episode:10【類は友を呼ぶ】

 高校生、この響きだけで大人になった気がした十六歳の春。無事 入学式を終え、新たな仲間たちと学校生活に馴染み始めた頃、担任の先生が【 学園祭 】について説明を始めた。


「うちの学校は、学園祭と体育祭を一年置きに行っている。そして今年は学園祭を行う。そこで、みんなには何をやりたいか案を出して欲しい」


 【 学園祭 】というワードに教室の熱は一気に上がる。歓喜する黄色い声は四方八方から床や壁をピンポン玉のように弾け飛んだ。女子のパワーは凄まじい。女子校に来て、改めてそれを感じた。


 一人の生徒が挙手をし、立ち上がった。


「はいはーい! やっぱ、学園祭と言えば【 お化け屋敷 】でしょ! お化け屋敷がいいと思いまーす!」


 その意見に皆賛同した。ベタではあるが、初めての学園祭だ。無難な所で行きたい。


 こうして、私たちのクラスはお化け屋敷の模擬店をやる事に決まった。


 学園祭は、七月の第一土曜日。その日に向け、準備が始まった。


 まずは教室を四つのエリアに分割し、私たちは四つのグループに分かれ、持ち場を決めた。


 私は、Dグループ。出口があるエリアを担当する。重要な一番最後の場所だ。「終わりよければ全てよし」の言葉通り、最後がイマイチでは全体の印象が悪くなってしまう。


 友人たちと年密に話し合い、何をコンセプトにした空間にするか悩んだ。そして、墓地をテーマに持ち場が広い事を活かし、小屋を作り、そこから這い出て脅かすことにした。


 幸い、他のグループとアイデアが被ることも無く、順調に準備は進んだ。


「学園祭、楽しみだねー!!」

「他のグループも凄い仕掛けとか考えてるみたいだよ!」

「私たちも頑張らないと!!」


 初めての学園祭、初めてのお化け屋敷、初めてのクラス全員での共同作業。ギュッと楽しみが詰め込まれた毎日に皆は心を弾ませていた。


 だが、とある迷信が頭の片隅から離れない。【 お化け屋敷には、お化けが寄ってくる】


 高校の直ぐ裏手は、寺院で墓地がある。寄って来るのではないだろうか……。その心配を私は職員室に居た担任に打ち明けた。


「ははは! 意外と怖がりなんだな!」

「そりゃ目に見えない物ほど怖いものは無いですから」


 お腹を抱えて笑い出した担任に冷たい目を向けていると、それを聞いていた他の先生が会話に参加してきた。


「お祓いはしといた方がいいですよ。私も前、担任をしていたクラスがお化け屋敷をやりまして……出ましたから」


 担任と私は顔を見合わせ、その先生の話を真剣に聞いた。


「準備中にも蛍光灯がチカチカしたり、窓は閉まっているのにカーテンが揺れたり……。数名の生徒は見たと言ってました。ベランダの窓からジッとこっちを見る髪の長い女性の姿を」

「……現れたりしないよね? 私、遭遇したくないよ!! 先生、どうにかして!!」

「……わ、分かった。お祓い、してもらおう」


 ── 学園祭の一週間前。


 いよいよ教室にエリアを作ることになった。黒に染めた段ボールで区切るのだが、それをすると同じ教室内にいても他のグループと顔を合わせる事が出来ない。


 今日が最後の顔合わせ。


「お化け屋敷、絶対成功させようね!」

「オー!!!!」


 出会ったばかりとは思えないほど、クラスは一つに結束していた。お化け屋敷を提案した生徒が一枚のDVDを鞄から取り出した。


「参考になるかなと思って、ホラー映画借りてきたんだ」

「え? 今、観るの?」

「うん。……大丈夫! みんなで観れば怖くない!!」

「……やめた方がいいんじゃないかな……」


 場の空気を壊す懸念はあったが、事が起きてからでは遅い。私は、この間の職員室での会話を皆に伝えた。


「お祓いするなら、大丈夫だって! それに、脅かし方学ばないと! どう脅かせばいいのかもイマイチ分からないし」


 確かに その通りだ。脅かし方にも様々ある。具体的にどう脅かせばいいのかもよく分からない。結局、皆でDVD鑑賞をする事になった。観終わったら直ぐに作業に取り掛かる為、グループ毎に固まって床に座った。


