episode:5【プレゼント】
年に一度、誰にでも訪れる記念日がある。
「ハッピーバースデー!!!!」
「お誕生日、おめでとう!!」
居酒屋の隣のお座敷では賑やかに誕生日会が開かれていた。壁で個室は仕切られているが、室内の左側の壁に設置されたお洒落な襖が 5cmほど開いており、隣の様子が伺えた。先程まで隣は空席だった為、襖が開いている事に気付いたのは彼女たちが入室してからだった。襖を閉めるにも覗いていたと思われては困る。幸い、彼女たちは まだ気付いていない。仕方なく、そのままにする事にした。
お誕生日なのは、中央に座っている茶髪のボブヘアーにゆるいパーマのかかった、淡いピンク色のワンピースが似合う清楚な女子だった。彼女を含め、五・六人ほどの女子達で盛り上がっている。
「ごめんね、居酒屋で……」
「ううん! オシャレなお店より、居酒屋の方が落ち着くから」
そんな会話を聞きながら、私は友人と向かい合って、ゴボウチップスを食べていた。アルコールは体質に合わないため、居酒屋に来ても飲むのは決まって、赤いラベルの炭酸ジュース。
「向こうは、誕生日会。こっちは、失恋会。壁を隔てて、天国と地獄の図が出来上がってるよ……はぁーあ」
鼻をすすりながら、ビールを飲む友人 M。今日は失恋した彼女を慰めるために、飲み会を開いた。メンバーは、女三人。MとSと私だ。
来店直後から Mはビールを頼み、グイグイ飲んでいる。しかし、彼女は【 ザル 】で酔うことは無い。色白の頬が若干赤く染まっていた。
「Mちゃんなら、すぐ彼氏出来るよ」
「そうだよ。別れた彼とだって、その前の人と別れて一ヶ月も経たない内に付き合ったじゃん」
Mは、モテる。別れても、すぐに彼氏が出来る。優しく、面白く、母性に溢れた世話焼き。どこを見ても魅力的な人物だ。羨ましい限りである。
私なんて……。悲しいことに、男運よりも不思議な出来事を引き寄せる運の方が勝っている。
店員がケーキを隣に届けに来た。居酒屋も業界生き残りを懸け、色々考えているようだ。お品書きの裏に【 誕生日会、承ります! 限定特別メニューも! 】と宣伝文句が書かれていた。
「ケーキ、ワンホール……」
襖の向こうでは、テーブルの上が色鮮やかな料理で賑わっているが、自分たちのテーブルはゴボウチップスと枝豆、冷奴と辛気臭い……。
「……雲泥の差ってヤツですか……はぁ……」
「何か頼もう!! 彩りでサラダ行こう!!」
「それなら、唐揚げも頼もう!! あとフライドポテト! それから、鳥軟骨の唐揚げも!」
Mの沈んだ心は、まだ浮上しないようだ。2年付き合った彼と別れたのだ。無理もない。私たちに話していない彼との思い出も、彼女の中には たくさんあるだろう。
「揚げ物ばっかじゃん」
揚げ物ばかり提案した私を見て、Mはフッと笑った。それが嬉しくて「気持ちよ、上がれー!って意味を込めたんだよ」と私も笑った。
恋も大切だが、こうして友人同士楽しむことも大切だ。恋人は裏切っても、友人は裏切らない。
「わー、可愛いー!! ありがとう、大切にするね!」
明るい声が隣から飛んできた。見ると、プレゼントタイムが始まったようだ。各々、可愛いラッピングが施されたプレゼントを誕生日の女子に渡していく。
「あなたに《《似合う》 》かなって」
黒髪のロングヘアの女子が淡い水色のラッピングに包まれたプレゼントを手渡した。
「何だろう、開けてもいい?」
「どうぞ」
中から現れたのは、可愛らしい茶色のテディベアだった。
「……可愛がってあげてね」
「うん。ありがとう! 帰ったら、すぐ部屋に飾る!!」
何故だか、その テディベアから私は目が離せなかった。
「……プレゼントって、いいよね」
Mがしんみりした口調で語り出した。別れた彼がサプライズ好きで、様々なプレゼントを貰ったと付き合っている時に聞いていた。
「記念日に貰うプレゼントも嬉しいけど、何も無い日に貰うプレゼントは何倍も嬉しかった」
「プレゼントって、選ぶ時も楽しいよね。喜んでくれるかな?って、ワクワクしてさ」
「うん。プレゼントは、渡す方も渡される方も幸せになるよね。そうだ! 今度、プレゼント交換会しよう!」
