episode:22【悪夢】
朝、会社へ向かっていると背後に視線を感じた。元々人通りの少ない路地。人とすれ違うことは殆どない。おまけに今日は早番で時間も早い。犬を連れて散歩している人、ウォーキングやジョギングをしている人は大通りで見かけたが、こんな路地裏ではまず見ない。
それなのに視線を感じ続けている。住宅もちらほらしかない、静かな路地。散歩でもなく、出勤や通学のために急いでいる様子もない背後の人物。追い抜くでもなく、近づくでもなく、一定の距離を保ったまま、背後からついてくる。
相手の歩く速度が遅いだけなのかもしれないが、ここまで一定というのも変だ。こちらが速度を落とすと向こうも同じようにゆっくりになる。早めれば、同様に早まる。まるで【影】のようだ。ぴったりと自分についてくる。
だんだんと怖くなり、路地を駆け抜け、駅前の大通りへ飛び出た。明るく広い空間に安堵したのも、つかの間。
「……どうして、逃げるの?」
真っ黒な【影】が現れ、行く手を塞いだ。初めは女性の声に聞こえていたが、途中から変声機器を使ったような低く恐ろしい声へと変わっていった。
「うわぁ!?」
自分の叫び声で目が覚めた。辺りを見渡せば、ビールの缶が散乱した机、好きな漫画だけが詰め込まれた本棚、一目惚れして買った黒のソファーが目に入ってきた。見覚えのある自分の部屋の景色に安堵し、息をひとつ吐き出した。
最近、同じ夢ばかりを見る。なぜ、あの女性に追われる夢を見るようになったのかは分からない。思い当たる節が全くない。友人に相談したら「夢なんて、そんなもんだって。酒でも飲んで寝れば?」と軽く流されてしまった。
だが、どれだけアルコールを体内に流し入れようとも悪夢はやって来る。本当に困ったものだ。せめて原因が掴めていれば、対処法も浮かんだことだろう。まったく、何が原因でこんな悪夢を見続けているのか……。
「……そろそろ仕事に行く時間か」
テーブルの上に置いてあるデジタル時計が「早く行け!」とジリジリ音を出し、急かす。仕事へ向かうのも、ちょっとした恐怖になりつつある。夢に出てくるルートを通るのは、悪夢を見てからやめた。近道なのだが、五分短縮するために怖い思いをする必要はない。五分早く家を出て、遠回りすればいいだけだ。
「そんなに心配なら、お祓いしてもらったら?」
同じ部署で、隣の席を使っている同期入社の
ショートヘアが似合う彼女。性格もサバサバしている。男性社員からの人気も高い人物だ。
「でも、それだけ頻繁に同じ夢を見るなら何か理由がないと逆に変だよね」
「そうなんだよ……。でも、全然思い当たる節がなくて」
「まー、大体そうじゃない? 自分では気づかないうちに……っていうパターンでしょ」
「……そうだけどさー」
「もう! ウジウジしてないで、とっととお祓いしてきなよ! 隣の席で毎日のようにため息つかれてたら、あたしの幸せまで逃げていく!」
彼女の言う通りだ。これ以上 悪夢に取りつかれたら、たまったものじゃない。早々、お祓いしてもらおう。
仕事の空き時間を利用し、お祓いをしてくれる場所を見つけ、電話で予約を取ることに成功した。
少しだけ心が軽くなった。これで悪夢とも、さよなら出来る!
お祓いをしてくれるという神社は会社から割りと近かった。ひっそりと佇む社。朱色の鳥居が道案内をするように社まで続いている。その中を通り、社の横に建っている木造の住居のような建物へ向かった。
「予約をした者なのですが……」引き戸を開け告げると、中から巫女の服装をした20代ほどの女性が現れた。
「お待ちしておりました。どうぞ──」
女性が中へと促し、靴を脱ごうとしたのだが、急に「申し訳ありませんが、ここでお待ちください」と言い残し、大急ぎで建物の中へと踵を返した。
脱ぎかけの靴を履き直し、待ちぼうけをすること数分。神主さんが恐ろしい形相でやって来た。
「あなた様は恐ろしいモノを連れて来ましたね」
「え?」
なんのことやら、サッパリ分からない。ここには自分以外誰もいないはずだ。さらに神主さんは続ける。
「私共では対処しきれません」
「え!? どうしてですか!?」
「【彼女】は、生きておいでです」
「生き霊ってやつですか? それなら──」
神主さんは静かに首を横に振った。ジャリ、ジャリ……境内に敷かれた砂利を踏みしめる足音が近づいてくる。直感で振り返ってはいけない気がした。
「【彼女】は、私共と同じ【ヒト】でございます。今、警察に通報しました」
これが夢ならよかったのに……。
悪夢【完】
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