episode:14【自家製呪いのビデオテープ】


 近年は少なくなってきたが、一時期 夏のテレビ欄は【 涼 】に溢れていた。有名な語り部による怪談話や体験談をもとにした心霊番組、はたまた ホラー映画を各週に渡り、放送していた。


 夜の放送時間に観る勇気が無い私はビデオテープに録画し、カンカン照りの日中に観るという、ホラー好きの友人から「邪道だ」と非難された怖さ半減方法をもちいて、鑑賞していた。


 そんなとある夏の日。話題作のホラー映画が放送されることが決まった。だが、このホラー映画は携帯電話や顔面蒼白の少年が出てくる話ではない。


 何故このホラー映画が話題になったかというと、【 本物が映り込んでいる 】からだ。そして、観た人に次々と不可思議な出来事が起こったと噂が立った。その作品が全国ネットで放送されるとあり、たちまち学校中は、この映画の話で持ちきりになった。


「ついに来たかー!!」


 ホラー好きのA美が嬉しさの雄叫びを上げている。彼女は不可思議現象を求め、映画館に何度も観に行ったが、何も起こらないまま 上映終了日を迎えてしまい、ガッカリしていた。


「今度こそ、不可思議現象と出会うぞー!!」


 その気迫が遠ざけているのではないか?と思いつつ、私は「会えたらいいね」と返した。


 それにしても、自ら不可思議現象に出会いたいと志願するA美は、RPGに出てくる勇者並みに勇気がある。私は絶対に無理だ。意気地いくじがない。


 人対人ならば対策を打てるが、相手は実体が無い。実体が無いモノにどう挑めばいいのか……。そもそも、挑んだ所で返り討ちにされるのが関の山だ。


 私はA美を尊敬している。彼女の勇気は凄まじい。不可思議現象を求めるだけあり、日常生活に置いても、度胸があるからだ。


「……でも、無頓着な人ほど不可思議現象に愛されるんだって」

「え? ……無頓着って、あたしのこと?」

「うん。本に書いてあったんだけど、宝くじと一緒で欲の無い人間を不可思議現象は好むみたい。出会いたくないんでしょ? 不可思議現象に」

「そりゃねぇ……。会ったら、寿命縮まりそうだもん……」


 怖いもの見たさの好奇心はあるが、実際遭遇したら、間違いなく恐怖で顔が歪む。それだけではない。奇声をあげ、泣き出すかもしれない。


 A美と そんな会話をしていると、一人の生徒が話しかけてきた。Eちゃんである。彼女とは小学生の頃から仲が良いのだが、中学に入り、クラスも部活も別で、なかなか話す機会が持てずにいた。


「久しぶり! あの映画、やるみたいだね」

「久しぶり! ……あれ? Eちゃん、あの映画観るって、前話してなかった?」

「観に行く予定だったんだけど、行けなかったんだ……」

「そうだったんだ……」

「うん、だから楽しみで!」


 Eちゃんは嬉しそうに笑った。廊下の先でEちゃんの友人が「理科室に移動するよ」と彼女に声を掛け、「またね!」と私に手を振り、友人の元へ走っていった。


 少しではあったが、Eちゃんと話せて楽しかった。


「みんな待ちわびてるんだね、あの映画」

「A美だって、その内の 一人でしょ?」

「まぁね。でも何回も観たから、内容は頭に入ってて……。ただ……」

「ただ……何?」

「……実は、どこに本物が映ってたのか分からなかったんだ」

「えッ!?」


 テレビや雑誌などでも取り上げられており、「この場面のココ!」と解説まで出ていたが、それでもA美は分からなかったという。


「見える人と見えない人がいるみたい」

「あ……それじゃ──」

「そう。本物が見えた人にだけ不可思議現象は起こったの」


 全身を恐怖が駆け巡った。A美は怯える私にとどめを刺すように言葉の矢を放った。


「……見えないといいね」


 そして、ついに放送日を迎えた。録画は無事完了し、放送日が土曜日の夜だったため、私は翌日である日曜日の正午過ぎから観始めた。


 出だしから既に怖い。というより、雰囲気が凄まじい。何も潜んでいない時点から、何かが潜んでいるような気配がある。不気味な空気が画面から溢れ出し、現実世界までも侵食してくる。


