牽牛戦機アルタウロス

刃波海苔

プロローグ

ビギニング

 その日は、誰にとってもいつも通りの日常の連続の一節になるはずだった。

「おい、何だあれ!?」

「ロボット?赤と白の?」

 今、彼等が見上げる空で、大立ち回りを演じる二体の巨人さえなければ__

「戦ってるってのか?」

「だんだん降りてきてる……?危なくないかしら……?」

「やばくね?動画とっとこーぜ」

 拳と体躯そのものが強くぶつかり合う__その迫力を見ても暢気な野次馬をよそに、搭乗者同士の剣のんな雰囲気の舌戦が始まる。

『ふはは、怖かろう!?民を護ろうと言う気概は認めるが、その動かし方……やはり温室育ちの素人だな!』

『くっ__わざわざハッキングまで仕掛けて、言いたいことはそれだけですか!』

 その返しに深紅の機体の搭乗者は、不気味に笑う。

『いや、街を攻撃すると言う予告もさせて頂く』

『っ!?やめなさい!』

 赤と言うよりも深紅と言った方が適切な色味を持った機体が、既知のどれにも該当しない__既存の語彙に無理矢理当てはめるならば白金色と言う呼称が似合うだろう色に染まった機体を無視して、小口径の砲口が備え付けられた掌を前に突き出し、エネルギーをチャージしてから血の様に紅い光線のような物を街に放たんとする。

 白金色の機体は、深紅の機体に比べて酷くぎこちない__まるで自分の身の丈に合わない鎧を着ているような動きでそれに当たりに行き、背中からマントをの様なパーツを前面に回して受ける。

『戦士たるものが無辜の人々を傷つけようとする……!?__なら!』

 深紅の機体が白金色の機体を空で組み敷くような格好で捕まえ、その上で胴体の各部に有る機関砲に火を吹かせる。

『どうするというのだね?制御系の面倒を見る事と機体の操作を同時にと言うにはやりずらいだろう?それに〈牽牛戦機〉のリミッターも解除できていないと見えるなぁ』

 至近距離で向かってくる弾丸の嵐は、貫通こそしないもののコックピットを強く揺らし、徐々にでは有るが確かに傷を付けていく。

『っ!?』

 いたぶられながら図星を突かれるのは、屈辱だった。

 白金色の機体の人々を戦火から庇うような振る舞いは英雄的で、言動も__聞かせることができればだが__一般大衆のイメージする正義の味方と言えたが、先に撃たれた光線の余波で割れたビルの窓やらが雨霰と降ってくるのだから、哀れな通行人達は一部を除いてそれどころでは無かった。

「帰りやがれー!」

「助けてもらえたっての……!?」

「うあああ!?硝子がああ!」

 悲鳴と罵声を浴びせられようが、それが聞こえないかのように戦い__と言うよりも深紅の機体が火器や肉弾戦で白金の機体を一方的にいたぶっているのが実態だが__続ける。

 白金の機体は、いよいよ己が体躯の各部から火花を吹き始め、煤にその身を汚していた。

「ふん〈牽牛戦機〉と言えど一人の、それも〈サイ・コントロール〉にリミッターがかかった操縦ではこの程度か……。興醒め、だな……」

 相手を挑発し、怒りで意思の力を引き出すために繋げた通信を外部スピーカーに切り替え、発信する。

 自分達が何物であるかを。

『聞けよ、この地球の人々よ!我々は天の川銀河から逃避行を続ける__人間だ!つまりは宇宙人なのだよ!騒ぎ立てる格好の材料だろう?面白可笑しくやってみるがいい!ふふっ……さらばだ!ハァーハッハッハハ!』

 高笑いを上げつつボロボロになった白金の機体を突き放してから自らの機体に踵を返させる。

「……よろしいのですか、マスター?」

 同乗している者__マスターと言う呼称から察するに主従の関係らしい__が止めを刺さずにいても良いものかと尋ねるが、『マスター』はため息を吐いてから質問に返す。

「私が求める物は強者との戦い……。ただの首級では無いのだ」

 見逃すのは、適切な乗り手が駆る〈牽牛戦機〉と戦いたいからだった。

「では、将軍への対応はいかがなさいますか?」

「武装がオーバーヒートを起こしたと言う事にでもするか……」

 通信でそう報告するのは次回帰還した時、機体の改良研究と称して取り上げられる危険が有ったが……、

「この機体の本分は一対多。私の好むところでは無い」

 言った後で、〈今の牽牛戦機〉を討たんとするポーズが必要かと考えたが、どうするかはすぐに決まった。

「後はノースノ・サウスマンにでも追撃を任せれば良かろう。有奴は変人では有るが、現地人にしては優秀だからな……」

 最後に搭乗者たる姫君が意識を失ったのか、自動操縦か遠隔操作に切り替わって漂う様に高度を保つだけにしている相手を一瞥して空へと消えていった……。

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