「いいね!」と二人が賛同すると私は思ったのだが、二人から返ってきたのは反対の声だった。
「やめときな。プレゼント交換会って、誰のを貰うか分からないようにするんでしょ?」
「私も反対。忘れたの? 去年も一昨年のクリスマス会も、それで自分の貰ってたじゃん! 」
そうだった……。運がいいのか悪いのか、何故か自分のプレゼントが手元に来てしまう。学生時代も十人でクリスマス会を開き、プレゼント交換をしたのだが、それだけの人数が居たにも関わらず、巡ってきたのは自分が用意したプレゼントだった。これも、ちょっとしたミステリーである。
「ちょっとトイレに行ってくるね!」と誕生日である主役が席を立つと、隣の空気がガラッと変わった。
「早く終わらせない?」
「うん、そうしよ。合コン、何時からだっけ?」
「20時からだよ。ここから直ぐの場所だから、まだ余裕あるけど、早めに行って待ってた方がいいかも!」
危うく飲んでいた炭酸ジュースを吹き出しそうになった。友人の誕生日会の後に合コン? おまけに、その友人は誘われていない……。
私とMとSは顔を見合わせ、「マジか……」と零した。仲のいい雰囲気や、先程までの盛り上がりは全て演技だったのか?
「はぁーあ、あの子に合わせるの疲れんだよねー」
「本当。プレゼントもさ、何あげていいか全然分からないし……」
「何となく、あの子が身に付けてる物に近いのを選んだけど……選ぶだけで、凄い疲れた」
絶句である。こんな誕生日会の裏事情、聞きたくなかった。何も知らない主役の子の事を思うと、胸が痛む。
「……隣、凄いことになったね」
「うん。一瞬にして、天国と地獄がひっくり返ったよ」
「女は怖い……」
だが、更に私たちを震え上がらせる出来事が先に待ち受けていた。
「テディベア、凄く喜んでたね」
「ふふ、本当に馬鹿な子」
置いてあったテディベアを掴むと、黒髪の女子は不気味に笑った。
「これ、人形供養の神社から頂いてきたの」
「人形供養って……」
「呪われてるんだって、このテディベア」
ゾワッと鳥肌が立った。嬉しいプレゼントが最悪のプレゼントだったとは……。
「あの子にお似合いでしょ? ……人の彼氏、奪ったんだから」
人は見かけによらないと言うが、そのようだ。黒髪の女子も人を陥れるようには見えない。むしろ、見た目は優しそうな印象だ。主役の子も、お淑やかで控えめだと思ったのだが、人の彼氏を略奪するとは……。
「女同士のバトルは凄まじいね……」
「うん。……違う店、行かない?」
「……そうだね」
伝票を手にし、立ち上がると、黒髪の女子が手にしているテディベアと目が合った。……微かではあったが、目から赤い何かが滲み出ている。MとSにも伝えると、彼女たちも私と同じように見えていた。
怖くなり、急いで個室を出ると、あろうことか そこには主役の子が隣の個室の前に立っていた。
ガリッガリッと憎しみを噛み切るように、自身の親指の爪を噛みながら、「………許さない……許さない……」と何度も何度も低い声で呟いていた。
居酒屋を出た私たちは駐車場に停めていた私の車に乗り、夜の道を走り始めた。
「さっきの人たち、怖すぎ……」
「あんな事、実際にあるんだね……」
「プレゼントのテディベア、怖かった……」
相手を思い、渡すプレゼント。まさか、恨みの念も込められているとは……。人間ほど恐ろしい生き物はいない。
「私……彼から貰ったプレゼント捨てられずにいたけど、これを機に全部捨てる」
「うん。それがいい」
「気持ちを新たにして行こう!! 景気づけに、カラオケでも行こっか!」
「賛成!!」明るい声が後部座席から返ってきた。すっかり、Mは元気を取り戻していた。
「……あの子達に出会って、自分の悲しみが小さく思えたんだ。彼氏は居なくなったけど、私には二人が居るしね!」
「うん! 言いたいこと言い合って、これからも一緒にいようね」
「それが一番! そうだ! 今度、旅行 行こう!!」
この出来事があってから、私はプレゼントを貰う度、居酒屋に居た彼女たちを思い出すのだった。
プレゼント【完】
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