 気づいたら、すっかり映画の虜だった。様々なホラー映画を観てきたが、ここまで深入りしたのは初めてだ。……しかし、それも今思えば、既に【 何か 】が私のそばに居たのかもしれない。


 ある場面で、私は「ん?」と一時停止ボタンを押した。


「何で、こんな所に……」


 映っているのは、お化け役の少女。だが、彼女は先ほど反対側に立っていた。カメラが右から左へ移動する速度で彼女が移動したとは考えにくい。更に、近くに映っているのならば映りこんでしまったという可能性も無きにしろあらずだが、親指と人差し指で掴めるほどの大きさで映っており、遠近法で遠くにいることが分かる。


 瞬間移動した上に遥か遠くへ行くなど、人間がなせる技ではない。


 私は息を飲んだ。庭の柿の木に止まった蝉がせわしく鳴き始める。外はカンカン照りの真夏日。それにも関わらず、体から熱が引いていく。ひんやりとした汗が背中を流れる中、風鈴の涼しい音がチリン……と静かな室内に響いた。


 ……見てしまった、見えてしまった。見てはいけないものを。一時停止までして、ハッキリと確認してしまった。これから何が起こるのだろう……。願わくば何も起こらないで欲しい。


 時刻は、日中真っ只中の午後二時半。幽霊のたぐいも暑さで溶けてしまうような時間帯。それでも私は周囲を警戒し、トイレに行くのもやっとだった。


 トイレから戻り、スタートボタンを押して観始めた。既に物語は終盤。変に几帳面な性格から、残り僅かで投げ出すことも出来ず、怯えながらも観続けた。


 午後三時を少し過ぎたところで、長く感じた物語は幕を閉じた。もの悲しいラストに、テーブルの上には涙を拭いたティッシュの山ができていた。


**********

 

 翌日。学校では、土曜日に放送されたホラー映画の話題で盛り上がっていた。


 A美はというと、今回も分からなかったようだ。きっと入れすぎた気合が空回りしてしまったのだろう。


「全然分からなかった……」

「一瞬だしね。私も一時停止して気づいたよ」

「え!? 見たの!?」

「うん。幽霊役の子と似た子が小さく映ってた」

「……やっぱりか」


 一人納得するA美に「何が?」と訊ねると、彼女は私に人差し指を突きつけ、言い放った。


「不可思議現象は無頓着な人を好むのです!!」

「あ……」

「何も無いとは思うけど、何か起こる時は私と居る時にしてよ〜」

「それは無理だって……」


 逆に、A美と居れば何も起こらない気もする……。私はひらめいた。彼女と一緒に帰ろう。帰宅ルートは真逆だが、さほど家が離れている訳では無い。彼女と居る時に出会でくわしたなら、怖いものも笑い話になりそうだ。


「今日から一緒に帰ろう!」


 私が提案するよりも先にA美が私の両肩に手を置き、好奇心いっぱいの眼差しで言った。


「今、言おうと思ったのにー」

「ふふ! 楽しみー!!」


 放課後の部活終わり、時刻は夜7時過ぎ。夏と言えども、夜に変わりない。空には星が出ている。キラキラ輝く その下を私とA美は陽気に歌を歌いながら歩いていた。


 大きく吸い込んだ空気は夏の匂いがした。青葉のような青く澄んだ匂い。……うまく説明は出来ないが、小さい頃から四季折々の香りが分かる。


「夏の匂いがする」

「そんな匂いしないよ」

「するよ、ほら!」


 息を吸い込むA美だが、「うーん、分からない」と首を傾げていた。


「これも立派な特殊能力だと思うよ。人には分からない四季の匂いが分かるんだから」

「……そうかな」


 【 特殊能力 】と言われ、こそばゆくも少し誇らしくなり、鼻の穴が膨らんだ。 


「それじゃ、私はここで。また明日ね!」

「うん、また明日!」


 私は右折、A美は直線。分かれ道で手を振り、彼女と別れた。……ここからは、家まで一人で帰らなければいけない。


 田舎でも街中の方だが、通りに街灯は少ない。駅や公共施設がある通りは明るいが、それ以外は薄暗い場所が多く、今歩いている場所も近くにあるアパートや個人経営の自転車屋さんや飲食店の明かりで何とか明るさを保っている。


