機甲超動__衝突する黒鋼と黒鋼
(俺は、どうしたんだっけ)
分部不相応にデータを詰め込んだ端末の電源の様に、ゆっくりと意識が立ち上がる。
(そうだ、今日は朝から不幸で__道を歩いてたら女の子とぶつかって、それでその子がおかしな奴に追いかけられてるものだから、助けたんだった……)
__それから……そうだ。
(寒いもんだったから風呂に入るように言ったんだ……。……緊張してたから気付かなかったけど、かなりまずい事してるよな、俺)
若い娘を家に連れ込んで風呂に入れるなんて、少し大胆に過ぎる行いだ。
周りからふしだらな想像をされてもおかしくは無いだろうと考える。現にあの忍者にも……と思ったところで意識が急速に覚醒し、パチリと目が覚め、起き上がる。
「ええと、これはどう言う状況ですか?」
「申し訳ありませんでした」
開いた目に入った光景は土下座する忍び二人を後ろに控えさせ、自らも土下座で詫びる、高貴な美少女の姿で牛彦は大いに困惑する。
「その……とりあえず、そんなへりくだった事はやめてくださいよ。姫って呼ばれるような貴い方なのでしょう?確かに言いたいことはありますけど、俺がやった事は誤解を招くようなことですから……」
高貴で可憐な少女が自分に詫びるためにひれ伏していると言うのは罪責感を感じていた。
(本来なら、俺が謝ることなんだ……。あんな事は、助けるためとは言え破廉恥なんだから……。見られれば彼女の恥になるようなことをしてしまったんだから……)
牛彦が抱いた感情に押しつぶされそうでいると、彼女は正座に直る。忍び達も遅れてそれに習う。
「此度は、我が臣下達が大変な無礼を働いてしまい、申し訳ありませんでした。……故あって家名は明かせませんが、このオリヒメの名において謝罪致します」
再び土下座をして見せるから、牛彦もまた土下座で返す。
「い、いえ……こちらこそ、破廉恥な行い、申し訳ありませんでした」
「……ハレンチな行いでごじゃるか!?」
「む?恥知らずな行いという意味では無いのか?それに、私語は慎め。セッカ」
後ろの若きくノ一のひそひそとした声を咳払いでたしなめてから、オリヒメと名乗った少女は礼を言い、同時に助けに対する対価を渡すことができない事の許しを請う。
「……助けていただき、本当にありがとうございました。尤も、今の私には何の謝礼も出すことが出来ませんが……」
「謝礼など__その、俺は、いや私は、助けたいと思ったのでやったんです。強いて言えば、「ありがとう」と言っていただけたのが、謝礼の様な物で……。それに、私になどかしこまる事はありませんよ」
それは牛彦の紛れもない本心である。彼は中学生の頃までは積極的に人助けに奔走していたお人好しだから、それだけで十分だった。
「無欲な方なのですね……」
感心した様に嘆息する姫君をくノ一が控えめにつついてそれに振り返ったオリヒメに何事かを耳打ちする。
「申し訳ございません、大した礼もできずに心苦しいのですが、その……」
焦った様に告げるのは別れだった。
「不思議な人々だったな……」
先のような騒動は牛彦にとって慣れている訳では無いが、それなりに覚えのあることなので、生来の人好しからその程度で済ませていた。
寝ころびながら手の内で転がすのはくノ一が去り際に__それも姫と同僚が行ってから__置いていった乳白色のつるりとしたプレート状の不思議な物体だ。
『よし、兄者と姫様は先に行ったでごじゃるな。よしよし。……ほれ、お主、これをやる。姫様は主にキチンと礼をできておらんのを大層気にしておったようでござるからな。……「爆弾か何かじゃないか」じゃと?不埒者と言っても姫様の恩人を殺すような真似はせんわい!ま、二束三文じゃが、常に持っておいてくれれば多分役に立つじゃろう。大事に持つが良いでごじゃる。では、さらばじゃ!』
半ば押しつける様にこれは柔らかな触り心地でほんのりと熱を持っていて、「人の温かさの具現そのものなんじゃないか」と牛彦は感じる。何故なら触れていると心が安らぎを覚えるのだ。
(こいつが有ればよく眠れそうな気がするな……役に立つってこういう事か?)