 DVDデッキが映画を読み込み、小さなブラウン管テレビに映像が流れ始めた。時刻は夕方四時半を回ったばかり。外は、まだ明るい。しかし、教室内は暗幕が引かれ、雰囲気を出すために電気は消えている。映画館宛らだ。


 物語りが進むにつれ、教室内に変化が現れ始めた。


「気のせいかもしれないけど……寒くない?」

「寒いよね……」


 暗幕と電気を消しているからかもしれないが、空気が冷たい。それに私たちの後ろには誰も座っていないはずなのに、人の気配がする。


 その時だった。


「キャアァアー!! で、電気……で、電気付けて!! は、早くッ!!」


 叫び声に電気のスイッチを誰かが入れた。瞬く間に明るくなる室内。と同時に寒気も、背後に感じた人の気配も消えた。振り返ってみたが、やはり誰もいなかった。


 DVDはデッキから出され、ブラウン管も機能を停止していた。


 一人の生徒が泣いている。叫び声を上げたのも彼女だろう。皆で彼女を囲んだ。


「……な、何かが居たの……。すぐ近くに……」


 その一言に口々に寒気や人の気配がしたことを話し出した。室内にいた四十人の大半が同じ体験をしていた。有り得ない。間違いなく、この場に が居た。


「とりあえず、早く区切りの段ボールを吊るして帰ろう!!」


 クラス委員長の声に皆は一斉に作業に取り掛かった。今は皆一緒でも、必ず家に帰る道中で一人になる。作業が遅くなれば、当然家に帰るのも遅くなる。こんな体験をした後だ。今すぐにでも帰りたいのが本音である。


 いつも以上に力を合わせ、テキパキと作業を終わらせ、早々教室を出た。


 翌日、奇怪な出来事が起こった。各グループで配置などを決めていると、入口がある【 A 】エリアの上の蛍光灯がチカチカ点滅を始めた。


「蛍光灯、切れかかってるのかな?」

「……あの蛍光灯、先週担任が交換したばかりだよ……」

「……え?」


 何となく、教室に居てはいけない気がしてグループの皆と教室から出た。その直後。


「待って!! え? キャアァアー!!!!」


 続々と前の入口からAグループの生徒たちが飛び出してきた。


「どうしたの!?」


 その慌てぶりは尋常ではなく、恐怖に怯えていた。


「手動で動かすマネキンをどこに置くか考えてて……とりあえず、適当な場所に立て掛けておいたら……」

「う、動いたの!! 勝手に!!」

「棒が勝手に上下して、マネキンの首が動いたの!!」


 実際目にしていないため、どんな装置か分からないが、棒の先端にマネキンの首が取り付けてあり、棒を上下させることで首が上下に動く仕組みらしい。絶対に人が動かさなければ動くはずは無いと言う。それが動いた時、誰も側には居なかった。


「あれが勝手に動くはずないの、絶対に!!」

「なのに……誰かが動かしたように動いてた……」

「……居るんだよ。きっと……。呼んじゃったんだ……」


 まだまだ怪奇は続いた。他のグループでも、ラジコンが勝手に走り出したり、恐怖の着信音を録音したテープが壊れたり、窓が閉まっているのに暗幕が波打ったり。


 あまりに続くため、お祓いを二度も頼んだ。お経をあげて頂き、事は治まった。私たちのグループは特に何も起こらず、学園祭当日を迎えた。


 衣装に身を包む。グループ毎に衣装は違う。私たちのグループは、真っ白のブラウスに赤い絵の具で血しぶきをペイントし、わざとボロボロに引き裂いた。化粧もお化けに寄せたメイクをしている。


 準備期間中に起きた奇怪な出来事はすっかり忘れ、目の前に広がる学園祭の空気に心を踊らせていた。午前中、私は呼子として友人とチラシ配りをしながら、他の模擬店を見て回った。


