絶火


 「折部 光理(ヒカリ)……?」


 灯李は勝手に清吾のスマホを取り出し、その画面を見た。

 本来の持ち主である清吾は、ベッドの上で這いつくばったまま動けず、それを止めることもできない。


 「誰これ? 女の子みたいだけど」

 「はぁ、はぁ……。お、お前には……関係ねぇよ……」

 「そうかなぁ。じゃあ試してみる?」

 「は……? 試すって……なんだよ……。どういう意味だ……?」

 

 灯李は鳴りっぱなしのスマホを持ったまま、スッと両目を閉じた。


 「さっき、私の記憶見たんでしょ? 清吾くん」

 「記憶……? 見たけど、それがなんだって言うんだ……?」

 「あなたにできたなら、私にもできるよね。清吾くんの記憶を覗いて、このヒカリちゃんって子がどんな子なのか見てくるよ」

 「なっ……!? 灯李っ、それはやめろっ……!」

 「両想いなんだから、お互いのことは全部知っておきたいよね。大丈夫、すぐに終わるよ」

 「見るなっ……! ひ、ヒカリは本当に、お前とは関係ないんだっ……!!」

 「“思い出す”ね。ヒカリちゃんのこと」


 ドクン、と心臓の鼓動一回分。たった1秒。

 灯李は1秒だけ、『清吾』の記憶の中にもぐった。しかしその1秒は、脳の回路にアクセスし、ヒカリちゃんとやらのことを思い出すには充分すぎる時間だった。

 

 (……!)


 記憶を覗かれている清吾は、とにかく何か抵抗しようと体を揺さぶっていた。が、ベッドが少しきしむ程度で、何の効果もない。

 

 「あぁっ……!? お、おいっ! ダメだってば……!」

 「……」

 「灯李ぃっ!! 戻ってこいっ……!!」

 「うん、終わったよ。もう全部見た」

 「えっ……!?」


 灯李は、ゆっくりとまぶたを開いた。そして、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎながら、静かに一筋の涙を流した。


 「彼女……なんだね。ヒカリちゃんって。清吾くん、この子と付き合ってるんだ……」

 

 折部 光理(ヒカリ)。

 灯李の言う通り、清吾が交際している女の名前である。大学で知り合い、サークル活動などを通して仲良くなり、1年ほど前から付き合っている。試験の前に二人きりで勉強したり、休暇には一緒に旅行に出かけたりと、幸せな想い出を今までたくさん作ってきた。


 「ずいぶんと、大学生活は充実してるみたいだね。へぇー、そうなんだー……」

 「た、確かに、光理とは付き合ってるけど……! それは別に、あ、灯李のことを忘れたわけじゃないんだっ!」

 「あれれ? どうして言い訳してるの? 私、清吾くんに対して怒ってないよ?」

 「灯李……。でも、お前さっき泣いて……」

 「うん。ちょっとショックだったからね。でも、私だってずっと清吾くんの前から姿を消してたし。すぐに『浮気だー!』なんて言っちゃうほど、私はバカな女じゃないんだよ。……ふふ、今は男だけどね」

 「そ、そうか……。ごめんな、灯李……」

 「ごめんもいらないよ。清吾くんとヒカリちゃんについて、面白いことも分かったしさ」


 灯李はスマホのリダイヤルボタンを押し、折返しの電話をかけようとした。相手はもちろん、先程こちらにかけてきた折部光理だ。

 

 「えっ……? あ、灯李……? 何をするつもりなんだ?」

 「お話しするんだよ。ヒカリちゃんとね」

 「なっ!? なんで光理と……?」

 「えへへー。清吾くんさぁ、どうしてヒカリちゃんと付き合おうと思ったの? ヒカリちゃんのどこに惹かれた?」

 「そっ、それは……その……」

 「、だよね? 名前も、雰囲気も、性格も、体型も、何もかも」

 「お前っ……! どうしてそれを……!?」

 「さっき清吾くんの記憶見たもん。清吾くんはどんな時も、ヒカリとかいう女に私の面影を重ねてた」

 「……!」

 「そうでしょ?」

 「ああ……。光理は、昔の灯李にすごく似てたんだ……」

 「うふふー。つまり、私の代わりをずっと探してたんだね。それがこのヒカリって子なんだね。そういうことなら、まぁ理解してあげなくもないかな」

 「待てっ……! じゃあお前は、光理に電話をかけて何を話すつもりなんだ!?」

 「決まってるじゃん。『本物の灯李が現れたので、あなたはもう必要ありません』って教えてあげるんだよ。両想いの私たちにとって、この子はもう邪魔な存在だもんね」

 「なっ!? そ、それはダメだっ! やめろ灯李っ!」

 「清吾くんも協力してね。私たちのラブラブな声を届けてあげるの」

 「はぁ……!? ちょ、ちょっと待っ……!」

 