あのくノ一は自分を快く思っていない様だったので危険が有るのではと思っていたが、そうでもないようだと思いながら眠りに落ちる。
__七月七日
日付が変わったばかりの夜中、とあるガレージではおぞましい光景が繰り広げられていた。
作業用のツナギを着た人物がヒトのような何かを解体し、それを少女と二十代中ごろの中性的な青年が恐怖に怯えるでもなく、ただただ興味深げに眺めてているという猟奇的で強い事件性を持ったシーンだった。
「あなたのご自慢の玩具とやらはずいぶんな性能なのだな。一度の出撃でオーバーホールが必要になるなんて……」
挑発的な物言いをするのは、青年の傍で一緒に見学する少女だ。作業を続ける人物は気にすることなくその身を臭いが格別に強い油で汚していく。
いじくりまわされているのは、素晴らしく精巧な人を模したロボットだったのだ。血液に似た色のオイルや臓物染みたホースと相俟って、こうして機械らしい中身を曝されても遠目に見れば人の惨殺死体と見分けがつかない程に似た、ある種の芸術品は今まさに作り手__ツナギを着た者__の手によって洗練されていた。
「ふむ……確かに遠隔操作で人間同然に動けるとはいえ、この様に臭うのでは人でないとばれるのでは無いか?」
男は、自分達主従に似た物を作らせて影武者に仕立て上げようと画策していたのでそれが心配になる。
作り手は、そのボヤキに作業を辞めて答える。
「問題……有りません。……この動力伝達駆動パイプと皮膚でシャットアウトされていますから……臭うことはないです」
ぼそぼそとした説明に青年はふむ?と疑問の籠った唸りを上げる。
「しかし、そのマシンの記録に残っている現地人は怪訝な顔をしていたが……?」
「それは……そうさせるAIを積んでいるから……」
この人形に奇天烈な振る舞いをさせるとはやはり変人だと青年は思う。そして、何故わざわざその様な事をしているのか問うと、
「わたしが、こうありたいと願ったから……。あれは、悪の華たる科学者を目指した設計……」
機械の身体に愛おし気に、効率の良い配置で装置を詰め込んでやる姿を見て、青年は「やはり変人だな」という感想を抱く。
「まあ良い。私は貴公の能力を高く買っている。好きにしたまえ」
青年は、作り手にないがしろにされたことに「私が質問した時には答えないのだな」と憤る少女を持ち上げて言外に「こちらの信用を裏切るなよ」と伝えてから自室へと帰っていく。
そして、顔に当たるパーツを嵌めてやる事で自分の考える舞台装置の整備を終えた後、陶酔したように呟く。
「待っててね、うしにい……わたしが、正義の味方にしてあげるから……」
牛彦が昨日と今日参加している祭りは、〈七夕祭り〉と言った名前で、七月六日から七月八日まで開催されるがその名の通り最も盛り上がるのはその間の七夕の日__すなわち七月七日、今日である。
(いるかもなんて思ったけど、もし居るんでもこんなんじゃ見つかりっこ無いよな……)
三日前の牛彦にはこの日に祭りへ繰り出す予定は無かった。目の前の光景のように人海が作られる事が予想できたからだ。
そして、牛彦が探しているのは昨日は法事で来れなくなった友人ではない。彼は実家にいるとのことだ。
(あの人に、会いたい。会って、これをもらったことの礼を言いたいんだ、俺は……)
人波に揉まれる覚悟を決めてやってきたのは、昨日と同じ様に「着物を着ていたのは祭りのためだったからかも知れない」と考えたからで、それならば今日もいるかもしれないと祭りの中から見つけ出そうと言うのだ。
彼がそこまでするのは、少女を相手に無自覚に恋焦がれているせいである。
中学生までは他人のために生き、高校と今では関わり薄く生きてきた彼にはきっと初めて感じる情念であろう。
(きっと見つかる、礼を言える)
そう思って一歩踏み出した瞬間、昨日姫君の家臣を名乗る者から渡された礼品がしまってあるリュックサックが強く震えだし、背中を揺らす。
「な、なんだって……!?」
それに驚いた牛彦は周囲の訝しがる目線に気付かずに背中から震える件の物を回して来て確認すると、リュックサックを開けるまでもなく異変が見て取れた。
(この光は__まさか?)
