不幸と出会いで塞翁が馬?
__二〇XX年 七月六日
「そうか……。いや、いいよ。大事な用なんだからさ。じゃあ切るぞ」
暑苦しさがない程度に引き締まった筋肉を持ちながらも、覇気の無さが冴えない印象を見るものに与える。
そんな容貌の青年は溜息をついて通話終了の役目を持たされた仮想ボタンに指を置いてやってから、一言ボヤく。
「明日は誕生日だってのに今日はホントについてねぇ……」
彼、
起きて顔を洗おうとすれば故障か何かで熱湯を浴び、明日には届く筈の自分に送る誕生日プレゼント(バースデーケーキ)が向こう側曰く配送のミスで一週間後、子供が弄くり回してたとか言う植木鉢が脳天目掛けて落ちてくる__これは流石に避ける事ができたが__etc……etc……etc……。
そして今、ラインナップに友人が法事で七夕祭りに来れなくなったと言うものが追加される。
(いや、別にあいつが来れなかったってのは、そこまでショックじゃないんだ……)
その思考は強がりでも無いのだが、ここまで不幸だと今日一日無事に過ごせるのか、自分は明日を迎えられるのかと心配になって来て、それが彼の胃袋に確かなダメージを与える。
『てめぇの人生は今日と言う日を境に地獄になるっ!!』
胃をさする牛彦の耳にはそんな幻聴が聞こえ、それに付随して苦しむ様を見て楽し気な笑顔も瞼の裏に見えていた。
(でもさ、今は祭りなんだよ……。つまりぼったくりとは言え食べ物に溢れているんだ__)
なら、美味い物でも食って帰るしか無いだろう!と言う発想が胃の痛みに悩んでいるにも関わらず浮かんでくる辺り、牛彦は脳の芯から表面までヤケになっていた。
イカ焼きを買ってそれに齧りつき、想定していたそれより強い塩気に顔を顰めているとバサバサと折り畳み傘やら普通の傘やらが次々開いて行き、頭や露出した腕に滴が落ちるのを感じる。
牛彦とは反対に笑顔であったはずの空が涙を流し出したのだ。
(はは、お天道さんまで俺の不幸を笑ってら。泣くほど可笑しいってことかよ、ええ!?)
被害妄想そのものな考えを浮かべる彼は今日、朝からてんやわんやだった事とここまで素晴らしい蒼穹が広がっていたために天気予報をチェックしていない。
濡れるのを厭わず、項垂れながら呟く。
「ホンっとツイてねえ……」
濡れたとは言え傘を差さずに歩くのは怪訝に思うだろうと考えた牛彦はコンビニで購入したそれを差しながら帰路につく途中、大型ビジョンに映し出された情報に生気を無くした目を奪われてしまう。
有識者を名乗る論客やらが喧々諤々の大討論を繰り広げている姿__それに目を引かれた訳では無い。
議題となっているのは、二体の巨大な機人__。赤と白の巨体が暴れ回る映像をワイドショーで真面目に引き締めた表情の有識者と呼ばれる人々に取り上げられると、アニメか何かに関わる事で、事件を起こした人間がそれの熱心なファンだった__などと考えるのが常識的な落としどころだが、現実は違った。
(あ、あれってあの時のマシン……!?片方って多分、俺達を助けるつもりでいたらしい奴なんじゃ……)
『では、この白いロボットは街を護ろうと友好的に振る舞っていると言う事でしょうか?』
リポーターが続きを促す。赤いマシンが光線をビルに撃ち、それを白いマシンが糸か何かで吊られた人形の様な不格好な動きで庇うのが現実だと彼等は言い、他ならぬ牛彦自身もそれを体験していた。
「すげぇ……」
牛彦の口から漏れた言葉は、白い機体の眩しさが引き出した物だ。その場で見た時に比べて動く姿が良く見えるから、牛彦の目にはより神々しく見える。
『ええ、このロボットは敵の下を取って敵の攻撃に自ら当たりに行く様な動きを見せているでしょう?その後は破壊行動を行う様子もありません』
白いロボット友好説を唱える男は得意気に言う。
『どうですかねぇ……。白いロボットは侵略者かもしれませんよ?』
『どう言う事でしょうか!?』
混乱を欲しがったらしいリポーターは嘲笑う男に注目する。
『いえね、飽く迄白い方は侵略する土地を守ったってだけじゃないですか?』