 未だ興奮状態にある『灯李』の女体を、『清吾』は男の腕力で押し倒した。そして『清吾』は通話中の電話をベッドのそばに置き、はぁはぁと激しく息を切らす『灯李』に覆いかぶさっていった。


 *


 「清吾くん、今ごろ何してるのかなぁ」


 電話の向こう側では、灯李(アカリ)の髪型をショートの茶髪にして活発な雰囲気を増したみたいなビジュアルの女、光理(ヒカリ)が、清吾からの着信を待っていた。さっき電話をかけた理由は、春休み中に二人きりで行く旅行の予定について、話しておきたいことがあったからだ。


 「実家に帰ってるんだっけ。地元の友達と遊んでるのかな」


 自室のベッドのふちに腰を降ろし、光理は清吾のことをぼんやり考えていた。最近の清吾は、何か思いつめたかのようにじっと考え事をしていることが多かったような……。

 

 ヴーーーッ。ヴーーーッ。

 光理のスマホは、バイブレーション機能により突然の着信を知らせた。


 「あ! 清吾くんからだ!」


 ちょっとだけ焦りながら、光理は速やかにスマホの通話ボタンを押した。そしてトクトクと小さく脈打つ鼓動を胸に、ほんの少し緊張してスマホをそっと耳にあてた。清吾の声が聞きたい、清吾と話がしたい……などと、ごく自然な期待をして。


 「も、もしもしっ! 清吾くん?」

 「はぁっ……、はぁっ……」 


 最初に聞こえてきたのは吐息。男の、荒い吐息の音だった。


 「清吾くん……?」

 「はぁ……はぁ……あ、繋がった? ヒカリちゃん……じゃないや、光理ー?」

 「もしもし? 私、光理だけど……」

 「ふふっ、あははははっ! 光理ー? 聞こえてるー? ふふっ、電話切らないでね。最後まで」

 「えっ……?」

 

 よく知った男の声がする。おそらく清吾の声で間違いないのだが、光理はその話し方に少しだけ違和感を覚えた。そして電話の向こうでは、その清吾が別の誰かと会話していた。


 「ほら、繋がったよ。カノジョさんに」

 「はぁ、はぁ……。ひっ、光理にっ……?」

 「うん! えへへ、こっちの声を届けてあげようね。通話中のまま、そばに置いておくからね」

 「やめろっ……! い、今すぐ、切れっ……! こんなとこ、ひ、光理に聞かせるわけには、い、いかない……んっ……♡ わっ、ば、バカぁっ……!」

 「生意気すぎ。まぁ、口だけ必死に抵抗しても、体の方は言うこと聞いてないみたいだけど」

 「うぅっ、あつい……! 全身が、熱に包まれ、て……はぁ、はぁ、苦しいっ! 抑えきれないっ……! んふっ……ふあぁっ……♡ さ、触るなっ! 触らない……でぇ……♡」

