と街中をふらつくこともあった。
それでも帰らなければいけない。あの家が自分の家である事実は変わらないのだから。
木製のタンスの前に立ち、明日の服の用意をしていると、ふと視線を感じた。今までは気配だけだったが、この時──ハッキリと見えた。
階段の下、漆黒の闇にぼんやりと立っている長い髪の女性。
怖いという感情よりも、真っ先に感じたのは「あれは──わたしだ」
自分でもどういうことか明確な説明はできないが、将来の姿を彼女に見た気がした。このまま、この家に住み続けた未来の自分の姿……。
生きているのか、死んでいるのかは分からないけれど、どんより俯きながら家の中を徘徊している。階段の下から移動し、リビングを通り過ぎたところで彼女は消えた。
──ここに居てはダメになる。
直感が訴えかけてきていた。私は二十歳になると同時に家族と呪われた家を捨てた。
それが正しい選択だったのか、それは人生の終わりを迎えても分からないままだろう。ただ、あのとき経験したことが今に生きているのは確かだ。
不思議な体験がなければ、今こうして怪奇日常を綴っていない。
あの日見た彼女が今どうしているかは分からないが、彼女と出会っていなければ、私の人生はズルズルと周囲に流されていた可能性は大きい。
決意を固めさせてくれた彼女は恩人であり、──私の分身だ。
そんなふうに思えてならない。
この話を書くか、正直悩んだ。だが、不思議な体験を私がしてきた背景には、あの家がある。そこが私の原点。
今も尚、呪われた家は周囲を寄せ付けず、住宅街にポツンと存在している。
怪奇日常の始まり【完】
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