一応の一区切り
「なあ、君たちは一体何なんだ?」
それは燃え上がる野原はマントで覆うことでどうにか鎮火した後、牛彦が彼女達のアジトに招かれた中での質問だ。因みに、姫君はお色直しでこの場にはいない。
「……君は知らない方が良いことだ」
兄者と呼ばれる忍び__今は素顔を晒している__が仏頂面で言う。その顔は牛彦の予想通り幼さに不釣り合いなほど引き締まった顔つきだった。
そんな彼の様子に呆れた様子を見せるのは、セッカ・ツユサメというフルネームが明らかになっている少女だった。……因みに、ホログラムとは大違いのまだ幼い素朴な少女だったので牛彦はその旨を失言してしまい脛を蹴られた。
「兄者は硬いのう。こやつは現地にも居たそうじゃから、あの阿呆の演説を聞いとる。つまり拙者達の正体も知っているんじゃぞ?機密保持とかもうどうでも……」
「待ってくれ。あの演説が正体に繋がるって、つまり君たちは宇宙人って事か?」
何気なく明かされた正体に驚いてつい話を遮る牛彦にセッカは「拙者達からすれば主らが宇宙人じゃがの」と苦笑いする。
「その通りです」
優美な動きでやってきたのは、彼等の主である姫君で、色直しでより際立った気品に当てられた牛彦はつい跪くから、気品になれたセッカがツッコミを入れる。
「……なにやっとんのじゃ、お主。」
「いや、つい……」
「そ、そんな事しないでください……。その様な姿勢をとるべきは私達ですよ?」
かしづく牛彦に慌てて自分達の立場を明言するが牛彦は、
「いえ、こちらこそ、大恩に報いるべきですから……」
あの日守ってもらった事に報いたのだと返すのだ。
「大恩、ですか?」
姫君は姫君で恩という言葉がピンと来ない様子だったが、セッカに耳打ちで現地に居た事を聞かされると納得した顔になったあと、泣き出してしまった。
「殿下!どうなされましたか!?」
それを青年が心配するが、首を振って「大丈夫」だと伝え、訳を話す。
「ごめんなさい。私の戦いなんて、無駄じゃないかって、ただ人を傷付けるだけじゃないかって、貴方達に辛い思いをさせるだけかもって、戦いの果てに助けたって、お父様もお母様も喜ばないと思ってたの。でも、でもね……」
感極まってか一度言葉を切る。
「今こうして目の前で助かった喜んでくれる人がいるんなら、彼等の侵略を止める事は無駄じゃないかもって、思えたんだ……」
泣きながら浮かべる表情は、主従を安心させる物だった。
「殿下、それで……」
「思いつめた横顔になっておられたのか……」
「心配させてごめんなさい……」
牛彦は放られている形になってはいるが、そこまで嫌な気持ちにはなっていなかった。
何故なら、互いを想い合う彼女達の姿を見て心豊かな気持ちになったからだ……。
コホンという音の咳払いは場の仕切り直しという意図なのだろうが牛彦には照れ隠しにしか思えずつい苦笑する。
「では、改めて名乗らせていただきます。私の名はオリヒメ。姓は……今はセッカとシュウべエと同じツユサメとさせていただきます」
オリヒメは正式な家名を名乗れぬ事を申し訳なさそうに詫びながらセッカへと促す。
「もう知っとるじゃろうけど拙者、セッカ・ツユサメ!身長とスリーサイズ以外はどんな質問でも受け付けるぞ!……と言いたい所じゃが、まずは兄者の自己紹介が先じゃな!」
明るいセッカはおどけてから自らが敬愛する兄に順番を回す。
「自分はシュウべエ・ツユサメ。得意分野は偵察と暗殺任務だ」
堅物なシュウべエは飽くまで実利的な物で終わらせた。そして牛彦は自分の番だと口を開く。
「俺は、星引牛彦。今日から正義の味方になった男だ!」