思考とともに息を?み、優し気な虹色に発光するリュック__正確には中から光が漏れ出ているのだが__のジッパーを開ける。
中身を手で探ると、昼間の陽射しの中に有って尚眩い光を放つ、件の礼品が有った。
手に持ってやるととりあえず振動することはやめてくれたが光続けていた。それを見て牛彦は、
(こんな発光、不気味に見えるはずなのに、眩しいのに、安心する……?)
と思うが、不気味だと思ったら安心するという繰り返しに気分が悪くなってしまう。
そんな牛彦の携帯電話が覚えの無い、軽快なメロディを奏でだす。
『ほ~し……』
こんな着メロを設定した覚えはないぞ……?そう思いながら画面を確認すると、覚えの無い番号で、見計らったかのようなタイミングでかかって来たことを怪しく感じるものの、出てしまう。
「……もしもし?」
『よしよし、出たようじゃな。……ふむ、人混みから離れるのじゃ。怪しまれるのは生き辛かろう』
ここで漸く周りの視線に気付いた牛彦は昨日聞いた覚えのある声が指示する通りに人だかりを離れて路地裏に入ってから疑問をぶつける。
「何で俺の電話番号を知ってる?それにこの着メロはあんたなのか?」
『拙者ハッキングは上手いんじゃよ』
いつそんなことをしたのかと問えば、
『くく……、現在地は必要な時以外は切っておいた方が良いぞ?』
忍者ツユサメのワンポイントアドバイスじゃ。と悪びれた様子も無くおどけるから牛彦は空恐ろしさを覚えた。
『ま、無駄話はこれくらいで良いじゃろ。……お主に渡したプレート、あれはどんな事になっておる?』
今なお衰える事無く光続けるそれを鬱陶しく思いながら話す。
「光ってるよ。目が痛いほどだ」
『それはそういう物なんじゃって!光り物なの!』
怒声に少し面食らってから「ああ、色のことね」と気が付いたので、「民間人を見込んだ拙者が阿呆じゃったわ!」とがなる忍びには、
「虹色だよ。眩しいけど色合い自体は優しくって、安心する感じの。」
それを聞かせた途端静かになる。今度はくノ一が絶句しているようだった。
『……まじ?え、え、うぇ……?がちのマジ?』
「?ついてどうなるんだって……。とりあえず、目立ってしょうがないんだから消せないかな……」
背負ったリュックに入れれば背中が光輝いてしまうので、手に持とうが何だろうが兎に角目立つ。
しかし、電話の相手はただただ歓喜の声を上げるばかりで止め方を話してくれそうに無く思えた。
『に、に、虹レアぁあ!?現地人ガチャッッ、最高じゃあ!兄者が無理せんでも良かったんじゃ!』
「俗な喜び方してないでさっさとこいつをどうにかしてくれよ……!」
ガチャなどと例えられた事が物扱いされているように思えることもあって言葉に苛立ちが混じるが、相手は気にすることなく答える。
恐らく上機嫌なのだろう。
『ならば念じるが良い。拙者が思う通りならそれで止まるとも。あ、止まったらばそこを動くでないぞ。場所が分かり難くなる故な』
「さっきからそう思ってるんだぞ……?なのに光は……」
『思うのとは違う!念じるというのは、自分の中で散らばっている意識を一つに束ねて集中させるような事じゃ!では、急ぐので切るぞよ』
その声のすぐ後に聞こえるビジートーンには通話が終わった事を無機質に伝えられ、牛彦は途方に暮れる。
「束ねろなんて抽象的な事を言われたって……」
困惑を独り言として漏らす。だが__
(出来ると思わない。念じるだけでコントロールするなんてSF。でも……)
足元を見つめる。
(今俺が立っている世界は、SFなのかもしれない。摩訶不思議な世界じゃないって保証、どこに有る?)
