episode:26【「教えて」】


「ねぇ、ねぇ、教えてよー」


 一人の男性が一人の女性に声を掛けている。街を歩いていると、時々見かける光景だ。俗に言う、【ナンパ】。だが、男性を相手にする女性はおらず、みんな彼と目も合わせず、通り過ぎていく。


 彼がどうなるのか、はたまた彼のナンパに付き合う女性が現れるのか気になり、待ち合わせを装って少し離れた場所で彼を観察することにした。今日は休日で家にいても退屈だからと街をふらついていたのだが、面白い場面に遭遇することができ、出掛けたかいがあった。


 男は別の女性に声を掛けた。こうして見ていると、彼にはタイプというものが無いのかもしれない。20代と思わしきスレンダーな女性に声を掛けたかと思えば、40代くらいのふくよかな女性に声を掛けたり、統一性が全く無い。


 男性自体は細身で割りと身長が高く、一昔前に流行った【お兄系ギャル男】の見た目をしている。パイナップルの葉のような髪型が特徴的だ。


 そして、同じ台詞を女性たちに投げ掛けている。


「ねぇ、ねぇ、教えてよー」


 ここからの距離だと、その部分しか聞こえない。他にも何か話しかけているようだが、残念なことに他の会話は聞こえてこない。


 もう少し近づかないと無理かも……。ズボンのポケットから携帯を取りだし、誰かと通話をしているふりをしながら、男との距離を詰めた。



「ねぇ、ねぇ、教えてよー」


 またあの台詞を言っている。だが、彼の声に誰も足を止める女性はいない。それでも男性は諦めることなく、女性を追う。


「あのさ、俺のこと知らない?」

「……」

「ねぇ、ねぇ、教えてよー」

「……」

「君に会ったことあるんだけどなー」

「……」

「ねぇ、ねぇ、教えてよー」


 彼を見ている内に気づいた。決まった範囲しか彼は歩かない。いや、むしろ……そこまでしか行けないようにも見える。一定の場所まで行くと、すぐ元の位置へと戻り、目の前を通り過ぎる女性に声を掛ける。


 だんだんと気味が悪くなってきた。ナンパにしては変だ。前に見たナンパは、ターゲットを決めたら、しつこいほど女性の後を追っていく。だが、彼は違う。一定の、それも数メートル歩いたら元の位置に戻る。まるで、三時の時に現れる鳩時計の鳩のようだ。行っては戻りを何回も繰り返している。


 ふと彼と目が合った。驚いた顔で彼は手招きをしている。彼に興味を抱いていた私は怖いながらも彼に近づいた。


「ねぇ、ねぇ、俺のこと見えるの?」

「え?」

「教えてくれない?」

「何を?」

「俺、死んでる?」


 彼の言葉に息を飲んだ。私以外、彼を見ている人はいない。彼の格好は正直、今の時代には浮いている。物珍しい目で彼を見る人がいてもおかしくないかもしれない。だが、誰も彼を気に止める人はいなかった。むしろ、見えていないようにも思う。


「ここから動けなくて困ってんだよねー。これから、クラブに行くのにさー」

「クラブって……もう何年も前に潰れたけど……」

「え!? そうなの!? ……あ、そっか。俺、あの日──」


 ふわっと風が吹いた瞬間、男の姿は消えていた。そして、彼が立っていた位置に残されていたのは、誰が供えたか分からない真新しい花束だった。


「……って、いうことがあってさー」


 行きつけのファミリーレストランでコーヒーを啜りながら、高校時代の友人が先日体験したゾッとした話を私に話してくれた。


「相変わらず、見える人は大変だね……」

「【幽霊は足がない】とか言うけど、実際はヒトと変わらないから。生きてる人なのか亡くなった人なのか、見極めるとしたら【行動】を見るしかない。違和感があったら亡くなってる可能性が高い。でもね、これも確実じゃないの。だって──」


 身を乗り出し、友人は私の顔を覗き込んだ。


「生きてる人でも変な行動をする人いるから。──目の前に」

「え!? 私!?」

「そう。最初会ったとき、声掛けるか迷ったもん」

「だって、あの時は駅のホームで定期券落として焦ってたから……」

「同じところ、ウロウロしてるし。話しかけたら、『落とし物を探してる』って紛らわしいことを言うし」

「しょうがないでしょ! 定期券だよ!? 自分のバイト代で買った通学手段である定期券を落としたんだよ!? もうこっちは必死だったんだから!」


 膨れっ面をする私に友人は困ったように笑い、「ごめんごめん」と謝った。


「話してなかったけど、その数日前。まったく同じ場所で、うちの高校の制服を着た女子生徒と会ったの。で、その子も『落とし物を探してる』ってホームに手をついて必死に探してて、何探してるの?って聞いたら……『右耳』って。振り返ったその子、右耳なくてビックリしたの。髪型もショートで同じようだったから、またその子かと思った」

「……その話が今日一番ゾッとした」



「教えて」【完】



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