episode:28【お向かいさんは食い潰された】


 私の家の周辺では、不可思議なことが相次いだ。向かいにある家も例外ではない。


 小学生の頃、「あの人は誰だ?」と不思議に思う人物がいた。年齢は45~50歳ほどの女性で、見た目はどこにでもいる普通のオバサンだった。


 彼女は、いつも向かいの家にいる。しかし、この女性は向かいの家の住民とは無関係。親戚でもない赤の他人である。それなのに、家の鍵を持っている。自分の家のように平然と鍵を開け、家の中に入っていく。


「ねぇ、あの家にいるオバサンは誰なの?」


 私の質問に祖母の顔が引きつった。どう答えたらいいのか考えてから、「お友だちよ」と言った。


 それにしては変だ。どんなに仲がよくても、自分の家の鍵をすんなり渡すだろうか? 血が繋がっていたとしても、躊躇うのではないか。万が一、ということだってある。


 赤の他人なら尚更警戒するだろう。しかし、向かいの家の住民は、この不審な人物を家族の一員として受け入れていた。それも大の大人が四人いて、全員疑いの色を持っていない。


 子供の目から見ても【異様な光景】だった。


 前までは朝に来て夜には帰っていたのだが、ある日を境に女性は向かいの家に一緒に住み始めた。居候というやつだ。


 だが、生活費は全額向かいの家が負担していた。徐々に不満の声が生活費を稼いできている子供たちから上がった。子供といっても、30歳を過ぎたいい大人だ。


 狭い住宅街のため、人様の家の内部事情は筒抜けだった。


「ただいまー」


 学校から帰ると、近所に住む祖母の友人が遊びに来ていた。世間話で盛り上がっていて、私が帰宅したことにも気づかず、居間で茶を飲みながら話し続けていた。


 あまりいいことではないが、どんな話をしているのか興味があり、気づかれないよう近くで聞き耳を立てた。


「お向かいさん、このままいったら食い潰されちゃうよ」

「確かに、最近一緒に住み始めたから」

「実はね、あの女の人について聞いたんだけど……人の家を食い潰して歩いてるみたいだよ」

「そうなの!?」

「うまいこと取り入って、根こそぎ食い潰しては次の家に行ってるんだって」


 世の中には色々な人がいると聞いてはいたが、そんな人物もいるとは……。社会に出るのが怖くなった。


 一年後だっただろうか……。女性により、お向かいさんは食い潰された。ほとんど、お金はギャンブルに注ぎ込まれたという。


 今思えば、ある種の洗脳だったのかもしれない。周囲が女性のことを気にかけると「あの人は、いい人だ!」「私の友達を悪く言わないで!」物凄い剣幕で向かいの住民は怒っていた。


 だが、友人だと思っていた女性はこの家が傾き始めた頃、忽然と姿を消した。それと同時に洗脳は解かれ、向かいの住民たちは「騙された……」と肩を落とした。


 どうして騙されたのかは分からないが、女性が優しかったのは確かだ。子供である私にも彼女は良くしてくれた。


「今日暑いねー。ちょっと待ってて」


 外で遊んでいた私に彼女は向かいの家からアイスを持ってきて、「どうぞ」と手渡した。


「ありがとう。……でも」

「大丈夫。みんな、オバサンには文句言えないから」

「……そう、なんだ」

「ほら、早く食べな。溶けちゃうよ?」

「う、うん! いただきます」

「いいえ。……ねぇ、オバサンのこと、お家の人たちは何か言ってた?」

「ううん。なにも言ってないよ」

「そう……」


 子供だからといって、物で釣られたりはしない。我が家の祖母から常に口うるさく言われていた。【大人のことに首を突っ込むんじゃないよ】と。


 私から何も聞き出せないと思ったのか、オバサンは目を細めた。嫌みたっぷりに。


「……しっかりしてるね。お家が厳しいのかな?」

「そうでもないよ。ごちそうさまでした!」

「……いいえ。ゴミ、貰うよ」


 あの時見せた冷酷な表情こそ、優しい彼女の本当の顔だったのかもしれない。


「……可愛げのない子」


 彼女の去り際、微かに聞こえた声。人が怖いと初めて思った瞬間だった。



お向かいさんは食い潰された【完】

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