都会の上空で暴れる巨大ロボットに、見ただけでただものでは無いと思える高貴な少女。
そして高貴な姫君に従い、自分の命を音もなく脅かした忍び。後は牛彦自身は思い出したくないが変態的な天才を名乗る男と、最近は疎遠になってしまった幼馴染__正真正銘の天才少女。
(ああ……そうだ。俺はいつもあの子の発明品に驚かされていたっけ……)
彼女のそれは耐久性に難が有ったが、オーバーテクノロジーそのものだったと牛彦は思い返す。
(なら、俺がエスパーだったりしても良いよな?)
牛彦の脳内で遊んだままの思考が今はただ「このプレートが光るのをやめさせる」という目的に集中し、結集していく。
(こいつを止める。止める……!?わかる、わかるぞ……。そうだ、どんどん、もっと集まるんだ……!)
瞼の裏には幾つもの糸が絡まりそれらが次第に人を形作り、同じ様に脳裏で漂うプレートへと何事かを働きかける光景がはっきりと見えていた。
目を開けるとプレートは発光するのをやめて、虹色に透き通った姿を見せていた。
「本当にできてるのか……!?」
硝子のような質感になったそれは太陽の光を反射することもなくそこに在る、貰った時に輪をかけて不思議な物体と化していた。
「ふむ、不思議な事に首を突っ込む無謀者じゃと思っとったが、それだけに見込みは有ったようじゃの?」
振り向くとそこには声から察するに昨日のくノ一__先程ツユサメと名乗っていて、先日はセッカと呼ばれていた__らしい人物が牛彦の背後に立っていた。
「……今日は素顔なんだ?」
金髪碧眼の容姿は忍びでも忍者ではなくニンジャと言う印象を牛彦に与え、驚かせる。
「ホログラムを利用したマスクじゃよ。忍びの者故な」
車を留めてあるから来いと言うセッカは変装の為の服装こそTシャツにジーンズ、それにスニーカーとラフな格好で有ったが、牛彦の朧げな記憶が正しければ昨日よりも少しばかり大柄に見える。
特に身長に関しては厚底の靴でも無いのに劇的に伸びていて、立体映像とそれに付随する技術の高さが伺えた。
「君たちは一体なんなのさ?」
「なに、とは?拙者ただのコスプレくノ一でござるが?」
車に乗り込んだ牛彦の質問に運転しながら無理の有る言い訳を口走る態度に牛彦は「食えない奴だな」という印象を受けるが、食い下がる。
「とぼけないでくれ……。俺はあの時確かに鍵だってかけてた。居眠りしてた訳でもない。なのに君たちに易々と不法侵入を許したんだぞ?……そしてそいつらは助けた子を姫だと敬ってる。こんな事が尋常沙汰で有るものかよ?」
「……姫と言っても、こう……オタサーの姫やもしれんぞ。拙者と兄者は空き巣の技術を持ったレイヤーとか……」
「あんな高貴な人が、君たちにはそうだって見えるってことか?そう言う人はもっと凡庸なものだろう?それに……なんでさっきからまやかすような真似をする?ガチャだと言うなら何かをやってほしいってことだろう?」
胸中では「昨日情報を渡し過ぎた」と焦りながら「そうじゃのう……」と迷ったそぶりを見せてから話す。
「まず……白と赤のマシンの戦いは知っとるか?」
知っていると答えると、「なら、話は早い」と喜んだ。
「拙者達は赤いのを擁する陣営……まあ結構な人数の連中なんじゃが、そ奴らと三人で戦っておってな」
「……三人でか!?」
どことなく哀愁に満ちた横顔と絶望的な状況は、いつものふざけた態度は空元気なのでは無いかと牛彦に思わせ、同情を誘う。
「それでな、人手が欲しいんじゃけども拙者等、人にはあまり認知されてはいけないいんじゃ。おかげで求人広告出すわけにもいかん。……まあそれでな、お主は拙者等を認知してしもうた訳じゃろ?ならばと思うてな……」