それがふんと鼻を鳴らした後に出た、睨まれながらの発言であった。
『じゃあなんで戦ってるって言うんです?赤い方は街や人も気にせずドンパチやってるじゃないですか!こいつが正義の味方とでも言うのか!』
『正義の味方ァ!?随分幼稚な例えですね……。単純に彼等は現地で稼働する時のデータを欲しがったんじゃないですか?』
一緒くたにする口振りは、男と牛彦には好ましくない印象を与える。
『ほら、赤い方は特に大きな損傷も受けてないでしょう?白い方は防戦一方だ……。だのに赤い方は撤退してる……。彼等は別に敵対していないと言う事では?そんなね、正義の味方なんて子供じゃないんですから……』
『しかし、私はその場に居て庇われた。これでも違うと言うのか!?』
高ぶりのままに叫ぶ男から向けられる視線がギロリとした目に変わっても、リポーターの望みに応えるが如く挑発する。
『じゃ、あなたは彼等の奴隷第一号って訳だ』
怯む事無く嘲った男が友好説を唱えた男に襟首を掴まれ「あんたホントに幼稚だな!」と煽った辺りで画面が綺麗な青の水辺をボートが往く画像に差し替わる。
それを見て、帰りを急ぐ為に止まっていた足を再び動かしながら、人通りが少なくなった辺りでつい呟く。
「正義の味方、か……」
そう呼ばれていた白い巨人に嫉妬と憧れを抱き、中学生のあの頃からさっぱり消え失せていたと思った願望に再び火が灯されたために出てきた呟きだった。
(小さい頃に夢見てたよな、俺……。あんな力が有れば俺も__って、何考えてんだ)
脳裏に浮かんだ思い出と夢を、今や大学で、一年遅れとは言えキャンパスライフを送る年齢なのだから、幼稚だと笑い飛ばす。
人通りの少なくなって来た帰り道、憂鬱な気分のせいなのか、牛彦は何時もは滅多にやらない事__「歩きスマホ」をやってしまう。
(あいつ、上手くやったんだな……羨ましいぜ)
ふふっ、と空しく嗤った牛彦の身を襲ったのは、人らしい何かにぶつかった事による衝撃と、「きゃっ!」と言う高い悲鳴だった。
(ぶ、ぶつかった!?人とか!?)
「う、うう……」
ぶつかったらしい少女の痛々しい呻きは、牛彦の顔を青褪めさせ、意識を液晶から現実へと引き戻す。
(畜生、こんな事になって欲しくないから気を付けてたのに……!)
衝撃はかなり強く、
『大学生、衝突事故!「歩きスマホをしていて……」』
『少女と大学生が衝突!少女は植物状態に』
と言ったネガティブな想像を掻き立て、脳裏に架空の新聞の見出しが次々に踊る。
半分パニックを起こしながらも声を掛ける。
「わ、悪かった、大丈夫か!?」
「う、うう……。大丈夫です……。こちらこそぶつかってしまい、申し訳ありません……」
幸いにも打ち所が悪くなかったらしい、豪華な振り袖__牛彦は祭りの縁なのだろうと考える__に見を包んだ少女は涙目になりながらもキチンとした受け答えをしてくれるので、牛彦は少し安心する。
「__すぐに救急車を呼ぶ。少し待ってくれ……。ん?」
__燻る様なその音色が迫ってくるのを感じたのは、スマートフォンを取り出し『119』を押そうとした時だった。
「な、何だ?エレキギターか?雨の中なのに!?」
「ひっ……!?も、もうこんな近くに……?」
戸惑い、辺りを見回す牛彦、立ち上がる途中で全てを忘れたかのようにペタリと座り込んで身を竦め、震える少女。軽いカオスが広がり、混沌は今現れる人物によって、より深いものとなる……。
アンプと、移動用なのか三輪の付いた大きなお立ち台。その上で大きく強く、激しくかき鳴らされるギター。雨の中で起きる爆発と共にたなびくスモークは牛彦と少女が咳き込む程にもうもうと焚かれ、それが晴れた先で演奏を披露しているのは、屈強ながら、牛彦の目には奇抜だとしか思えない程に面妖な格好をした男だった。
(な、何でこいつは素肌に巻いたレザーベルトの上にファーの付いた白衣なんて着てやがるんだ……!?ズボンなんて短パンじゃないかよ……)
しかも、牛彦が見る限り一房だけアンテナの様に飛び出ており、ワックスでは到底出せない金属光沢を持っている。良い病院紹介するぜと言いだしたい気分だった。