 「ふふ、すぐに気持ち良くしてあげるよ。だから、早くその傷だらけの手をどけて。まったく、リスカばっかりしてさぁ。もっと自分の体を大事にしなきゃダメだよ?」

 「ち、違っ……これはお前がっ……! お前のっ……体を……! はぁんっ♡」

 「あちゃー。ひどいことになってるねぇ、こっちは。ヒトの体で、こんなにぐっしょり汚してくれちゃって。ねぇ、恥ずかしくないの?」

 「こ、これは……べ、別にっ……! そういう、つもりじゃなく、てぇ……。んうぅ……♡」


 ガサガサと衣が擦れる音。ぺちぺちと人の肌が触れ合う音。くちゅくちゅと粘性を持つ液体の音。

 男の清吾と、もう一人の少女の声。ときどき上ずったような少女の甘く激しい声が、スマホを介してこちらにも響く。


 「ほらほら、まだ通話中だよ。あんまりそんなエロい声出さない方がいいんじゃないの?」

 「光理……光理ぃ……。ぐっ、んむぅ……」

 「へぇ、両手で口を塞いじゃうの。そうそう、そうやって声を聞かれないようにしなきゃね。じゃあ、どこまで耐えられるか試してみよっか」

 「んうっ……!? んっ、んむっ……!!?」

 「どう? この感覚は」

 「んうっ! んんうーーっ! んむぅーーーっ!!」

 「あはは、すっごく我慢してる。狂いそうでしょ?」

 「んふっ……! ふぅ……んっ……! んっ……ぐすんっ……」

 「泣かないで。ここからなんだからさ。ほら、味わったことないでしょう? そっち側の立場は」

 「んっ……!?」


 自分の口を押さえることすらできなくなったようで、少女は一層大きな声を上げた。


 「んはぁっ……♡ はぁっ、はぁっ……♡」

 「ふふっ、いい顔してる。怖かったら目をつぶっててね」

 「も、もう……やめてくれ……。これ、い、以上は、お、おかしくなるっ……!」

 「だーめっ」

 「はあぁんっ♡ うあぁっ、うああぁっ……!! ああぁっ♡ ふぁあああぁんっ……♡」

 「はぁ、はぁ……」

 「ひうっ、ひうぅっ……♡ ううぅっ……♡」

 

 光理はどうすることもできず、その一部始終を黙って聞いていた。幸せを享受している男女の吐息が聞こえなくなるのを、ただひたすら待っていた。


 「ふぅ。これくらいにしておくね」

 「はぁー……、はぁー……」

 「気分はどう? まだ気持ちいいのが続いてる?」

 「あ、あかっ、りっ……♡」

 「もしかしてケイレンしてる? ちょっとやりすぎたかな」

 「あっ♡ あぁっ……♡」

 「うふふ、死にそうな顔ー。でもまだ死なないでね。まずはこのお薬を飲んで、ぐっすり寝てね」

 「うぐっ……!」

 「ほーら、ゴックンして。ちゃんとお薬が飲めたら、おやすみー」

 「……」


 何やら謎の薬を飲まされた後、少女はすぐに眠ってしまったようで、その子の声は聞こえなくなった。そうして一人残された清吾は、再び電話口へと戻ってきてこちらに声をかけてきた。


 「光理? どうだった?」

 「今のは、何……? さ、さっぱり意味がわからない……」

 「口で説明しなきゃダメ? 意外とバカなんだね女子大生って」

 「なっ……!?」

 「お前はもういらないってこと。清吾くんは……清吾は、本来の自分の居場所に帰ってきたんだよ。ふふっ、さようなら。もう二度と会うことはないと思う」

 「ちょっ、ちょっと待って!」

  

 プツッ。ツー、ツー、ツー。

 光理の叫び声も虚しく、一方的な別れを告げると電話は切れた。

 

 * * *


 (ん……)


 それからしばらく時間が経って、現在は『灯李』の姿である清吾が、パチリと目を覚ました。深い眠りの中にいたのに突然目を覚ましてしまった原因は、ベッド周りの臭いのせいか、それとも下半身の痛みのせいか。


 (灯李の……部屋……? そうか、俺は灯李と入れ替わって……)

  

 状況を認識するまでは早かった。頭の中はやけにスッキリとしていた。

 『灯李』が体を起こして辺りをきょろきょろと見回すと、足元の方でぐっすり眠っている灯李が……『清吾』がいた。


 (本当に、こいつと俺が……? うぅ、思い出したくない……。でも体の痛みのせいで、何をされたかなんて簡単に思い出せてしまう……)

 

 『灯李』はまだジンジンとした痛みの激しい股間の周りに軽く触れ、女としての快感に溺れた自分を実感した。情けなく声を上げ、そのうえ気持ち良いと感じ、あわよくばもっと欲しいと欲望のままに求めてしまった自分を……。

 光理に顔向けできない。と、そう思ったところで『灯李』はハッとした。


 (そうだ、光理っ……! 光理にまずは電話しないとっ……! 灯李の奴が俺に成り済まして、何か酷いことを言ったに違いない……!)