今までの話しを聞いた牛彦の中では既に言われるまでもなく、彼女達を助けたいと思う意識が固まっていた。
「一つ聞きたい事が有る」
「なんじゃ?あのプレートの事か?あれはある事の素養を計る為の物で……」
「そんなことじゃないんだ……」
今、牛彦が説明を遮ってまでやろうとする問い掛けは、疑問を聞くよりは自分の中に有る予感を確信に変えるための物だ。
「君たちは、訳も無く、使命も無く、正しい義も無く、人を悦楽の為に無暗に傷付ける人間か?」
「……昨日の事はすまなかったと思う。しかし、姫様に何かあればと思って……」
セッカが自分のことを責めているのだと誤解するので、牛彦は焦って否定する。
「そ、それは分かってる。……誤解をさせた俺が悪いんだからな……。俺が聞きたいのはそんなことでも無くてだな……」
照れ隠しに一つ咳ばらいをしてから、真意を話す。
「その、君たちが正義の味方かって聞きたかったんだ……」
幼稚な表現は恥ずかしいと思うからぼかしたかったが、結局話を進める事を優先してしまうのだった。
セッカは一瞬キョトンとしたが、すぐに答える。
「お主が先に質問した内容がその条件だと言うならば……、恐らく拙者達はそれじゃ」
「なら、手を貸す。何ができるかは……まだわからないけど、やれるだけの事はやらせて欲しい」
「ほ、本当か??じゃない?拙者達に協力するって事は戦うってことじゃぞ?危険なんじゃぞ?」
自分から持ち掛けておいて驚いているのが可笑しくて、牛彦の口から笑いがこぼれる。
「わ、笑うでない!……拙者とか特に怪しいじゃろ?そんな連中に手を貸すとか、もっと怪しいわい!なにをしろ、なにをくれと言われかも分からんわ!」
「悪い、悪い……。でも、白いロボットに守られたからさ、その恩でやる事だと思ってくれよ」
むう、と唸った後納得したらしくエンジンに火を入れる。
「これから、拙者達の住処に向かう。……お主が拙者達を信用したように、拙者もお主を信用するからだとわかってくれるな?」
「ああ、分かってる__って、あれは……!?」
牛彦が空高くに君臨する、滑稽なマシンを発見したのは車が発進しようとしたときだった。
それは、拡声器越しに響く狂気だった。
『日々を忙しなく生きる皆様、こぉんにちはぁ!我輩は二十一世紀を背負って立つ天才科学者
ビルの上空からそれこそ窓ガラスが微かに振動するような音量で声を放つのは、なんとかと天才は紙一重どころか遥か向こう岸であると証明する存在で、暫くはギターをかき鳴らしていたが、報道機関やらのヘリが来たところで、脅し文句と共に要求をぶち上げる。
『我輩の要求とはそれすなわち人探しなのであーる!一七分以内に姫君を探し出し、我輩に引き渡すのであーる!さもなくば我輩のYESなマシン、〈超南北クラッシャー17号〉が何でも溶かす液
早くするのでアール!と巻き舌で叫ばれても、奴が姫君と称する人物が何者か知りようがないのでどうすることもできず、聞こうにもそれ程に勇気がある人物等何処にもいない。
だが、そんな奴を殴り飛ばす、正義の味方はいた。
「やめなさいっ!」
『ぬおおっ!?落とされっ!?上げられぇっ!?』
地上から一気に上がってきた白金の機体は、その直立した姿勢のまま接近し拳を振りかぶってから、無辜の民を脅すドラム缶染みたボディの敵機にそれを叩きつけ、それでは街に激突すると、機体を操る少女は咄嗟に思い浮かび、蹴り上げる。
猛烈な勢い__何もしなければそれこそ雲を突き抜ける程の勢い__で上空へと飛ばされるのを機体の四肢に配されたスラスターでブレーキをかけたサウスマンはダメージの確認をやりながら戦慄する。
「こ、これが、噂の〈牽牛戦機〉の力であるか……」