怪しみ冷たい牛彦の視線など気にすること無く一曲引き終えて満足したらしい男の顔は爽やかな余韻に満ちていたが、中性的な顔を豹変させて、一気に狂気を吐き出していく。
「へいYOU!そこにチョコンと可愛らしく座って我輩との嬉し恥ずかしなぁ__お、う、せ……で火照った身体を冷やすマイハニーを我輩の下によこすのでR!さぁもなくば君には我輩による改造手術を受けた末に自分の名前を失ってもらわねばなるまい!そして自らの名前を失った君はこう嘆くであろう__『俺の、俺の名は……?生まれた時から付き合って来た名前なのに、何で……?__おしえてくれ~!!オレはだれだ!?__その時不思議な事が起こった!本来大気圏で燃え尽きるはずであった流星が我輩達を直撃ィッッ!?そうして東京が死んで我輩が生まれるのであった……まる』と言う様な事態を招きたく無いので有ァれば!我輩にマイハニーを渡すのである。可及的速やかに!」
牛彦とて強烈なテンションで放出された狂気を信じてはいないが、目の前のアレが息切れを起こしている間につい少女に確認してしまう。
「君は、こんな変態とお付き合いしてる訳……?」
変態と称したのはかなりオブラートに包んだ言い方で、実のところ『自主規制』と言いたいのを、本当にそう言う関係である事を気遣って__クォーク程度の小さな可能性も無いだろうが__グッとこらえた物である。
果たして少女の返答は、長く美しい髪が乱れる程にかぶりを振る様子だった。
「さあさあさあさあ!?姫君たるマイハニーと我輩二人の婚儀を仲人として祝福するならばぁ、この二十一世紀をしょって立つ天才化学者
(__こいつ、危険だ……!心も、やる事も……!)
不吉な宣言と始まる演奏と共にお立ち台の様な乗り物から唸りを上げて出てきた技術の結晶は、それに攻撃されれば残虐な切り口をつけられて八つ裂きになってしまうであろう、ドリルに幾多の刃を貼り付けた様な凶悪な形状のロボットアームだった。
牛彦がノースノ・サウスマンに持った敵意は、武器を自分に使おうとし、更に奴が近付いて来た時の少女の言葉、そして、
(少なくともこいつは、この子を追いかけ回して好意を押しつけている……。それも、作ったと嘯く凶悪な兵器を使ってだ……)
震える少女を見て、きっと怖い思いをしているに違いないと考える。
自分の技術力を披露できて軽いエクスタシーを覚えているらしいノースノ・サウスマンが唐突に弾き語りを始める中、牛彦にはある思いが形作られ、それが言葉として出ていき、更には行動に移される。
「__逃げよう」
「へえぇっ!?」
「きょーう、ずうぃんるいがやっとこさ~、我輩の天才性に気付いたよっお~。『奴は誰だ!?「エジソンか!?」「アインシュタインか!?」ドクター・ノースノ・サウスマンだーっ!』てな具合にー。そしてやがて天才たる我輩の需要は鰻上り、いやさ鯉のぼりの滝登り!そして我輩を求める人々の欲望は遂に危険な領域へと突入する……『やめて!我輩の為に争わないで!』宇宙から核を落とし合う人類の行いと自らの天才性に恐怖した我輩は遂に最終兵器を取り出したのである……『キコキコキコーン!因果地平放逐爆弾~』全てが因果地平に放逐されたなか、そこにはみんなより遅れて目覚めたマイハニーへ親し気に声を掛ける我輩の姿が有った……『随分と、遅かったであるな……』『ええ……色々、こだわりがありましたから』『分かるのである。これからは楽にいくのである』そして世界は皆殺しの憂き目に遭う中、我輩と姫君は幸せなキスをして終っ了……!」
牛彦が起こした行動は、少女を抱き上げて走り去ると言う行動で、サウスマンはスローテンポに弾き語る自分に酔うばかりで、あろうことか目を瞑って演奏するものだから、ターゲットは弾き語りの半ば程で逃げおおせてしまう……。
「さぁーって、さっさと渡すのであーる、凡人!……っていねーのであーる!」
サウスマンがそれに気付いたのは言うまでもないが散々弾き語ってからの事だった……
(今日の俺は神様に嫌われてるんだろうさ!)