 ザワザワ……と銀杏の木が揺れる。先ほどの明るいスポットを越えると、一段と暗くなる。明るい所から、街灯がちらほらしか無い暗い所へ行くから余計そう感じるのかもしれないが……。


 歩いている足が自然と速くなる。真横が小学校の校庭なのだ。もちろん、フェンス越しではあるが、ブランコや滑り台といった遊具が近い。校舎の光は遥か遠くに見える……。現在も児童たちが通っている小学校だ。


 しばらく歩いていると、金属の掠れるような音が耳に届いた。既に恐怖で前しか見れず、音は気になるが、目を向けるなど不可能だ。


 ぎぃ……ぎぃ……、ぎぃぎぃ……。


銀杏の木が風で揺らいでいたから、風の仕業だろう。


 ……ぎぃ……ぎぃ……。ぎぃ……ぎぃ……。


 いや、銀杏のざわめきは既に止んでいる。ゆったりと何かを乗せたように、金属音が行き来する。


 ……ぎぃ……ぎぃ……。ぎぃ……ぎぃ……。


『あ、そ、ぼ』


 空耳かもしれない。空耳かもしれない。


 運動会のピストル音に合わせ、駆け出すように私は声のようなものを耳にした瞬間、走り出していた。リレーの選手に選ばれたこともあり、足には自信があった。後ろを振り向きもせず、無我夢中で走り続け、そのまま家までノンストップで帰宅した。


 幸いにも今日は父が先に帰宅していた。共働きの我が家は、両親の帰宅時間もバラバラ。大概は私の方が早く帰宅し、二人の帰りを待っている。


「おかえり。どうした?」

「……いや、多分違うと思うけど……出た」

「何が? 不審者!?」

「違う! お化け!!」


 父の顔が固まった。「プッ」と息を吐き出したかと思えば、一気にゲラゲラと笑い始めた。


「そんなに笑わないでよ!!」

「心霊番組やホラー映画の見過ぎだよ」

「……そう、それが原因……」

「ん? どういう事?」


 父にこれまでの経緯を説明した。すると、先程まで笑っていた彼の顔から笑みが消えた。


「……【 自家製呪いのビデオテープ 】」

「どうしよう……。消して、この上から録画するのも怖いし」

「うーん。捨てちゃえば?」

「そんな簡単に言わないでよ! 自分だって今 【 呪いのビデオテープ 】 って言ったじゃん」


 らちが明かない話し合いをしていると、夜にも関わらず、家の電話が鳴り響いた。


 昼間なら分かる。祖母や母宛に彼女たちの友人から電話がよく掛かってくるから。だが、今は夜。──まさか……!?


 私はジェスチャーで父に「出て!」と受話器を差し、父は渋々「……もしもし」と電話に出た。おそらく、私の怖がりは父から受け継いだものだと思う。


「はい。代わりますね」


 保留ボタンを押すと、「Eちゃんから」と私に受話器を渡した。まさかの人物ではなくて、本当に良かった……。夜に掛けてきたということは、Eちゃんは何か急用があるのかもしれない。保留ボタンを解除し、私は電話に出た。


「もしもし」

「ごめんね、急に」

「ううん、大丈夫だよ」

「あのさ……この間の映画、録画した?」

「……ホラー映画?」

「そうそう! 録画予約してたんだけど、ビデオデッキが壊れてて……」


 私は意を決し、Eちゃんに今日の出来事を話した。……が、彼女もまたA美と同じたぐいだった。


「えっ!? 凄い!! そのビデオテープ、貰ってもいい?」

「いいけど……。Eちゃん、気をつけてね」

「大丈夫! 私、霊感とか全然無いし! じゃあ、明日学校に持ってきて! 休み時間、取りに行くから」

「分かった」


 こうして、私の手元から【 自家製呪いのビデオテープ 】は去り、何事も無く過ごしていたのだが……。Eちゃんの手に渡った数日後。彼女は自転車で転び、腕を骨折してしまった。


 この因果関係は分からないが、録画をする際は充分お気を付けて……。



自家製呪いのビデオテープ【完】






 

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