この機体のコックピットは〈フリーグラビティフローティング〉つまり、重力が常に一定で更にシートは浮いているから、殴られた衝撃や、飛ばされる重力は伝わらない。
しかし、その膂力は、咄嗟に防御に使った〈キャンサー〉と言う鋏と盾が一体になった巨大且つ頑丈な装備二枚についた“抉られた”様な傷跡と、それを保持するペンチの様なアームの破損が示していた。
「ぐうっ……!?あ、頭が……!」
「シュウべエ?〈サイ・コントロール〉が解けていって!?……うそ!?出力も落ちてる!?」
一方で〈牽牛戦機〉もまた窮地に陥いる。機体を動かす忠臣が頭痛を訴えたと思ったら挙動をコントロールシステムがダウン。更に操縦桿で浮き続ける様にしようともそれをするだけの出力が出ない。
「ぐ、うう……!」
ビル街に墜落しそうな所をシュウべエはどうにか操作して自分達の郊外に有るアジト近くに着陸させる。
荒い吐息をを漏らすその顔は脂汗に塗れ、苦痛に歪みきっていた。
「シュウべエ!ああ、何てこと……」
脳に強い負担がかかったためか、鼻血を出していて、如何にも憔悴している姿に、姫は介抱しながら強い罪悪感を覚える。
(臣下に、家族のように育った人間をこのような目に合わせてまで戦い続ける。そんな事をやっている私は、本当に正しいの……?)
しかし、その迷った思考は端末が鳴り響く事で中断させられる。
「殿下、申し訳ありません、とっていただけますか……?」
震える手と、操縦の為に付けていたヘッドセットが外れた事で露わになったうつろな目を気にした姫は「私が出ます」と言って代わりに出た。
『姫様、拙者でごじゃる。まんまえに居るからコックピットを開けるでごじゃる』
了承の意を示してからハッチを開けると、そこに居たのは信頼する忍びだけでなく、昨日自分を助けてくれた__
「姫様ー!助っ人を連れて来ましたぞぉ!」
「おい、痛いって……」
勇者が家臣に引っ張られる姿が有って大いに困惑する。
「な、何故あなたが?」
「……。殿下の家臣からPプレートとやらを賜りましたのでそのお礼にとやって参りました」
一緒に乗っていたらしい忍者と共に、コックピットに添えられた手を足場に降りてきた姫君に白金色のマシンの見よう見まねで跪いてかしこまった言い方をする。最初の沈黙は、姫という立場に使われる敬称を迷った物である。
「セッカ!彼は軍人でもなんでも無いのです。善意で関わってくれただけなのですよ!それをあなたは……」
怒声が意味するのは、彼は戦いに関わらせるべきではないと言う事で、「自分の情けない姿が、部下に現地人を攫わせるという行動をさせた」と考えた無力感が攻撃的な形で外に出たということであった。
「そうは言っても、我々は三人で、まともに扱えぬ〈牽牛戦機〉を持っていても戦えませんぞ?ですから、くじ引きをするつもりで彼にPプレートを渡したのです。結果が虹でなければ、拙者も彼を連れて来ることはありませんとも」
気後れするどころか途中を遮る無作法な行いをしてまで真剣な表情で反論する。セッカが語った事は嘘では無い。
もし彼が自分達、兄妹と同じように銀に光らせる程度の素養であるならば止め方だけを教えてそれ以上は関わるつもりなど無かった。
しかし、自分たちより一段上の黄金どころか、最高位の素養を示す虹に光らせて見せた。これを戦力にしないなどと甘えた事を言っていられる状況ではないと思ったから連れてきたのだ。
「……私だって虹に輝かせることができるんですよ?」
「知ってるでごじゃる。でも、姫様は運動音痴じゃろ?じゃから素養は有ってもあんな不格好な動きしかできんのじゃ。それで先日の様に機体をボロボロにして帰って来る。ならそこの細マッチョにやらせた方がましじゃろうとも思うわい」