牛彦は何もいずれかの神を信仰している訳では無い。
だが、今日と言う不幸は確かに神がいるのではないかと思わざるを得ない程に劇的で、今日が半日残っている事にも絶望する。
「あの、助けていただいたのはありがたいのですが、その……」
雨宿りができる所で腕に抱えた重みから聞こえた申し訳無い様な、遠慮がちな羞恥の宿った声に我に返り、そっと降ろす。
「ご、ごめん。こんなの、他人がする事じゃないよな……」
「いえ、助けていただいてかたじけなく思います。ありがとうございました」
その言葉と頭を下げる仕草には、牛彦も他人のやり取りに訳も聞かずに首を突っ込み、挙げ句に連れ去る無礼を働いた事を申し訳無く思ってしまう。
しかし頭を上げた彼女と正対した瞬間そこに新たな感覚が加わる。
(綺麗な人だな……)
と呆けてしまう牛彦は、あの変人が彼女を姫君と呼んだ事を思い出す。
(確かに、喋りや立ち振る舞いに止事無い物を持っている気がする……)
容姿もまた素晴らしく、今まさに雨がしたたり輝く濡れ羽色の御髪に、それと強調しあう新雪の如き柔肌。そしてそれを包む、星空をあしらったらしい豪奢な振袖。
更にくっきりとした目鼻立ちは日本的な美少女として完成されていると言っても過言では無い物で青年はつい見惚れてしまう。
「どうかなさったのですか?__へくちっ!……し、失礼しました」
少女は、呆けてしまった牛彦を身長差故に見上げる形で訝しげに顔を覗き込んだ後、濡れた寒さとそれに拍車を掛ける夏にしては涼しい気温のためかくしゃみをしてしまう。
(可愛い子って言うのはどんな仕草をとっても愛らしいのか……)
それを目にしてそんな感想が浮かぶ以上は、早い話一目惚れてして恋に落ちていた。
「……あの、お身体冷えていらっしゃいますよね?」
緊張に口を開けずにいた牛彦が敬語を扱いだしたのは、少女が高貴な身分である事を察しての事だ。先程までの口調は、少し馴れ馴れしい物だったので度を越えて丁寧にしたつもりである。
「え、ええ。……はしたない姿をお見せしてしまい申し訳ありません」
「いえいえ、それよりも、その__」
牛彦がこれから言うことは憂鬱な感情が一気に恋の熱に魘された事で出てきた、普段の彼はまず言わないような大胆なセリフだった。
「うちで風呂を浴びていきませんか?」
「はふうぅ……」
その吐息は冷えた身体を温めることができてリラックスしたために意識することなくでた吐息である。
(いけませんね、この様に弛緩しては……。家臣は私の無謀の跡始末をしているというのに……)
自らの家臣が汗水を垂らしながら重労働に励んでいるというのに、自分と来ればゆっくりと湯船に浸かり挙句、如何にもふやけた感じの吐息を漏らしたことを、彼女は自戒する。
(それに彼等を助けようとしたのに却って迷惑をかけてしまっている……。何も知らない現地の殿方にも助けられて……)
様々な人間に迷惑をかけてまで戦う意味など、大義などは買い出しに出かけて奇人に迫られる様な自分にはあるのだろうかと言うような考えで脳裏が埋め尽くされるが、頭を振ることで毛髪の水分と共に振り払おうと試みる。
(……もう上がりましょう。彼も雨に打たれていたのですから。きっと迷惑に思っている事でしょう……)
いくら暖房があるとはいえ芯から冷えているのだから寒いだろうとへばりついた落ち込む気持ちに流されながらも恩人に気を利かせた訳だが、その判断は完璧な回答と言えた。
何故なら件の恩人は親しい家臣に命を脅かされている最中なのだから__。
牛彦は今を不幸な一日のメーンイベントでは無いかと思うばかりだった。
「__姫様を浚い如何なる不埒を働くつもりか?」
(いつからそこに居たって言う訳よ!?こいつ等っ……!)
