episode:17【転生】
幼い頃から死後の先に興味があった。ヒトは肉体は消滅しても、魂は消えない。仏教的な考えかもしれないが、納得いく部分がある。
魂が残っているから、幽霊である彼らが存在している。肉体はないのに、はっきりと姿が見える、というのも不思議な話だが……。
──あれは確か、暑い夏休みの日。お盆が間近に迫っていた日のこと。
ミンミン鳴く声を背景に麦茶を縁側で飲みながら、祖母とスイカを食べていた。
「ヒトは死んだあと、あの世に行くんでましょ?」
「そうだよ」
「いい人は天国に行けて生まれ変われるけど、悪いことをした人は地獄で針山とかに落とされ続けるんだよね?」
「多分ね。誰も見たことがないから詳しくは分からないけど。まぁ、悪いことをしたら、そうなるかもね」
「じゃあさ、お盆やっても意味ないんじゃないの?」
「どうして?」
「だって、いい人だったら生まれ変わるんだよ? あの世からいなくなるんだもの、お迎えしたって来れないじゃん」
自分でも、面倒な子供だったと思う。自分の子に同じことを聞かれたら、返答に悩む。けれど、私の祖母は一緒になって答えを考えてくれる人だった。
「確かにね。でも、お盆にはね。【亡くなった人をいつまでも忘れない】っていう意味もあるんだよ。忘れられることが一番悲しいことだから、先祖のことも忘れちゃいけないよ」
「……そっか。わかった、忘れないようにする!」
祖母と話すのが私は好きだった。知らないことを知れる、今みたいに新しい考え方を教えてくれる。戦時・戦後を経験した人だったから、尚更。教科書では教えてくれないリアルな出来事をたくさん教えてくれた。
「どうやって生まれ変わるんだろう? やっぱり、ヒトはヒトにしかなれないのかな?」
「……それは」
祖母の顔色が青くなっていた。何か嫌なことでも思い出したのだろうか……?
「信じないかもしれない……いや、あたしも信じきれてないんだけどね……」
「うん?」
「ヒトから、馬に転生した人がいるんだ」
「……え? 馬?」
夏の暑さが遠退くほど、背筋が凍えたのを今でも覚えている。ミンミン鬱陶しい鳴き声も、か細い蚊のようだった。
祖母は続ける。
「あたしの実家があった辺りは、みんな農家をやっててね。馬や牛を飼っている家も珍しくなかったんだ。ある家の女の子……といっても当時二十歳は過ぎてたけど、精神病にかかってね。『馬になりたい』と言って両膝が真っ黒になるほど、【馬】の字を書いて、自ら命を絶った。……それから二年経ってのことだった」
カラン……と麦茶の氷が音を立てた。先が気になるが、聞くのが怖い気持ちもあった。
「その家で飼っていた馬が子馬を産んだ。茶色の毛並みをした子馬の前足の膝が真っ黒で……よく見たら、びっちり【馬】の字が書いてあった」
「それじゃ……」
「多分、女の子が馬になって帰って来たんだ。……私も実際、見に行ったけど、どことなく女の子の面影があったよ」
ありえない……。そもそも、自分で願ったなりたいものになれるものなのだろうか? だとしたら、神様はやさしい。
「でも、後にも先にも彼女だけだったね。死ぬ間際、真似をした人もいたけど……」
「うーん……不思議な話だね」
「だから、私も未だに信じきれないんだよ」
死後がどうなっているのか、どんなに化学が進歩しても、解き明かせないかもしれない。化学の進歩を行っているのは、ヒトなのだから。
「……おばあちゃんは、生まれ変わるなら何になりたい?」
「出来ることなら、またヒトがいいね。子供の頃、学校に行けなかったから、次は通えたらいいな」
そう話していた祖母も旅立ってしまった。彼女のいる世界は、どんな景色が広がっているのだろう。
転生後、彼女の願いが叶うことを私は願っている。
転生【完】
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