うっ……とショックを受けて呻いた少女とは別に蚊帳の外で有った牛彦も口を挟む。
「もしかしてだけど、このマシンを俺が動かすって事か?」
「そうに決まっとるじゃろ?寧ろそれ以外に何ができる……。拙者と兄者のように偵察なんかができるとでも?」
セッカが吐くため息は心底からバカにしたような具合で、牛彦を少し苛立たせ、ささやかに文句を言わせる。
「俺はマシンの操縦なんて……」
やった事無いんだぞ!と続ける前に自分たちが影で覆いつくされる。慌てて上を見れば、スラスターを各所に備え付け、特に底にはタコ足染みた数のそれを持ったスチール缶の様な機体が飛行していた。
等間隔に何本か生やしたロボットアームは、工具を思わせた。
『み~つけたのであーる!』
「ゲッ、昨日の変態野郎っ!……おわあ!?っと……何を!?」
悪態をついている間に持ち上げられ、跳躍でコックピットへ押し込まれた訳で、それにも怒りを出していこうとするが、その感情はすぐに引っ込むことになる。
『レッツラファイアァァ!』
その掛け声と共にコックピットに入れられる少し前からこちらを向いていた銃口が火を吹いて車をスクラップへと変えたのだ。それを機体越しに見れば、「シェルターに入れてくれたんだ」と思うから、礼を言いたい気分になり、ついで彼女等も銃弾の雨に追い立てられているのでは無いかと見やれば、どうやら逃げおおせたようだと牛彦は安堵の息を漏らした。
しかし、
『ええい、逃したのであーる!』
「あの……あなたのプレートをそこのスリットに入れて見てください!それがエンジンキーのような物です!それと……このヘッドセットを!」
敵はすぐ近くにいる訳で、これからどうするのかと途方に暮れそうだった牛彦は、少女が背中越しに指差す場所に渡りに船だと言わんばかりに従う。
すると、ヘッドセットをかぶる前にスリットの近くに配されたモニターに文字が映し出される。
『新たな主を認識しました。名前をどうぞ‥‥』
と、表示されたので牛彦は後ろで少女が静かに驚いているのにも気付かずに自らの名前を答える。
『ようこそ 第二〇代目の主 星引 牛彦 さま
当機は現在全機能の九割五分を抑制した状態で稼働しています
どの程度まで制限を解除しますか?
ヒント:歴代の主の大半は大気圏内において能力の二割を解放して戦闘行動を行っています』
そう表示されたのは、
『さっきから逃げられまくりなのであーる!このやり場のない怒り、どうしてくれようか!……おや、こんな所に頑丈な物が!姫を殺さない程度にサンドバッグにしてくれるのであーる!』
として銃口を向け始めたところなので牛彦は慌てて、「二割解放!動いてくれ!」と叫びながらヘッドセットを身に着ける。
果たして放たれた銃弾は装甲に炸裂することなく、力場に阻まれて爆散するどころか消し炭に変わった。
標的であったはずのマシンからエネルギーが迸り、それが影響したのだ。
『は、話が違う、話が違うのである!〈牽牛戦機〉はリミッターを解除して戦おうとしている!』
その姿は、今までの神々しくもどこか頼りなさげであった白金の機神は変貌していた。
手首足首に付いた装飾的なモールドとマントは黄金に染まり、首回りに腕部や脚部といった細々とした部分が墨色となって白金を際立たせる。
しかし最も変化したのは、やはり頭部だろう。
まず、今までは保護用のバイザーに隠されていた、機械でありながら気力に満ち溢れた目が目の前の敵をしっかりと見据える様になっており、あるはずの無い「敵を塵滅せん」とする意思を周囲に放つようになっていた。
そして頭囲は今までは白金一色で目立たなかった王冠が金属光沢を持ったロイヤルブルーに染まり、存在感を発揮し、更に人であれば耳に当たる部分がせり出し、そこから発振されたエメラルド色の陽炎染みたエネルギーが牛の角の様な意匠となり、王冠と共に角付きの冠を形作る。