 普段はあまり関わりがない上級生たちからも「お化け屋敷、楽しみにしてる!」「後で行くね!」と声を掛けて頂き、嬉しかった。


 中には「さっき行ってみたけど怖かった」と感想を伝えてくれる人もいた。上手くいっている実感に嬉しさと、自分も脅かす番になったら怖がらせたいという意欲が高まった。


 そして、ついに私が脅かす番がやって来た。


 午前中小屋に入り、脅かし役をしていた友人が交代間際、不思議な事を言ってきた。


「多分、大丈夫だと思うけど……気をつけなよ」


 彼女は霊感が強く、幽霊が見える時もあると聞いていた。……つまり、彼女は見たのだ。それ以上先を聞いたら、平常心を失うと思い、「頑張るよ」と彼女に告げ、小屋でスタンバイした。


 私の役は小屋の前に人が差し掛かった瞬間、小屋から飛び出して足首を掴み、脅かす。スケートボードにお腹を乗せ、波を待つサーファーのように人が来るのをひたすら待つ。


 段ボールで出来た小屋の後ろには、隣のグループであるCグループとの仕切りの段ボールが垂れ下がっているだけで、そこにCグループのメンバーは居ない。ただ、ベランダも通路として使用しているため、時折吹く風に段ボールが揺れ、小屋に当たることはあった。


「皆さん、準備はいいですか?」


 受付をしている生徒が入口の扉を開け、皆に訊ねた。Aグループから順番に準備完了を告げ、いよいよ午後初のお客さんが来る。


 ドキドキ……高鳴る心拍数。近くで同じように小屋で待機している友人と「頑張ろう!」と小さく声を掛け合った。


 脅かし役は上手くいっていた。各グループを通る度、お客さんから悲鳴が上がる。そして、最後に待ち受ける私たちの所で、その声はより一層大きくなった。


 何組かを終え、次のお客さんが入った時だった。小屋の後ろの段ボールが揺れた。パシパシと何度も小屋に当たる。風だろう、と思っていたのだが、風の時と当たり方が違う気がした。


 パシパシ……パシパシ……。一定のリズムを刻み、ぶつかり続ける。誰もいないと分かっているのに、私は小声で話し掛けた。


「……誰かいるの?」


 もちろん、返答は無い。誰もいないのだから当たり前だ。だが、私の声にピタリと段ボールの揺れは治まった。


 段々と近づく悲鳴。またしても、パシパシと小屋に段ボールが当たり出した。何なのだろう。また「誰?」と訊ねてみた。止まった。それを何回か繰り返した時。遂に、私たちのエリアにお客さんがやって来た。


 友人が飛び出した。悲鳴が上がる。続いて私も飛び出す。……はずだった。しかし、体が動かず、小屋から出られない。


 見てはダメだと頭が言う。目を固く閉じる。見ないように、見ないように……。噛み締めた下唇に力が籠る。


「どうしたの? 大丈夫?」


 友人の声に目を開けると、小屋の外から心配そうに私を見つめていた。友人の手を借り、小屋から這い出て教室から一度出た。


 廊下には順番待ちをするお客さんたちがズラリと並んでいた。脅かし役の私たちが外に出てきたことを不思議そうな顔で見ている。


 受付の子達が「何かあった?」と飛んできた。


「分かんない。小屋から出られなくなった……」

「え? どうして?」

「……足、掴まれた」

「……Cグループの誰かかな」

「違うと思う。反対側の場所には誰もいないはずだから」


 その場に居る皆の顔が青ざめる。そして、受付の子が言った。


「……午前中もね、出たんだって。また勝手に首動いたって。……【類は友を呼ぶ 】って、本当なんだね」


 誰かに掴まれた私の足には、まだ誰かの温もりが残っていた。


 その後、足を掴まれる事は無かったが、パシパシと段ボールは当たり続けた。初めての学園祭は大成功と不思議な出来事で忘れられない思い出となった。


 そして迷信では無く、事実だと身をもって知った。怖い話をすると寄ってくる。お化け屋敷にも集まりやすい。【類は友を呼ぶ 】という事を……。



類は友を呼ぶ【完】




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