身体を背後から捕まえられ首筋に冷たい物__刃物だろうと、牛彦は発想する__が引っ付いていて、目の前に忍び装束の様な物を着込んだ人間がV字を何十度か傾けた刃を持った剣を両手に構えて威圧している……。
しかも、衣擦れの音だとかシャワーの音にドキドキしながら、「今日は総合的に見れば幸運か?」と思っていた辺りに背後から忍び寄られたのだから落差と言う物がかなり有る。
恐怖しながら「やっぱり不幸だってことか」とへこたれてしまい、抵抗する事と弁解する気力も無くなった。
「答えろ。よもや賊軍の者で有るまいな?」
若いが、戦を生業とし、こなれた人間はこの様な声になるのだろうと思える、冷たく鋭い氷柱の様な声で捉えた者に囁く。
「どーせ姫様をだまくらかしてよろしくいたそうとしてしていた類のおが屑者でごじゃるよ兄上!」
こちらは場違いに明るい、女子供染みた高い声で下衆な勘繰りを口にして、前から迫っていく。
面頬の隙間から見える目は、嗜虐に歪んでいた。
因みに牛彦の名誉の為に言うならば、彼にそう言った類の下心は無い。客観的に見れば説得力は皆無なのはわかっているが、不用意に過ぎたと猛省する。
死がにじり寄る感覚と不幸の連続と言う合わせ技が齎すストレスに、牛彦はついに発狂する。
(こんな状況はおかしな話だ、?だ虚構だ、夢、幻だ……)
目の前で構える忍びの「よって極刑でござる!」と言ったふざけた叫びも聞こえないままに思考が無意味に加速していく。
__思えば、朝からの異常な不幸はおかしかったじゃないか。おまけにあのおかしな男……。
最後にこんな風に殺されそうだと来てる。ならば今のこの状況は自分の脳細胞が紡ぐだけの空想だと考えるのが妥当だと牛彦は考える。
(ひょっとしたら、あのマシンどものドンパチに巻き込まれたあたりから夢だったのかもな。現実の俺はきっと植物状態か何かでさ……)
そんな意味のない考察ばかりが捗るのは、刃の鋭さを先ほどよりも強く感じる様になったこと__具体的には薄皮を切られて血が滲んでいたり__で命の危険に脳が逃避を促したからである。
「なにを……やっているの!?」
悲鳴混じりの声が三ヶ所から同時に上がる。今の少女による詰問が一つ目で、忍び装束の者どもが上げたものが二つ目と三つ目になる。
「姫様!その様なあられもないお姿は……!?」
「貴方達の剣?な言い方が聞こえたから、着替える事もせずに来たのです!」
「くっ、下賤なる者に見られては……!」
忍びが悲痛に叫んだ理由は、彼女がタオルを一巻きしただけの格好でいて、濡れた髪の毛と男好きのする体型が目に毒だと感じた事とそれを見てしまう事は、自分が取り押さえる不埒者に見せる事も不忠だと考えたのだ。
「やっぱりこの男!姫様に恩を売り込んでめためたにするつもりでごじゃったな!?」
こちらはこちらで、自らがふざけ半分で発した最悪な推測が当たってしまった事に苛立ってのものでずたずたに引き裂かんとする気炎を上げて。
そんな与太者がいるとは聞いていたが、それが実際目の前に顔を見せているばかりか自らが敬愛する姫をその毒牙にかけようとしている__俄然闘志と殺意がが湧くと言うものだ。
「おやめなさい、その殿方は私の恩人です!無礼な振る舞いは許しませんよ!」
ファイティングポーズをとる声から察するに女性らしい忍びと、今まさに牛彦の首を刎ねんとする男の動きが氷漬けになったかのように静止する。
「……それは、どの様な事ですか?自分にはこやつが姫様を連れ去っているようにしか思えなかったのですが……」
「それが助けたと言う事なのですよ!分かりませんか!?」
「ま、まさか姫様は火遊びをぉぉっ?!」
恩人が組み伏せられた気の毒な状況に焦ってか、怒鳴ってしまうからむきになっているような印象を与えくノ一は無礼な誤解を口走る。これもまた焦燥感が伝染したように感じる声色だった。
「な、何を……!」
「だって、今見聞きした情報を考えるに拙者そうとしか思えないでござる!」
くノ一の視点から見ると、探している中発見した時には恥じらいながらもまんざらでも無い表情で所謂『お姫様抱っこ』で連れ去られ、最終的にお互いにびしょぬれで人通りの無いアーケードを歩いてどこかへと向かう二人。
そして行き着く先は男の家……。
最後には湯上り美人と来る訳でどう考えてもそうとしか考えられないのだ。
「そ、そんな事は……」
「姫、火傷なぞは大丈夫でしょうか?軟膏ならばここに!」
戦慄く姫君に塗り薬を差し出すこの忍びの甲斐甲斐しい気遣いは揶揄でも無く、心底からの物だった。
彼はそう言った事には疎いのだ。
「兄者、兄者。それよりももっと別の物が……」
「げ、下品ですよ!無礼ですよ!彼は奇天烈な何かから助けてくれた勇者ですからね!」
それを「ふっ」とシニカルに鼻で笑い飛ばしたあと、くノ一は呪文を紡ぐように囁いていく。
「マッチポンプ、酔わせた拍子に、睡眠薬で……」
「ひ、人を信じるなと言いたいならそう言いなさい!」
二人のかしましい議論は、何を言っているのかわからないと戸惑うばかりの生真面目な忍びと、恐怖と目まぐるしく動く状況に意識がオーバーヒートを起こし気を失った家主を放った状態で温まっていくのだった……。
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