episode:16【嘘つき】
あの時の私は、どうかしていたのかもしれない。【恋は盲目】、きっと恋の病にかかっていたのだろう。
高校二年生の夏。とある男性と知り合った。自分で言うのもなんだが、一目惚れしやすい体質らしく、コンビニで働いていた四時間の間に何度恋に落ちたか数えられないほど。だが、所詮は一目惚れ。そこから何かが始まることはほとんどない。
始まりも突然であれば、冷めるのもまた突然。
だが、この男性とは違った。珍しいことに、連絡先の交換に成功した。というのも、私の友人と男性の友人が付き合っていたからだ。
そこから仲良くなるのは早かった。お互い、バンドマンだったこともあり、音楽の話題で盛り上がった。私はパンクロックが好きで、彼は見た目もビジュアル系だったが好きなジャンルも同系だった。
彼とは出会ってから毎日メールも電話もした。私のバイト先にも来てくれたこともあった。……これは、脈ありかもしれない。
だが、私の友人たちは口を揃えて「その人は、やめた方がいい」と言った。なぜ? どうして? 全くわからなかった。
特に恋愛経験豊富なバイト先の先輩は、強い口調で「やめな!」と言い放った。
「なんか、その人……
「そう、ですか?」
「だってさ……いくら友達だからって、友人の家に居候してる時点でダメでしょ」
「でも、自分で借りてるアパートも都内にあるって言ってましたよ」
「だったら、そこに帰ればいいじゃん」
「今は帰ってます」
「……はぁ。お姉さんは心配です。あなた、純粋だから……」
【純粋】良く言えばそうだが、悪く言えば【単純バカ】だ。彼の話は何でも
「で、何ていうビジュアルバンドが好きだって?」
バイト先の先輩はビジュアル系に熱く、端から端まで知っている勢いだった。もちろん、彼が好きだと言っていたバンドのことも知っていた。
「ライブDVDあるから、貸してあげる」
「いいんですか!?」
「恋する乙女のためだもの! 一肌脱がせて!」
時々おかしなことを言う先輩であったが、面倒見がよく、本当にお姉さんのような存在だった。
家に帰り、早速先輩に借りたDVDの鑑賞を始めた。そこで驚いたのは、彼の見た目とDVDの中にいるベーシストが驚くほど似ていたこと。このベーシストに憧れて、ベースを始めたと言っていたが、ここまでリスペクトしているとは思わなかった。
それから少し過ぎ、セミの声が賑わいを増した真夏日。何度か二人きりで会う内、打ち解けてきたからか、ちょっと踏み込んだ話を彼がしてくれた。
「俺の家さ……シングルマザーなんだ。弟もいるんだけど、まだ小さくてさ。だから、俺がバンドで食えるようにならないといけないんだ」
なんて家族思いな人なのだろう。当時の私は目を潤ませたほどだった。だが、現実の話をすると彼はバンドを組んでいない。メンバーを探しているとは言っていたが、行動に移していない様子だった。この頃はネット内でメンバーを集い、テレビで活躍するまでになった有名バンドもあったほど、ネットでメンバーを募集している人たちも多かった。それに、ベーシストはなかなか
参加しようと思えば、みんな両手を広げて大歓迎しただろう。
彼との関係が進んで行くに連れ、彼から「ギターを貸してほしい」と連絡が入った。普通なら、自分が大事にしているものを簡単に手放したりしない。……恋とは、本当に恐ろしい。
「いいよ! はい、どうぞ! 来週には返してね」
「ありがとう。わかった」
意図も簡単に彼に貸してしまった。ギターの代わりに貰った口づけに頬を赤らめて、彼に貸してよかったと思うほどに、私は恋に狂っていた。
ここから魔法が解けるのは早かった。ガラガラと音を立て、すべてが崩れていった。
一週間経っても、二週間が過ぎても、彼から連絡は一切なかった。こちらから連絡しても繋がらない。
「だから、やめとけって言ったのに……」
そう言われても仕方ない。バンドメンバーにも迷惑をかけた。ギターボーカルである私。メインの音がなければ、練習にもならない。
最悪なことは続く。
好きなバンドが表紙を飾った雑誌を購入するために訪れた書店で彼が好きだと言っていたバンドが表紙の雑誌を目にし、手に取ってみた。表紙ということもあり、中には彼らの特集が組まれていた。パラパラとページを捲っていくと、彼と似ているベーシストの単独インタビューが載っていた。
「……は?」書店で不快な声を漏らしたのは後にも先にも、あの日だけだ。
【俺の家……シングルマザーなんだ。弟もいるんだけど、まだ小さくてさ。だから、俺がバンドで食えるようにならないといけないと思って……】
どこかで聞いた話がつらつらと
世の中には様々な人がいる。誰かに憧れる気持ちも分かる。自分をよく見せるために嘘をつく人もいる。
けれど、ここまでする人がいるとは思わなかった。
私に言った話のどこからどこまでが本当なんだろう。
名乗った名前も、嘘なんじゃ……。
── 事実は彼しか知らない。
嘘つき【完】
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