今、サウスマンの目の前に君臨し、確かめるように手を握る機神王。
それが、〈牽牛戦機〉であった。
『り、リミッターをカットしたと言っても乗っているのはど素人の凡人!恐るるに足らんのであーる!』
「すごい、すごいぞこのマシン!俺の思いを、念を受けて動いてくれる訳ね!?」
「ウシヒコさんは、この機体を思う通りに動かせるのですか!?」
空元気を叫んで自分を鼓舞するサウスマンとは対照的に、彼が相対する機体の中では、体に力が漲る錯覚を覚え高揚するウシヒコと希望を見つけたと喜ぶオリヒメのために明るい雰囲気となっていた。
『男の浪漫をぶちかましてやるのであーる!』
〈クラッシャー〉は極低空飛行からロボットアームを使った接地に切り替えて、縦長のボディで隠れていた長銃身の火器を前面に回す。
しかし、全能感に半ば恍惚としている牛彦は正面から殴り飛ばすべく、近くも遠くも無い距離を詰める為に機体を走らせる。
『ドリルを打ち出すガトリングなら男の浪漫は二倍じゃきかないのであーる!』
距離を縮めようとしている牛彦が機体にブレーキをかけたのと、四つの銃身を一つに束ねた物がゆっくりと回転を始めたのはほぼ同じで、牛彦はドリルなら貫通するのではと考えてもその先が浮かばない。
「ど、どうすれば……!?」
「マントを使って下さい!実弾でも、防げるはずです!」
よし。と呟いてから背中からマントを回し機体を出来る限り覆う。
『ドリルガトリング、シュウゥゥゥゥッ!』
甲高いシャウトと共に回転し、一番上に来た銃身から代わる代わるドリルそのものと言える弾丸を吐き出していき、ついには全てを吐き出したのかカラカラと空転する。
着弾点では大量のガンスモークが発生していた。
『ふふふ、流石にこたえたはずである……か……?』
晴れた煙の先に見えたものは、マントを翻して煙を払う〈牽牛戦機〉__勿論健在である__だった。
『どうした?もう終わりかよ。変態野郎!なら、ぶん殴ってやるぜ!』
感情の高ぶりに応えてか外部スピーカーに切り替わったままに、牛彦は吼える。駆ける!
『弾は無くとも、ドリルは有るのであーる!』
『なんとっ!』
後ろに隠れていた隠し玉は、二つに分割された状態のドリル__これを二つ合わせて運用するようだ__でそれを使って逆襲するが、
『な、なんてパワーであるか!』
『こ・な・く・そぉぉぉぉ!っおおおお!』
〈牽牛戦機〉が驚異として見られる理由……桁外れの、常識の外そのものと言える膂力で無理矢理に回転を抑えられ、挙げ句にひっくり返されジタバタしてしまう。
『マウントラッチの問題でバーニアがねーのであーる!』
「ウシヒコさん右腕を相手に向けて下さい!」
「こうだなっ!」
両腕を向けてから一泊置いて太く長い腕輪の様に盛り上がった部分の手首側が開いていく……。
「打ちますっ!」
火器と制御系を担当する少女が見るスクリーンには、ロックオンと表示されていて、今の掛け声はその対象に向けて引き金を引く物だった。
グッとトリガーを押し込んだ瞬間、開いたカバーの中にズラリと並んだロケット弾が順繰りに射出されていく!
『なっ……!?アデューであーる!』
容赦無く撃ち込まれた後に残るのは、名前を忘れられたかのように燃え上がるスクラップと郊外の美しかった自然だった。
「……これが、この機体の必殺武器か?」
「その、思ったより威力が高かったかもしれないです……」
二人は、燃え上がる野原を前にして途方に暮れた。
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