episode:19【"おばあちゃん"】
この話は、趣味を通じて知り合ったYさんの体験談である。
Yさんは幼い頃、体が弱く、週に何度も病院へ通っており、その付き添いは母と祖母が交互に行っていた。
この日の付き添いは、祖母であった。
通い慣れたとは言え、病院である。大人ですら、嫌だと感じる場所だ。子供なら尚のこと、嫌悪感を抱いていたに違いない。
受付を済ませ、診察室の前で名前が呼ばれるのを祖母と二人待っていた。浮かない表情で待つ彼女に一人の看護師が声を掛けた。
「こんにちは」
「……こんにちは」
「おばあちゃんと一緒に来たんだね」
「うん……」
緊張と不安もあり、Yさんは足元に視線を落としながら、看護師と話していた。当時やっていたナースのドラマと彼女は同じ出で立ちだった。白のタイツに白のナースシューズ、白のナース服に身を包んでいる。
「早く良くなるといいね、またね」
「……ありがとう」
彼女は隣にいる祖母に会釈をすると、そのまま立ち去って行った。その直後、名前を呼ばれ、Yさんは診察室へと通された。
毎週金曜日は必ず検査を受けていた。
「それじゃ、今日も検査をしましょうね。でも今日やるのは、いつもと違う検査」
付き添いの祖母に主治医は検査内容を説明し、担当の看護師が来るまでYさんたちは再び診察室前にあるベンチに掛けて待つことになった。
少しして看護師がやって来た。この時、Yさんは「あれ?」と思った。
診察室に入る前に声を掛けた看護師と、目の前に現れた看護師の服装が微妙に違うからだ。今やって来た看護師は、ズボンタイプのナース服を着ている。
疑問に感じたものの、大きな病院には様々な科が存在している。もしかしたら、科ごとにナース服も違うのかもしれない。
待合室で待つ祖母と別れ、Yさんは看護師に案内されるまま、初めて訪れる階へ足を踏み入れた。いつにも増して、不安にドキドキと胸が鳴る。一人だから尚更だ。
「そんなに緊張しなくても大丈夫。検査は直ぐ終わるからね」
「……はい……」
そう返事はしたものの、気持ちが落ち着かないまま、検査は行われた。
思っていた以上に検査はすぐ終わり、看護師に連れられ、元来た道を戻り、祖母が待つ診察室前のベンチへと向かった。
「検査結果が出るまで、ここで待っててね」
そう言い残し、看護師は去っていった。
「……知らない階に行って緊張しちゃった」
「無理もないよ。待ってる間、飴舐めるかい?」
「うん!」
祖母の鞄の中には飴が常備されている。とは言っても、子供が好きなドロップや可愛いらしい飴ではない。真っ黒のパッケージにデカデカと【飴】と書かれた黒糖飴である。
それでも今はドロップよりも、懐かしい味がする黒糖飴が良かった。飴を口の中で転がす度、張り詰めていた緊張が緩和された。
祖母と手を繋ぎ、名前が呼ばれるのを待つ。Yさんたちの他にも患者は大勢いた。年配の方から赤ちゃんまで様々な人たちが病院には集まっている。
今日はどんな人たちが来ているのかと周りを見渡して待つのがささやかな楽しみだった。
検査の結果は良好で、また次回の予約を取り、診察料の支払いや処方箋を受け取るため、ロビーへYさんは祖母と向かった。
「トイレ行ってくる!」
やっと帰れる安心からか急にトイレに行きたくなり、いそいそとロビーの端にあるトイレへ向かった。
Yさんが戻ると、祖母の姿が見当たらない。どこに居るのだろう……。人が多い上に、祖母と似たような服装をした人までいる。
どこだ、どこだ?と辺りをキョロキョロしながら彷徨っていると、突然腕を掴まれた。
「やっと見つけた」
「あ、おばあちゃん!!」
「さぁ、帰ろうか」
「うん!」
祖母と手を繋いでロビーを抜け、出入口でタクシーを待っていると、またあの看護師がやって来た。真っ白なワンピースタイプのナース服に真っ白なタイツを履いた看護師である。
「お大事にね」
この時、Yさんは違和感を感じた。普段、看護師が見送りに来ることは無い。あっても入院患者が退院する時くらいだ。
違和感は更に増していく。
祖母と繋いでいる手。いつもの祖母の手と何かが違う。
そう思った途端、夢から覚めるように見えていた世界までもが変わっていった。
「あ、あれ? ここ……どこ?」
出入り口だと思っていた場所は全く別の場所で、初めて見る場所に戸惑いながら、手を繋いでいる祖母を見上げると……
「あら……気づいちゃった?」
ニタリと笑う見知らぬ老婆。
「え? え?」
真っ白な白衣を着た看護師も微笑む。その顔もまたしわくちゃな別の老婆だった。
「残念。あと少しだったのに……」
Yさんはパニックになり、その場で大声を上げ、泣き出した。
しばらくして、検査室に案内してくれたズボンタイプのナース服を着た看護師と共に本物の祖母がやって来て、一人で号泣しているYさんを発見した。
「やっと見つけた! 何勝手にほっつき歩いてるんだい!!」
「まぁ、非常口に迷い込んでたのね」
Yさんは訳が分からず、祖母に抱きつき、泣きじゃくった。
あのまま気づいていなかったら、今頃Yさんはどうなっていたのだろう……。
そして、あの老婆たちは一体どこへYさんを連れていくつもりだったのか……。
もしかしたら、今日も老婆たちは誰かの祖母に成り代わっているのかもしれない。
「やっと見つけた。……ほら、行くよ」
" おばあちゃん "【完】
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