episode:8【夢の中の住人】


 春夏秋冬、どの季節と定まってはいないが、一年に一度決まって同じ夢を見る。


 登場人物も全員同じ顔ぶれ。だが、その人物たちと親しいわけではない。何故なら、彼女らがどこの誰だかも全く知らないからだ。


 夢の中で訊ねればいいのだが、場所が魚市場のような場所で私も彼女らも買い物客として居合わせている。そこで、「どちら様ですか?」と聞くのはあまりに不自然だ。


 そのため、何年もの間、彼女らが誰なのかも分からない。そもそも何故このような夢を一年に一度見るのか、それすらも謎である。


 「同じ夢だ!」と気づいたのは一昨年のこと。その時に「あれ?」と記憶が呼び起こされた。前の年も、そのまた前の年も同じ夢を見ている、と……。


 夢自体あまり見ることはないし、見たとしてもここまで内容を覚えていることもない。この夢だけは何故か忘れられないのだ。


 この夢は何かの暗示なのだろうか……。けれども、何かの暗示にしては夢の内容が平凡なようにも思う。


 一体、この夢は何を表しているのだろう……?

 

 夢の内容はこうだ。


 私は一人で魚市場を訪れていた。そこではたくさんの魚たちが売られ、活気に満ちている。様々な魚が売られているのだが、見たことのない魚がほとんど。虹色の鱗を持つ魚や大きなギョロ目の付いた群青色の真ん丸とした魚。どうやって食べるのだろうと興味を抱いて見ていると、知らない四十~五十代の女性に声を掛けられる。


「買い物に来たのかい?」

「あ、はい……」

「いろんな魚がいて、どれを買おうか悩むよねー」


 と、そこへ更に彼女と同年代の女性が次々やって来る。


「あら、珍しいわね。あなたみたいな若い人がここの市場に来るなんて」

「今日来て良かったわね! 今朝の漁は大漁で普段売ってない魚もたくさん売られてるのよ」


 「へー」と関心を持つ私を挟み、ご婦人方の井戸端会議が始まった。彼女たちは顔見知りらしく、「あら、あなたも来てたの?」「奥さんも?」と親しげに話していた。


 この後、私たちは魚を手にレジへと並ぶ。そこでも尚井戸端会議は続いていた。話の内容までは覚えていないが、よくある世間話だったような気がする。


 買い物を終え、「それじゃ、またね」と言ってご婦人たちと別れた所で目が覚める。まれに、買う前のレジに並んでいる時に目が覚めることもあるが……。夢の内容は大体こんな感じである。


 何か重要なことを言われるわけでもなければ、聞くわけでもない。ただ、ご婦人たちに囲まれ、買い物をするだけの夢。それを何年もの間、一年に一度だけ私は見続けている。


 彼女たちも私を覚えている時もあり、「また来たの?」や「また会ったわね」と言われることもある。


 夢の中にも世界はあるという事なのか? 考えても、さっぱり分からない。


 彼女たちに聞きたいことはたくさんあるのだが、夢の中の私は疑問に思っても口に出すことはしない。というよりも、彼女たちがマシンガントークを繰り広げていて、割り込む隙がない。


 この夢に終わりはあるのだろうか……。


 去年は夏に彼女たちと会ったが、今年はいつ会うことになるのやら……。


 あまりに気になって、夢占いを調べてみた。悪い夢だったら嫌だな……と心配していたのだが、幸い吉夢のようだ。


 以下が夢占いの結果である。


 【さまざまな選択肢を象徴する夢。選択肢が多いことで悩みも生じるが、選択肢の広がりは可能性を広げることにも繋がっている。与えられる選択肢がいい条件に結び付く可能性が高いため、吉夢という解釈になる。また、魚を買う夢だった場合、吉兆を暗示する夢】


 いいことの前触れのようだが、それを毎年見ているのも不思議だ。いいことがあったかと聞かれると、それもまた微妙。


 ご婦人方たちのことも気になる……。

 この夢の本当の意味は何なのだろう……。


 その答えは、夢の中の住人だけが知っているのかもしれない……。



夢の中の住人【完】

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