episode:23【ふわり……】
風にも様々な種類がある。そよ風、突風……強さも、まるで違う。けれど、説明のつかない風もある。人々は、それを【
あれが【神風】だったのだろうか……。
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仕事で私は外に立ち、来客者を迎えていた。一人一人丁寧にお辞儀をし、挨拶を交わす。ゾロゾロと見えていた客足が途絶え、息抜きがてらに空を見上げた。西へ日は傾いてはいるものの、まだまだ太陽が帰る気配はない。
「だいぶ、日が延びたなぁ……」
冬の今時も同じように外に立っていたが、行き交う車のヘッドライトが眩しいほど、辺りは暗闇に包まれていた。だが、今は車の色がはっきり分かるほど明るい。ヘッドライトも小さな灯りが点っているだけ。
温暖化の影響なのだろう。夕方だというのに、気温も高いまま。しかし、今日は風がある分、涼しく感じる。春先と秋口の風はどこか似ている。風の匂いは違うのに、なぜなのだろう……。
少しだけ──空が切なく感じるのも。
世の中は、不思議なことだらけだ。理論や摂理などを知れば、答えは分かるかもしれないが、そんな難しい話を理解出来る頭を残念ながら私は持ち合わせていない。ただ「なぜなんだろう?」と疑問を抱いていたい。答えが分からないほうが発想を自由に巡らせることができるから。そのほうが【ロマン】がある。
ぼーっと空を見上げていたら、近くで立っていた業者さんに声を掛けられた。
「今日は、人が多いね」
「そうですね」
「この分じゃまだ来るか?」
「あー、この分だと有り得ますね」
「しっかし、今日はあっちいな~」
「最高気温叩き出したみたいですよ」
「だろうなー」
普段から、この業者さんとはよく話す。世間話から始まって、折り入った話まで。さすがに仕事中の今は折り入った話はできないが……。
「でも、風があるから涼しいな」
「風があるのとないのとじゃ全然違いますもんねー」
「あぁ。こうも気持ちがいいと走りたくなるなぁ」
「ランナーの血が騒いじゃいましたか!」
「ははは! こういう日が一番走りやすいんだよ!」
嬉しそうに話す彼は、市のマラソン大会でも上位に入るほどの実力者。暇さえあれば、ランニングしているそうだ。私もやって来る夏までに痩せなければ……と思ってはいるものの、なかなか走る気にはなれない。
やさしい風が頬を撫でていく。そっと目を閉じたくなる。そよ風に吹かれていると、穏やかな気持ちになる。不思議なものだ。
徐々に空が赤みを増してきた。ようやく太陽も家に帰る気になったのだろう。
業者さんの方にも来客があり、私たちは距離を取った。一人、黄昏ていたその時──
ふわり……
「え?」
背筋がぞくりとした。悪寒とはまた違う、ぞくり感。一瞬、何が起きたのか分からなかった。
私の周りには当然誰もいない。誰もいるはずないのに……。
先ほど吹いた風には、確かに【感触】があった。私の頭に何かが触れた。間違いなくあの【感触】は、誰かの手が自分の頭を触れた時のもの。少女漫画やドラマで観る「ぽんっ」という効果音が当てはまる、そんな触り方だ。
しかし、実際は誰の手も触れていない。だって、私の周りには誰もいないのだから。それなのに、頭には誰かが触れた感覚が残ったまま。それが背筋をぞわぞわさせる。今のは何だったのだろう……。
もしや……これが【神風】?
私の驚き顔を見届け満足したのか、太陽はもう西の彼方に沈んでいた。
不思議な感触を頭に残したまま、私は仕事をこなした。気づいたときには、吹いていた風もどこかへ消えていた。
ふわり……【完】
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