episode:24【風鳴り】
──風かと思ったんです……。
ガタガタ揺れる自室の窓。今日の風も一段と荒ぶっています。私の住んでいる地域では春夏秋冬関係なく、強い風が吹き荒れます。
子供の頃は、この風に何度泣かされたことか……。特に習い事が終わって帰宅する夕暮れ時。オレンジの温色に染まった町はどこか寂しく、自分の影すら不気味に見えました。人の姿がほとんどない路地裏を自転車で走り抜け、住宅街を進んでいると、強い風が後ろから吹きました。
──ガタガタッ!! ガタガタッ!!
細い通路の両脇に建つ家のガラス戸や窓が一斉に鳴り出します。それはもう小心者の私にとってみたら、恐ろしいの何者でもなく、半べそをかきながら必死でペダルを漕ぎ、家を目指しました。
そんな怖い体験も、大人の今となってみれば笑い話ではあるのですが、少々引っ掛かることを思い出しまして……。
それは、祖母のこんな一言がきっかけでした。
「あの家に住んでたおばあちゃん、覚えてる?」
祖母の用事に付き合わされ、一緒に家の近所を歩いていたとき、一軒のお宅の前で足を止めた祖母がそんなことを言い出したのです。そのお宅には、見覚えがありました。歴史を感じる平屋の木造住宅。時代劇が好きだった私にとって、そのお宅は夢のお城のようでした。
「あー、あのやさしかったおばあちゃん? 覚えてるよ。よく家に上げてくれて、お菓子もらったもん」
「え!? アンタ、あのおばあちゃん家にもお邪魔してたの? それに、お菓子まで?」
「うん。家の前通ると、『寄っていきな』って家に上げてくれて、お菓子くれたの」
「まったく……。どこ行っても、人様のお宅にお邪魔して物貰ってくるんだから」
「まさか、お礼言ったんでしょうね?」鋭い祖母の眼光に「それは……当然言ったよ!」と当時を思い出し、口を尖らせながら反論しました。我が家では、挨拶を徹底しており、【見知らぬ人にも会ったら挨拶すること】と幼い頃から叩きこまれていました。そのおかげもあってか、近所の方々が私を見かけると「上がって行きな」と誘ってくださったり、「これ食べな」とお菓子を持ってきてくださったり、可愛がってくださいました。その都度、祖母は近所の方々にお礼の品を持って回っていましたが……。
特に、この家のおばあちゃんには可愛がって頂き、私にとってもう一つのマイホームのようでした。
しかし、いつの間にかおばあちゃんの姿を見なくなり、近所の人たちも心配していました。
学校からの帰り道や、習い事の帰り。おばあちゃんの家の前を通るのですが、風が吹き抜け、ガタガタと家が鳴り、建物と建物に風がぶつかって、「ウー……ウー……」と風が呻き声を上げ、その都度、下唇を噛み締めながら全速力で家を目指しました。
「この家の前を通ると、いっつも風が吹いてさー」
「……え?」
祖母の表情が強張りました。「どうしたの?」と聞いても答えてくれません。止めていた足を動かし、「行くよ」とだけ言いました。いそいそとその場を去るように歩く祖母に続いて歩いていくと、ぽつらぽつら祖母が語り始めました。
「アンタは知らないんだっけ?」
「何を?」
「……あのおばあちゃん、息子夫婦と住んでたんだよ」
「え!? 独り暮らしじゃなかったの?」
遊びに何度もお邪魔していましたが、一度も息子夫婦に会ったことはなく、家の中も綺麗に整頓され、家族写真の類いも見当たりませんでした。てっきり、独り暮らしをされているのかと思っていましたが、まさか息子夫婦と同居されていたなんて……。
「覚えていなくても無理はないか。アンタ、あの頃はまだ小学生だったもんね」
セピア色に染まり始めた空を見上げ、祖母は言いました。
「あの家のおばあちゃん──嫁に暴力振るわれて亡くなったんだよ。見つかった時には両手足を紐で縛られていたそうだよ」
全身に悪寒が走りました。風が背中を吹き抜けていきます。ガタガタ……ガタガタ……狭い道路の両端で家が鳴っています。
あの時、聞いた風鳴り。もしかしたら──私は自分が恐ろしい音を聞いたのだと悟りました。と、同時に後悔を覚えました。
あの時、聞いた音はおばあちゃんからの【SOS】だったのではないか。だとしたら、おばあちゃんを助けることができたかもしれないのに……。
「……あれは、きっと風鳴りだよ」
「でも……」
「この地域は風が強いからね」
祖母の言葉を引き連れて太陽は西の空へ。寂しげな町の風景は私の心情を表しているようでした。
あの時聞いた音は──本当に風鳴りだったのでしょうか……。ガタガタ鳴る風を耳にする度、やさしかったおばあちゃんの顔が思い出されます。
風鳴り【完】
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