episode:4【怪奇写真】
【心霊写真は過去のもの】そう思っている人も少なくないのではないだろうか。スマートフォンの普及により、デジタルカメラや使い捨てカメラを使うことが減っただけでなく、カメラの性能も格段に進歩している。そんな現代社会で、心霊写真が撮れるはずがないと。……実際、私もそう思っていた。
だが、忘れてはいけないのだ。技術がいくら進歩しても、彼らの存在が無くなるわけではないということを……。
この話は、まだスマートフォンが誕生する前。携帯電話で写真が撮れるようになった頃の話である。
社会人としての一歩を踏み出した私は初めての社員旅行に胸を弾ませていた。
「どこに行くんですかねー」
「アンタ、毎日そればっかだね」
仲のいい上司Sさんが呆れたように私を見るが、その視線すら気にならないほど、私は浮かれていた。
「そう言えば、去年はどこに行ったんですか?」
「関西にあるテーマパーク。日帰りで忙しなかったよ……」
「あまり遊んだ記憶が無い」と当時を思い出したのか、Sさんの顔に疲れが浮かぶ。確かに、関東と関西の往復だけでも大変だ。
「今年は、のんびりしたいなぁ~」
「それなら、やっぱり温泉じゃないですか?」
「無理、無理。日帰りで行ける所って決まってるの」
「そうなんですか……残念」
個人経営の小さな医院。社員旅行があること自体凄いことなのだと、Sさんは社会人一年目の私に教えてくれた。
「……もしかしたら、今年はあるかもしれないよ」
私たちの会話を聞いていた婦長さんが会話に参加した。
「え!? 温泉旅行ですか!?」
「そう。さっき院長室に行ったら、机の上に温泉のパンフレットがたくさん置いてあったの」
「行きたーい!!」と私よりも先に声を上げたのは、Sさんだった。子供のように目を輝かせている。
院長以外スタッフは全員女性だが皆仲が良く、仕事終わりに食事へ行くことも度々。そのメンバーで泊まれたら、最高に楽しいだろう。
「夢が広がりますねー」
「もし泊まることになったら、アンタの隣では寝たくない。イビキ、うるさそうだもん」
「Sさん、酷いですよー!」
私とSさんのやり取りを見つめ、婦長さんは「あなたたちがいれば、どこに行っても楽しそう」と微笑んだ。
しかし、現実はそう上手くいかないものである。
温泉旅行一色に染まっていた私たちに言い渡された場所は、【夢の国】。もちろん、日帰りである。
「去年よりは近くなったけど、ドタバタするのは変わらなそうだね……」
「遊ぶというより、買い物メインで行きましょ!」
「そうだね、そうしよう!」
年齢層も、まちまちな四人。アトラクションを楽しむより、買い物メインの方が各々楽しめる。特に、婦長さんがここのキャラクターが好きで、年に五回以上は家族で訪れるという。
「あまり並ばなくても乗れるアトラクションもあるし、のんびり回るのも楽しいよ」
「案内よろしくお願いします!」
婦長さんに頭を下げた私に受付嬢のAさんが訊ねた。美人で、時々患者さんから口説かれている。私が入社してから、少なくとも二人が彼女を口説いた。カルテを彼女の元へ届けたとき、その場面を目撃したのだ。まさに、ドラマのようだった。
「行きたいところとか無いの?」
「新人なので、皆さんに付いていきます!」
「こういう時だけ、後輩ぶるんだから」
「すいません……」
言いたいことがあれば、誰であろうとストレートに伝えてしまうため、後輩らしく無いと言われたが、その分可愛がって頂いている。Sさん曰く、【バカな子ほど可愛い】というやつらしい。
夢の国に入り、真っ先に目に飛び込んできたのはキャラクターたちと写真撮影をする人たちだった。婦長さんが声を上げる。
「あのキャラがいるのは珍しい!! 写真取りに行こう!!」
走り出す彼女に合わせ、私たちも走り出す。職場では見ることの無い婦長さんのウキウキとした表情。……社員旅行っていいな。と感じた瞬間だった。
お目当てのキャラクターとも無事に写真を撮ることができ、奥へと歩いていくと、今度はSさんが声を上げた。
「見て! アンタに似てるキャラがいるよ!」
「え? どこですか?」
「ほら、こっちに向かって来る!!」
見れば、真っ白なボディーに黄色のクチバシのキャラクターが徐々に私たちの方に近づいてきている。
「好きですけど……似てますか?」
「似てるよ。特に口が。アヒル
「それじゃあ、ツーショットでお願いします」
「いいよ!」
アヒルのキャラクターは私を見るなり、駆け寄ってきた。Sさんは「似てるから寄ってきたんだよ」と大笑いしている。ツーショットも集合写真も撮り終え、キャラクター単体の写真を私は自分の携帯のカメラで一枚撮った。
その後、時間が許す限り、私たちは夢の国で社員旅行を楽しんだのだった。
社員旅行から何日か過ぎた頃、現像した写真を婦長さんは皆に渡した。
「Sさん、凄い顔してる!!」
「本当だ!」
「何よ! アンタたちだって、ほら!」
写真の中の私たちは皆それぞれ楽しそうに笑っていた。今度は、自分の携帯を鞄から取り出し、社員旅行の時に撮った写真の見せ合いが始まった。私も携帯のアルバムから、あの日撮った写真を探していく。
そして、ある写真を広げた時。おかしな事に気づいた。
「……あれ?」
「どうかした?」
「大丈夫? 顔色悪いよ?」
心霊写真は霊感の強い人にしか撮れないと思っていた。それも、使い捨てカメラやデジタルカメラの話であり、携帯のカメラとは無縁だと……。
「見てください、これ……」
私は青ざめた顔で問題の写真を皆に見せた。
「……え?」
「ヤダ……何これ……」
「……あ、足……足が……」
アヒルのキャラクターを別れ際に撮った写真……。そこには、一組の家族も写っていたのだが、父親の足が片方だけ付け根から綺麗に無くなっていた。
まさか霊感の無い自分が怪奇写真を撮ってしまうとは思いもしなかった。直ぐ様、写真は消去したのだが……一度、目にした衝撃的なものは、そう簡単に忘れられるものではない。十年余りが経過した今ですら、はっきりと覚えている。
あの家族がどうなったのかも気になるが……。世の中には知らない方がいいこともあるのかもしれない……。
どうか忘れないでほしい。
どれほど写真の技術が向上しようとも、目に見えない何かが私たちの周りにいることを。そして、怪奇写真は誰にでも撮れるということを。
もしかしたら、次はあなたの番かもしれない……。
怪奇写真【完】
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