……牛彦が戦闘後の高揚感からぶち上げたこの自己紹介を後悔するのは、この後微か一〇秒後の事となる。
「せいぎのみかた!」
先ほど自分達はそうかもしれないと言っていたセッカに、一文字ごとに爆笑するような発音で馬鹿にされ、割と本気でショックを受けたのだった。
「いつつ、我輩のムキムキボデーがボロボロなのであーる……」
揶揄でもなんでも無い、本物の火花があちこちから飛ぶ身体を引き摺ってやっと自らの帰る場所に帰って来た彼、ノースノ・サウスマンは幸運と言えた。
何故なら、爆発の嵐の中からどうにか抜け出して、ところどころを破損こそしても傷付けばメタリックな内装を丸出しになる顔部分を煤が付いた程度で生還。更に誰に発見される事も無く家に帰って来ていた。
(むーん、我輩のアンテナにビンビン来るであるな、マミーの不機嫌マイクロウェーブが……。帰りたくないであーる)
アンテナは例えでも何でも無く、実際に付いている物で、主に自分を作った者の感情を受信する為に使われる。
察しの良い方々ならばお分かりだろうが、彼はアンドロイドなのだ。
暗闇の中、いわれなき暴力を受けるものに、それを振るうものが馬乗りになっていた。
「アイツッ……!あの、おん……なぁっ!何なのッ、何なのォッ!」
包丁を振りかぶり刺す。それを下に引いてから抜き、また振りかぶり突き刺す。
その状態で中身を捏ねくり、混ぜ合わす様に動かし、横に裂く。
「うしにいを正義の味方にするのはあたしなのに、あたしなのにィィ!」
道具を使うのも煩わしいと言わんばかりに手を中にねじ込み、中身を掻き出していく。
とんでも無く猟奇的な光景が展開されていた。しかしそこに光が差し込む。
まず一つ目の光が開いたドアから射し込む微かな物。それで憐れな犠牲者の正体が明らかになる。
「オウ、ノーウ!我輩とマミー共用の抱き枕がぁぁ!?」
二つ目の光__ノースノ・サウスマンが悲痛に叫ぶ様に部屋の中には羽毛が散らばっていた。
「え、枕……?あ、本当だ……あの女じゃない……?えと、ごめんね〈DW17〉。あと、おかえりー」
「全く、女のヒステリーはこえーのであーる!……ただいまである」
ぎゅうと強く抱き締めてくれる事はサウスマンとしては嬉しい事だが、彼女が自分を型番で呼ぶ時は不機嫌な時だと、サウスマンは経験則でわかっていた。
「ねーえ、
妙な猫撫で声で語りかけるのも、今も不機嫌である事を証明していた。
「……なんで有るか、マミー?この天才何でも聞いて見せますぞぉ?」
「あのね、サウスマン、うしにいの話しは何度もしてたでしょ?」
「聞いてるのであーる!あの凡人の事であろう」
その評価が失言だとサウスマンが気付いたのは、言ってからすぐだった。
「……うしにいは正義の味方なんだよ?あたしの好きな人なんだよ?……凡人な訳無いでしょ?」
暗がりから見つめる目が撤回しろと言っているのは、見た目に反して人生経験が短いサウスマンでも容易くわかる事なので、すぐに、
「操縦初めてすぐで我輩を倒すくらいだから良いセンスの持ち主なのであーる」
と言い直す。それを聞いて何度も頷く姿を見て安心したのも束の間、母親の頼みはサウスマンにとってはとても辛い物だった……。
「あの女を、殺しなさい。グチャグチャに辱めて、ミンチにして、豚や魚の餌になさい……!」
部屋には、羽毛だけで無く、綺麗な黒髪と豪奢な振り袖が特徴的な少女の写真も散らばっていた……。
牽牛戦機アルタウロス 刃波海苔 @kizoku
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