 そばに落ちていたスマホをサッと拾い、『灯李』は急いで光理に電話をかけた。

 何か誤解を与えているに違いない。ショックを受けているに違いない。とにかく光理のことが気掛かりだった。自分が本物の清吾だと信じてもらえるかどうかなどとは微塵も考えず、光理の声を聞くことを何よりも優先した。

 

 「清吾くん……?」


 願いが通じたのか、彼女は電話に出てくれた。しかし、明らかにいつもの元気な光理の声ではない。

 

 (ひ、光理だっ! 光理の声だっ! よし、まずは誤解を解かないと……!)


 『灯李』はスウゥと息を吸い、意を決して光理に話しかけた。

 

 「あ、あのっ! もしもしっ!」

 「えっ……? 誰……?」

 「その、えっと……わ、私は灯李っ! 灯李なのっ! 信じてもらえないかもしれないけど、私が本当に灯李で……!」

 「アカリ……さん?」

 「そうなのっ! あ、あれ? 違うっ! 私が灯李なんだってば!」

 「どういうこと……?」


 『灯李』は愕然とした。


 (なんだこれ……!? 頭で考えてることと、口にした言葉が、まるで違う……! ど、どうなってるんだ……!?)


 一致しない。自分が発した言葉に対し、不気味な違和感がある。しかし、それを修正しようにも修正する方法が分からず、そのための記憶がすっぽりと抜け落ちている。

 『灯李』は確認するように、もう一度ゆっくりと光理に言った。


 「だから、灯李が……私なんだよ……」

 「アカリさんは、清吾くんの何?」

 「えっ? 何って、別に……」

 「?」

 「小学校の時は、清吾くんがいっつもイタズラするから私が注意してて……中学校の時は、清吾くんの高校受験のための勉強を私が見てあげて……あれ? 何、この記憶……? 女の子だった記憶しか思い出せない……」

 「分かりました。もういいです。ごめんなさい」

 「違っ、ま、待って! 助けてっ! 自分でもよく分からないのっ! 私はさっきまで本当に男の子だったはずで……! こ、この体は私のものじゃないのっ!」

 「さようなら」


 プツリと音が鳴り、電話は切れた。

 これが光理との最後の会話になるのだが、『灯李』にはそれを気にしている余裕などなく、先程から全身を襲う異常な寒気に震えていた。衣服を着ていないから感じる外的な寒さではなく、体内で何かとてつもなく悪いことが起こっている時に感じる悪寒だ。


 「さ、寒い……! なんなの、これ……」

 「内側から冷たくなっていく感じ?」

 「……!」


 いつの間にか目を覚ましていた『清吾』は、寒さに震える『灯李』に近づき、背中にそっと一枚の布団をかけた。


 「こ、これは一体どういうことっ!? 私の体に何が起こってるの!?」

 「さっき飲んだ薬だよ。効き目が現れたんだね」

 「薬……? そういえばさっき、私に飲ませた……」

 「そう。あれのこと。ふふふ、詳しく知りたい?」

 「教えてっ! あの薬はなんだったの!?」

 「火を灯したロウソクみたいに、時間が経つと共に記憶がどんどん溶けてなくなっていく超デンジャラスな薬だよ。もうすでに男の子として生きてきた記憶がほぼなくなってるから、今のあなたの頭には『灯李』という女の子の記憶しか残ってないみたいだね」

 「う、ウソでしょ……!?」

 「ううん、本当。でも、その女の子の記憶も徐々に消えてくよ。清吾ではなくなり、灯李でもなくなり、最後にあなたを待っているのは、何だと思う?」

 「まさか……」

 

 「自制を忘れて、言語を忘れて、呼吸の仕方すら忘れて……最後に待つのは、安らかな死。ふふっ、もうすぐ死ねるんだよ?」


 『清吾』は嬉しそうに、『灯李』の前で笑った。


 「“死の薬”……? 私が飲まされたのは、死の薬だったの!?」

 「そうだよー。泣こうが喚こうが、もうすぐ死ぬよー」

 「ど、どうして……!?? どうして私にそんなものを飲ませたのっ!!?」

 「え? だって一人で死ぬの怖いじゃん。二人で一緒に死ねるなら、それが一番の幸せかなって」

 「一緒に!!? 何よ、それ……。どういう意味……」

 

