第10話 弁当と君と冷たい視線と

「まさか、夢森 雪愛の胸を揉みしだくなんて、やっぱり私が見込んだだけのことはあるわね。」


「揉みしだいてませんよ!それにあれは、事故ですよ!」


「あぁ、ラッキースケベってやつね。これは次作の良いネタになるわ。」


香月さんのラブコメ主人公のモデルになって約一ヶ月が過ぎた。

僕は相変わらず、香月さんの下ネタに突っ込み、ボケに突っ込み、の日々を送っていた。


(香月さんと話してると突っ込みすぎて疲れるんだよなぁ…)


「あら。貴方のその短小粗チンじゃ一生突っ込めないと思うわよ。」


「そういう話をしてるんじゃないですよ!!いい加減、下ネタを自制してください!」


「私から下ネタを、取ったら一体何が残るって言うの?」


「アンタの頭の中は下ネタしかねぇのかよ!」


心を読まれるのにも慣れてきて、最近では突っ込みの時に、たまに素が出てタメ口になってしまうことも多々ある。


「それで、その後、夢森 雪愛とは会話しているの?」


「出来るわけないですよ…。それどころか、顔を合わせる度に顔を真っ赤にして怒りながら僕を睨んでくるんですよ。謝ろうとして近付くと逃げちゃうし…。完全に嫌われましたよ…。」


「貴方…本当に相変わらずね。」


「?何がですか?」


香月さんは呆れたような表情をしながら僕に近付いてきた。


「ちょっと…!近いですよ香月さん!」


「貴方、今まで誰かを好きになったこと、ある?」


喋ると吐息が当たる距離にまで香月さんの顔が近づく。


「そ、それはもちろんありますよ!それより、顔!近いですって!」


「じゃあ最後に人を好きになったのはいつ?」


「えっと…、そんなの、覚えてないですよ!」


「そう。」


香月さんがやっと顔を離した。


「これはもう少し、刺激が必要なようね。」


「し、刺激?」


香月さんは僕を見て、ニヤリと怪しい笑みを浮かべた。



四時間目終了のチャイムが鳴り響くお昼。

僕はいつものように一人で弁当を食べていた。

教室はクラスメイト達の話し声で騒がしく、その喧騒の中、僕は黙々と箸を進める。

しかし、突然、教室が水を打ったように静まり返った。

そして何故かクラスメイトの視線が僕に突き刺さっていた。


(ぼ、僕何かしたのかな…!?)


鼓動が早くなっていくのを感じ、顔を真っ赤にしながら心を無にしようと努力する。

しかし、その努力も虚しく、教室のドアから何者かの足音がこちらに向かってきた。


(僕の方に来る!?誰だろう…)


緊張しながら視線を足音の方に向けた。


するとそこには顔を少し赤らめた夢森さんがいた。


「おい、神無月。ちょっとついてこい。」


夢森さんが僕を睨みながら告げる。


怖かったが、この前のことを謝る良いきっかけだと思い、立ち上がった僕にクラスメイト達の視線が突き刺さる。


(う……なんでこんなに見られているんだろう…、前は夢森さんと話しててもここまで注目を浴びてなかったのに。)


そして、背中にクラスメイト達の視線を受けながらも、夢森さんと共に教室を後にし、屋上へ向かった。




「この前は本当にすいませんでした!!!!」


屋上に着くや否や僕は頭を下げ、謝罪した。

一発や二発殴られるのは覚悟の上だった。

だが、夢森さんの反応は予想外…いや、予想の斜め上だった。


「そんなことはどうでもいいんだよ。それより…その…今週の土曜…空いてるか?」


「………ほへ?」


驚きのあまり変な声を出してしまった僕を夢森さんが睨みつける。


「べっ、別にお前と遊びたいとかそういうんじゃなくて!ただ、お勧めのラノベを教えてほしいから一緒に本屋に行きたいなって…、ただそれだけだからな!!」


「あぁ、なるほど!!分かりました!任せてください!!」


僕は合点承知とばかりに手を叩いた。

だけど、それを見た夢森さんは不機嫌そうに


「そういうことだからな!忘れんなよ!」


と言ってそそくさとその場を後にしてしまった。


(それにしても良かった…嫌われてなくて…。)


僕は一安心して、教室へ戻ろうとする。

しかしそこで重要なことを思い出した。


(待ち合わせ場所も、時間も聞いてない!)


僕は急いで夢森さんの後を追い、走った。


全速力で走る僕は、昇降口で靴を履き換えて今にも帰ろうとしている夢森さんの後ろ姿を見つけ、声をかけようとした。


しかし―――


「はぁ……、またあんな態度取っちゃった…。本当はもっと長く話したいのに…。神無月君のこと好きなのになぁ…。」


夢森さんが呟いているその言葉を聞いた僕は声を出すことができなかった。


(……ん?僕は耳が腐ってしまったのかな……?今僕のことを『スキ』って……。いやいやいやいや!!そんな馬鹿な!?あり得ないって!だってこんなキモオタボッチ野郎を好きになんて…!)


そんな訳ないと思いながらも動揺を隠せない僕。


そして気配に気付いたのか、僕の方に振り向き、驚愕する夢森さんと目が合ってしまった。


「か……かかかかか…神無月!?」


ぼ、僕はどうすればいいんでしょうか!?!?

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