episode:6【鳴り止まない電話】


 この話は私が高校生だった頃の話である。


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 コンビニでバイトを始めて一年が経った。入社当初は右も左も分からず、オーナーや店長、先輩やお客さんにまで迷惑を掛ける事もあった。


 最近は仕事のスピードも上がり、新商品が火曜日に入る為、月曜日の夕方にそのスペースを作る【 棚作り 】を任されるまでになった。


 日曜日はオーナーも店長もお休みで居らず、一つ年上の先輩 亜美あみさんと二人で夕方勤務をしている。亜美さんの【 亜美 】というのは名前ではなく、苗字。オーナーと店長以外の店員は苗字で呼び合う決まりになっている。


 日曜日は割と混むのだが、今日はサッパリだった。


「今日、お客さん少ないねー」

「そうですね。やっぱり、雨だからじゃないですか?」


 レジの中から、ザァーッと地面を濡らす雨を二人で見つめる。薄暗い外に比べ、明るい店内。入口のドアは鏡のように、私たちの様子を映していた。


「ちょっと早いけど、休憩行くね! 何かあったら、呼び出しボタン押して。飛んでくるから」

「分かりました!」


 亜美さんは小柄で可愛い顔立ちをしている。例えるなら、白うさぎ。スッピンでも、その顔立ちはズバ抜けているが、メイクをしているから、もはやモデルさん並だ。おまけに、優しくて面白い。彼女目当てに来るお客さんも多いと店長から聞いている。


 私は午後五時から勤務開始なのだが、亜美さんは午後三時から。その為、休憩を四十分取らねばならない。バイトの私たちは、高校生の未成年。上がる時間も午後九時四十五分までとなっている。


 一人になった店内。商品の陳列を直したり、売れた商品の補充を行い、再びレジの中に戻ると、ズラッと並んだタバコの中から ストックが少なくなっている銘柄が何種類か目に入った。補充しなければ……。憂鬱だ。


 タバコもたくさんの種類を取り扱っており、タバコの銘柄が書かれたプレートと一緒に番号が書かれているのだが、八十を少し過ぎた所まである。これがなかなかの曲者なのだ。


 同じ銘柄でも【 1mm・3mm・5mm・8mm 】と分かれ、おまけにパッケージまで違う。補充する時のメモに何mmかまで書かなければ、バックヤードにある無数のタバコのストックの前で頭を悩ませることになる。更に、同じmm数でもショートとロングまであり、もちろん外側の包装紙に明記はされているが、パッケージは同じ為、よく確認しなければショートかロングか見分けがつかない。


 入社当初、これをよく間違え、ショートを補充しようとしてロングを開けてしまい、何度怒られたことか……。軽いトラウマになっている。


 タバコの補充メモを書き終えた時だった。


── プルルルル……


 店内にある白色の固定電話が鳴った。三コール以内に出るのが鉄則。二回目が鳴ってすぐに私は受話器を手に取り、店舗名と自身の苗字を名乗った。


 まれにだが電話が鳴る事がある。その大半は、本部からオーナーや店長宛ての電話。中には、クレームが来ることもある。店長やオーナーが居れば、その場で代わるのだが、あいにく今日は二人が不在の日曜日。不在の場合は、クレームの内容とお客様の氏名・電話番号をメモし、スタッフルームに貼って置かなければいけない。私は左手で受話器を持ち、目の前にメモ用紙を広げ、右手にボールペンを構えた。


 しかし、受話器の向こう側にいる相手は 一向に話す気配がない。微かに聞こえる雨音と水溜りを バシャッ、バシャッと通る車の音だけが聞こえている。……気味が悪い。


「……もしもし?」と恐る恐る訊ねるも、やはり返答は無かった。濡れた路面を車が通る音だけが受話器越しに聞こえ続ける。交通量が多い場所から掛けていることは分かったが……。一体、相手は何がしたいのだろう。


 お互いが無言状態の電話。この場合、どうすればいいのだろうか? 勝手に切って後々クレームを付けられては困る。かと言って、ずっとこのままでいる訳にもいかない。タバコの補充が待っている。悩んだ末、【 呼び出しボタン 】を私は押した。


 すぐに亜美さんが裏(スタッフルーム)から駆けつけてくれた。


「どうしたの?」


 受話器を手で覆い、亜美さんに事情を説明すると、「いいよ、切っちゃって」と私の手から受話器を取り、代わりに固定電話へ戻してくれた。


「休憩中にすみませんでした……。どうしたらいいのか分からなくて……」

「大丈夫! 多いんだよねー、無言電話。また掛かってきたら、切っちゃっていいからね」

「分かりました! ありがとうございました!」


 亜美さんの休憩が終わり、店内が賑わい出した。時刻は午後八時半を過ぎようとしている。


 コンビニは飲食店と違い、ドッとお客さんが押し寄せても、ドッと一気に帰っていく。ピークが長引く時は、地元で毎年行われている夏祭りと近くにある神社への参拝客が増える年末年始くらいだった。


 またしても暇になってしまった店内。午後九時を回ったら、フライヤーの電源を落とし、揚げた物を置いたバットなどの調理器具の片付けをするのだが、まだ九時まで二十分もある。どうしたものかと思っていると、またしても固定電話が鳴り出した。


── プルルルル……


 先程と同じようにメモ用紙とボールペンを用意し、電話に出た。


「……もしもし。亜美さん、いらっしゃいますか?」


 今度は受話器の向こうから声がした。男性だった。普段からボソボソとした話し方なのか、わざと小声で話しているのかは分からないが、声から察するに 二十代か三十代くらいだろう。


 「少々お待ちください」と告げ、おにぎりの列を整えていた亜美さんを呼んだ。


「もしもし、お電話代わりました。亜美です」


 明るい声で電話に出た直後、亜美さんの顔色が変わった。私を見つめる彼女の目には涙が浮かんでいる。


 良くない事が起きている。私は何も出来ず、受話器を持ったまま立ち尽くす亜美さんを見つめるだけだった。


 静かな店内に流行りの曲が流れる。アップテンポのJ-POP。今の状況には不釣り合いの曲だ。場違いにも程がある。例えるなら、サスペンス物のドラマで犯人を追い詰める大事な場面で、まったりとした童謡を流すようなものだ。


── ガチャッ!!!!