 「私はね、そろそろ死のうと思ってたの。でも一人で死ぬのは怖いから、できれば清吾くんと一緒がいいかなってずっと考えてて……。まさか、今日が二人の命日になるなんて思わなかったけどっ♪」


 『清吾』はもう一粒の“死の薬”を取り出すと、まるで風邪薬でも飲むかのように少しのためらいもなく自分の口の中へと放り込んだ。清吾も灯李も、もう間もなくロウソクの火が消えるみたいに死ぬ。


 「く、狂ってるっ……!! 何考えてるのっ!?」

 「えへへ。私もだんだん記憶が消えてくのを感じるよ。おそろいだね。って言っても、私は『清吾』として、あなたは『灯李』として死ぬんだけどさ」

 「嫌ぁっ! 私っ、そんな風に死にたくないっ!! 元の姿に戻してっ……! 私の本来の記憶を返してぇっ……!!」

 「ごめんね、それは無理なの。もう止められない。ほらほら、もうすぐ人生のフィナーレなんだし、そんな泣き言ばっかり言ってないで楽しいことを考えようよ。これまでの人生で、楽しかった思い出くらいあるでしょ? 例えば……小学生のころの話とか」

 「な、何をバカなこと……!」

 「6年2組、式田灯李ちゃん。あなたは“内緒のプロフィール帳”に、こっそり将来の夢を書いてましたね。それは何ですか?」

 「は……? 将来の夢……?」

  

 “内緒のプロフィール帳”とは、小学生の女子の間で一時期ブームになったものだ。自分のプロフィールを書いて、仲の良い女友達にだけに見せたりなんかして、秘密を共有するアイテム。

 男子にはあまり親しみがない物である。ましてや、“内緒のプロフィール”と銘打っているのだから、灯李の個人的な将来の夢など、本人以外は知るはずもない。

 

 しかし、この『灯李』にはそんな情報すらも分かってしまうのだ。『灯李』の記憶の中に、それは確かにあった。


 「せ、清吾くんの……お嫁さん」

 

 『灯李』は頬を赤らめ、小さな声でそう呟いた。

 恥ずかしそうに答える『灯李』を見て、『清吾』はイタズラ少年っぽく無邪気な笑顔を見せた。

 

 「『俺の』お嫁さん、かぁ。ちょっと照れるな」

 「ち、ちち、違うっ!! こ、これはおかしいのっ! こんな記憶、私知らないっ!!」

 「あはは、ごまかさなくてもいいよ。俺との思い出、他にもまだまだたくさんあるだろ?」

 「し、知らない……。本当に知らないハズなのに……どうして? 小学4年生の時、清吾くんにスカートめくりされたこととか、中学2年の時、私が失くしたセーラー服のスカーフを清吾くんが見つけてくれたこととか、高校1年生の時、二人で映画館に行って帰りにソフトクリームおごってもらったこととか、全部、記憶が、頭に流れ込んで来るのっ……!! 分かんないっ、分かんないよぉ……!!」

 「落ち着いて、楽しかった思い出を一つ一つ語ろう。大丈夫、まだ時間はある」

 「清吾くんっ……!」

 「永遠に一緒だよ、灯李。命の灯が消えても、ずっと……」


 灯李は清吾の手を、清吾は灯李の手を、強く握った。何もかも消えて、本当の最後の最期のその時まで、固く繋がれたその手は決して離れることはなかった。


 ――――――――

 ――――

 ――


 * * *


 「……」 

 

 とある家の2階の一室。

 家の主である老婆は、その部屋の床に並んだ2つの遺体を見つけた。一人は男で、もう一人は女。二人とも仰向けで、まるで遊び疲れた子どもたちが仲良く眠っているように見える。


 老婆は何も言わずに部屋を出て、静かにドアを閉めた。

 

 

 寒い冬が終わり、やっと暖かい春になる。

 鬼灯の花が咲き、行灯が征く道を照らす季節には、まだ少し遠い。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鬼灯行灯 蔵入ミキサ @oimodepupupu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