episode:15【遭遇】

 前もって言っておくが、私に霊感は無い。見えたことはないが、【遭遇】したであろう記憶は、いくつかある。


 おそらく、誰しも経験があるのではないだろうか?


 ふと家に一人でいると、何とも言えない違和感を感じたり、自分しかいないはずなのに誰かに見られているような気がしたり……。


 見えなくとも、私たちには視覚以外の五感がある。気配を感じたり、臭いを感じたり、足音や耳鳴りもその証だ。そう考えると、誰しも見えない何かに【遭遇】しているのではないか?


 今回の話は、私が【遭遇】した中で一番ハッキリとした違和感を感じた出来事である。日常とは少しかけ離れてしまうが、そこは多目に見て頂きたい……。


 私が通っていた高校は仏教校だった。といっても、入学するまで私は全く知らず、時間割りに【仏教】と書かれていて初めて知った。(※私が見落としていただけで、高校のパンフレットにはきちんと記載されている)


 この頃の私は中学の部活引退後、燃え付き症候群で何も手に着かず、もともと勉強に励むタイプでもなく、毎日をゲームに費やす生活を送っていた。そのため、行ける高校も片手で数えるほどしかあらず、最終的に制服の可愛さで行く高校を決めた。無論、パンフレットなど見もしていない。


 だが、もともと死後の世界や仏教には興味があった。講師も、現役の住職。これは面白い話がたくさん聞ける!と浮かれていたのだが、入学から少し経ってのこと。


「皆さんには、お坊さんの世界に触れてもらいます」


 実は、この学校。一年生の時に、精進旅行という名の修行に行く。全員参加の上、この行事に出ないと卒業できない。例えば、当日熱が出て欠席すると、翌年の新入生たちと一緒に行くことになる。この場にいる誰もが思っただろう。それだけは避けたい、と。


 幸い、私たちの学年に欠席者はおらず、全員参加できた。だが、お坊さんの世界は想像以上だった。まず、俗世間との連絡を一切経つべく、携帯電話の持ち込みは禁止。隠れて持ってきていた生徒も持ち物検査で没収された。さらに、寺院へ行くまでも自力。山道の入り口でバスを降り、徒歩で寺院を目指す。視界に入るのは、生い茂った緑だけ。寺院のじの文字すら見当たらない。


「本当にあるんですか?」とたずねたくなる。そんな道無き道をどんどん上に向かって歩いていく。「疲れた……」「しんどい……」と口にしそうになるが、煩悩は振り払えと禁句のお達しをすでに受けているため、グッと堪えながら、見えないゴールに続く足場の悪い道を突き進んでいく。


 どのくらい歩いたのか、寺院に着いたとき、足は木偶でくぼうと化していた。足の裏も、歩きすぎて感覚が麻痺している。


 たどり着くまでも苦難だったが、ここから本当の修行が始まる。到着するやいなや、トイレ休憩と荷物を各クラスの部屋に置き、寺院の掃除に取りかかった。


 寺院では一切の私語は厳禁とされ、破った者は その場で禅を組み、住職から警策(きょうさく)をいただく。


 出される料理も、すべて精進料理。クラス関係なく、いくつかのグループに分かれ、食事をるのだが全員が食べ終わるまで席を立つことは許されない。苦手なものが出されても、自分で食すしかない上に、早く食べ終えなければ他の人の迷惑になってしまう。


 難関なのが、たくあん(黄色い大根の漬け物)を一切れだけ残し、自身の食べ終えた茶碗に少量の茶を入れ、茶碗についた米をたくあんで綺麗にしてから、たくあんを食し、その茶も飲み干さなければいけない。漬け物の味は家庭によって異なるが、寺院のたくあんは──【便所】をイメージしていただければ……。悪戦苦闘し、涙する者が続出した。


 寺院の生活は、日の出と共に起床し、日の入りとともに就寝する。座禅は、朝・昼・夕の三回、御堂で行われた。座禅が組めない者、足がつる者など、静かな御堂に悲鳴が響いたときには、笑い声もここぞとばかりに起こっていた。


 そんな慣れない生活の一日目の晩は、みんな泥のように眠っていたが、二日目ともなると、なかなか眠れず、就寝時間を過ぎても話し込んでいた。


 私と友人のMは恋愛話で大盛り上がり。真っ暗になった部屋で、布団に入りながら話し続けていた。


 広間にクラス全員で寝ている。イビキや歯軋はぎしり、寝言までが聞こえてくる。それに笑っていると、「うるさいんだけど!」とどこからか怒号が飛んで来たが、私たちは声のボリュームを落とし、恋愛話に花を咲かせた。


「それは、完璧に両思いだって!」

「いやでもさ……」


 その時、ふと異変に私は気づいた。先程まで溢れていた音が一切聞こえない。イビキも歯軋りも、誰の寝息さえも聞こえない。広い広間に確かにみんな寝ているのに……。自分たちを除いても、30人も同じ室内にいるというのに……。


 横たわっているのがヒトではないような、そんな気さえし始めていた。ゾワッと身の毛がよだつ。


── ギシッ……ミシッ……


 廊下から誰かが歩いてくる。


── ギシッ……ミシッ……


 古い板を踏みしめ、ゆっくり、ゆっくりと。


 音を聞いたとき、すぐに分かった。この足音には、生気がない。生きている感じが足音から一切伝わってこない。


 Mと顔を見合わせ、「これはマズイ」と互いに首を振りあった。私たちは布団を頭から被り、そのまま眠りについた。


 あの晩、感じた空気は何だったのか……。30人もいる部屋で寝息一つ聞こえないのは、どう考えても不自然だ。異様としか言いようがない。


 帰宅の日、私は講師の住職にこの話をした。すると、彼は「もしかしたら、あの世との道が通じたのかもしれませんね」と笑った。



 できれば、【遭遇】も避けたいものだ……。

 


遭遇【完】


 


 


 


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