episode:18【見える男】


 人口のどれくらいが見える人なのだろう。まれに「あー、見えるよ」と言う人物に出会うことがある。


 「そういや、この間さー」突然、会社の上司が話し始めた。どうやら、彼も見える側の人らしい。


「道歩いてたら、すれ違ったんだよねー」

「……分かるものなんですか?」

「うん。明らかに【人】じゃないから」


 見える人は皆同じことを言う。『【人】じゃない』しかし、見えない側からしたら、幽霊も人の姿をしているわけで……。生きている人間と、どこがどう違うのか全然分からない。


「でも、同じ【人】の姿をしているんですよね?」

「そうだよ」

「それじゃ生きている人と見境みさかいつかないんじゃ──」

「違うんだなー、これが」


 どう違うのかを詳しく聞きたかったのだが、数人交えて話していたため、会話は時間のごとく流れていく。


「君が住んでる地域にもいるから気をつけなよ」

「え!?」

「まぁ、どこにでもいるんだけどね」

「……気づいていないだけで出会ってる気がします」

「だろうね。見える人は絶対近づかない場所が何ヵ所かあるから」

「そんなにあるんですか!?」

「あるよ」


 絶望的だ。頭を抱える私に上司は笑みを向けた。


「大丈夫。君、見えないんでしょ?」

「まぁ……見えませんけど」

「なら、気にしないのが一番だよ」

「そういうものですか?」

「そういうもんだよ! ほら、コーヒー奢ってやるから元気出しな!」


 結局、コーヒーをご馳走になったが気分が晴れることはなく、むしろ通ってはいけない場所が気になってしかたなかった。


「俺の家系、みんな見えるんだよねー」

「それも凄いですね」

「その中でも姉貴が凄いんだよ。お店とか足踏み入れただけで、出る時あるから」

「……いるからですか?」

「そっ。『この店、ヤバイ』って。そしたらさ、その店。──前のオーナーが首吊ってたらしい」


 会社の倉庫の温度が下がった気がした。普段も日陰で冷えているが、それ以上に寒く感じる。温かいコーヒーを体に流し込んでも、背中に走った悪寒は消えなかった。


「俺も割りと見えるほうだからさ。もし、君の後ろに何か見えたら教えてあげるよ」

「え、遠慮します!! 眠れなくなっちゃいますから!!」

「そう?」


 残念そうな顔をする上司に「絶対言わないでください!」と念を押した。


 「お疲れさまです……」いつも明るい女性社員の上司 Uさん。しかし、今日は元気がない。最近寝不足だと話していたから、そのせいかもしれない。


「どうした? U、元気ないじゃん」

「はい……。昨日、金縛りにあっちゃって……」

「金縛りですか!?」


 「そうなんだよー」と大きなため息をUさんは吐き出した。話では聞いたことがあったが、まさかこんな身近で体験した人がいたなんて──それも昨日。


「体動かなくて重いなーと思って下を見たら、男の人が乗ってた」

「怖い……」

「ビックリだよ……」


 上司はコーヒーを口に運ぶと、平然と言い放った。


「U、だから言っただろ? あのクローゼット、ヤバイって」


 話が見えない私に上司が説明してくれた。


「Uがクローゼット買ったんだよ。中古のやつ。で、なんかいたら困るから俺に見てくれって言ってさ」

「なるほど! それで見に行ったんですね」

「あぁ。そしたら、扉開けた瞬間──男の顔があってさ」

「めちゃくちゃ怖いじゃないですか!!」

「だから処分しろって言ったんだ」


 視線をUさんに移すと、青ざめた顔をしていた。自分が彼女の立場だったら、処分しろと言われてもどう処分していいのか分からない。かといって、そのまま部屋に置いておくのも怖い。


「御払いやってくれる所、紹介してやるから」

「はい……」

「ヤバイって言っても取り憑くタイプじゃないから大丈夫だよ、U」

「あの……一緒に立ち会ってくれませんか? 一人だと心細くて」

「いいよ。早めに御払い場所に連絡しといてやるから」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 少しだけ、Uさんの顔に元気が戻ってきた。一刻も早くUさんに平穏が訪れることを願うばかりだ。


──数日後、Uさんの顔は晴天のように明るく輝いていた。


 どうやら、クローゼットの一件が片付いたようだ。


「Uさん、よかったですね!」

「……そうだな」


 見える男の上司は浮かない表情のまま、Uさんを見つめていた。まだ何か問題でもあるのだろうか。


「どうかされたんですか?」

「あー……うん」

「Uさんですか?」

「どうやら、連れてきやすいタイプらしい」

「──え?」


 上司は煙草の煙をゆっくりと吐き出した。


「今度は、女の人」

「女の、人……?」

「あの様子じゃ今夜辺り金縛りにあうかもな」

「そんなことまで分かるんですか!?」


 短くなった煙草の火を消し、水の入った灰皿の中へチャポンと煙草を落とした。残り香の残るスーツを羽織り直すと、私に上司は言ったのだった。


「あぁ。俺──【見える男】だから」



見える男【 完 】


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