 亜美さんは受話器を強く固定電話に戻した。みるみる目からは涙が落ちていく。


「……亜美さん。……大丈夫ですか?」


 ありきたりな言葉しか掛けられない自分が腹立たしい。涙に濡れた顔で亜美さんは私に抱きついた。小刻みに震える体。よほど怖い思いをしたのだろう。


「………て」

「え?」


 泣きながら必死で話そうとする亜美さん。耳を傾け、彼女の声に全神経を集中させた。


「 " ヤらせろ "って……」


 言われたのはそれだけに留まらず、「今日は何色のパンツ履いてるの?」や性に関することを次から次へと聞かれたのだという。


「……あの人、前にも掛けてきた事があると思う。バイト始めたばかりの時にクレームが来て、 " 辞めろ "って言われたの……。その人と声が似てた。……私、何かしたのかな……」


 思い悩んでいる亜美さんに掛ける言葉が見つからず、「裏で休んでください」と促すことしか出来なかった。


 客足はパタリと途絶えてしまった。誰もいない店内にポツンと一人きり。雨は上がったようだ。外からは車が通る度、水溜りを踏んでいく音が聞こえた。


 フライヤーの片付けをしようと、電源ボタンをオフにした時だった。


── プルルルル……


 まただ。……おかしな電話かもしれない。


── プルルルル……


 出るのが怖い。さっきの人だったら、どうしよう……。


── プルルルル……


 規則の三回目が鳴り終えてしまう……!!


 意を決して受話器を取り、勢いに任せて早口で店舗名と名を名乗った。


「どうして三回以内に出なかったの!? おまけに、早口で何言ってるか分からなかったわよ!」

「あ……店長……」


 気が抜けた。それも一気に。固定電話が置かれた棚に私は覆いかぶさった。


「どうしたの? 何かあったの?」

「変な電話があって……」


 店長に事情を説明すると、私と亜美さんの退勤時間を早め、夜勤の男性二人に直ぐ出勤してもらうことになった。更に、自転車通勤している私は今日だけ店長が送ってくれることになった。


 店長との電話を終えてから、二十分後。夜勤の田鍋たなべさん、松井まついさん、店長が やって来た。田鍋さんは直ぐ様、亜美さんの居る裏へ向かった。二人は恋人同士なのだ。


「最近、多くないっすか? 変な電話」


 飲み物をレジに持ってきた松井さんがため息混じりで言った。彼は大学生で近くにある短大に通っている。話し方はラフだが、見た目は黒髪が似合う爽やかな好青年だ。


「俺もこの間、女の人から " 今度お店に行ったら、デートしてください " って言われて」

「え? で、どうしたの? 約束したの?」

「やだなー、店長。する訳ないじゃないすか! " ここ、コンビニですよ。ホストクラブと勘違いしてませんか? " って断りましたよ」


 松井さんへの電話はともかく……おかしな電話は多いようだ。


「さ、夜勤の二人も来たことだし。もう上がっていいよ」

「はい。お疲れ様でした」


 裏へ行くと、亜美さんはいつもの笑顔を取り戻していた。その傍に田鍋さんの姿があり、空間に漂う愛に心が温かくなった。と同時に何も出来なかったことに対し、申し訳なさが込み上げて、亜美さんに「ごめんなさい」と泣きついてしまった。


「ううん、ありがとう。私こそ、泣きついちゃってごめんね。仕事だって全部任せちゃって……」


 優しい亜美さんに私の目から流れる涙は加速するばかり。こんな素敵な方を泣かせた人が許せなかった。


「ほら、いつまでも泣いてないの! 早く着替えて、とっとと帰るよ!」


 店長に急かされ、いそいそと着替えた。ユニフォームをロッカーに掛け、迎えを待つ亜美さんと別れ、私は店内に向かった。


 「それじゃ、二人共よろしくね」と田鍋さんと松井さんに店長は告げ、駐車場に停めてある自身の車へ歩き出した。私も二人に「お疲れ様でした!」と挨拶し、その後を追った。


 コンビニがある交差点は夜でも車が行き交い、バシャ、バシャと水溜りを踏んでいく。


 店長の車の助手席に乗り、シートベルトを引っ張った。暗い道に煌々と輝く公衆電話が目に止まる。中に誰か居るようだ。携帯が普及している今でも利用者はいるのかと思いながら、ガチャッとシートベルトを嵌めた。


「あら? また電話?」


 店長の声に前を見ると、店内で松井さんが電話に出ていた。首を傾げ、すぐに受話器を戻した。


「無言電話だったみたいね」


 エンジンをかけ、車をバックさせる。交差点に出て、公衆電話の前を右折した。暗い中、不気味に光を放つ公衆電話。中に居たのは二十代から三十代ほどの男性だった。


 バシャッと店長の車が水溜りを踏んだ。私は気づく。無言電話がどこから掛けられたのかを。そして、掛けた人物が誰なのかを……。


 車が右折したほんの一瞬、目が合った。公衆電話の中に居た男は笑っていた。不気味な光に照らされ、私を見て笑っていた。


鳴り止まない電話【完】



 

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