第5話 髪の毛染めすぎて何年後かには禿げてるかもよ

僕、神無月 紅は小さい頃から何もかもが「平凡」だった。


特に目立った才能も際立った特技もない。

友達も普通にいたし、女子とも少数だが話したりもしていた。

だけど、モテたことも告白されたこともない。

成績はいつも平均点を少し上回るくらい。

順位もいつも真ん中。

将来の夢も特に無し。


そんな、何も持っていない「平凡」な僕は、

いつも「天才」と呼ばれる人達に憧れていた。


だから、唯一僕は他人よりも「偉人」の知識だけは詳しかった。

孔子、織田信長、ナポレオン、ノーベル、アインシュタイン…。


数を挙げればキリがないほど色んな「偉人」の本を読みあさってきた。


そして僕はいつしか自分が「天才」だと思うようになっていた。


中学を卒業する頃には完全に妄想の世界と現実の区別がつかなくなっていた。

高校に入ってからは、自分が「天才」だと完全に思い込むようになり、

「凡人」とは相容れることはできない、

と、クラスメイトとの間に壁を作ってしまった。


結果、僕は常に一人だった。


それでも僕は、自分が、「たくさんの友達がいて、女子にもモテて、成績優秀で運動神経抜群。何をやらせても完璧な超人」

だと疑わなかった。


クラスメイトとの間に壁を作りながらも、友達がたくさんいると思っていたなんていう矛盾が生じている時点で僕の精神はきっと相当おかしくなっていたんだと思う。


そして1年間もの間、僕は妄想の世界に逃げ続けた。


でも、香月 遥歌に出会って僕は見たくもない「現実」に引き戻されたのだった。



僕は憂鬱な気分で学校への道を歩いていた。


(はぁ……。今日から香月さんのラブコメ主人公のモデルにならなきゃいけないんだよなぁ…。女子に話しかけるとか無理だよ…。)


頭の中で、昨日の夜から何度も反復している言葉を呟きながら、重たい足取りで学校に向かう。


「はぁ…。」


「元気ないね〜、紅〜。」


「わっ!!な、なんだ…桜花か…。」


完全に自分の世界に入っていた僕は背後から聞こえた声に変な声を出してしまった。


「むぅ〜、なんだとはひどいな〜。後ろ姿が、『関ヶ原の戦いがまさか一日も経たずに勝敗が決してしまうとは思わず、驚愕のあまり自らが仕える殿を放置して逃げてしまったことを恥じながらも、家宝である刀を杖代わりにして歩く西軍の落ち武者』みたいになってるから励ましてあげようと思ったのに〜。」


「いやいやいや!!例え長すぎるから!!」


櫻 桜花。僕が今現在、唯一会話できる友達。そして、幼馴染。

「天才」モードに入っていた「俺」が唯一会話していた女子でもある。

その理由は、一つ。

桜花は僕と同じ、いやそれ以上に歴史が大好きないわゆる「歴女」なのである。

だから

「凡人に俺の偉人達への愛は理解できんだろうな!はっはっは!」

とか馬鹿なことを頭の中でほざいていた「天才」モードの「俺」も桜花とは会話を続けていたのだ。


そのおかげで妄想から醒めた僕は今でも桜花と会話することができているって訳だ。


「ねぇねぇ、紅〜。そういえば来週から中間試験だよね?勉強してる〜?」


しまった…、ここ最近色んなことがありすぎて完全に忘れていた…。


「ま、まぁ、ぼちぼち?」


「なんで疑問形なの〜?怪しいな〜。」


桜花は悪戯っぽい笑みで僕を見上げてくる。


意識してやっているわけではないのは知っているが、上目遣いと小悪魔みたいな表情が本当に可愛い。心臓の鼓動が一瞬早まる。いくら幼馴染と言ってもこんな顔されれば男なら誰でもドキッとするだろう。


僕は顔を紅潮させながら


「う、うるさいなぁ。今回はいつもより余裕だからまだ本気出してないだけだよ。」


と、無駄に誇張したことを言ってしまった。


「ふぅ〜ん。」


桜花はニコニコしながら


「じゃあ私、日直だから先行くね〜!」


と、元気に言って足早に学校へと向かっていった。


僕は桜花の後ろ姿を見送りながら、さっきまでの、陰鬱とした気分が少し軽減されたのを実感しながら学校へと向かったのだった。



学校へ着くと、既に香月さんは自分の席に座っていつものように授業の予習をしていた。


僕は香月さんに気付かれないように足音を立てずにそろ〜っと自分の席に向かう。


が、

「おはよう。神無月君。」


一瞬で気付かれてしまった。


「あ、おはようございます…。」


僕は聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、それに返す。


香月さんはそれ以上は何も言ってこず、ただ黙々と教科書と向き合っていた。


「はぁ…。」


僕はため息をつきながら、机に座り、中間試験の勉強を始める。桜花にあんなことを言ってしまった手前、今回は、

「平均点くらいでした〜」

では済まされない。

それでは流石にダサすぎるだろう。


僕は香月さんと同じように教科書と向かい合う。


そして、しばらくそうしていると、他の生徒達も徐々に登校してきて、騒がしくなってきた。


僕は集中するために音楽を聞きながら勉強しようと、イヤホンを取り出した。


が、その直前


「うるせぇな!構うんじゃねぇよ!クソ先公!」


女生徒の怒声が聞こえてきた。


僕は何事かと思ったが面倒事に関わりたくないので、無視して勉強を続けようとした。


が、しかし。


「神無月君。ちょっといいかしら?」


………天敵に捕まってしまった…。


「は、はい?なんでしょう?」


僕はキョドりながら香月さんから目を逸らし答える。


「ちょっと一緒に来てくれる?」


「え、で、でも、今勉強中ですし…。」


「いいから付いてきなさい。」


「………はい………。」


僕は香月さんの鋭い目つきに、抵抗できず、重たい足取りで香月さんに付いていく。


「触んじゃねぇよ!気持ちわりぃな!!」


教室を出たところで再び先程の怒号が聞こえてくる。


というかこの怒号、僕のすぐ左側から聞こえてくるんですけど……。


怒号が聞こえた方を見ると、そこにはクラスメイトの夢森雪愛がいた。


派手な金色に染まった髪。髪を2つに縛ったツインテール。そして、派手目な化粧を施してある整った顔 。


完全に「ギャル」と呼ばれる人種がそこにいた。


夢森さんは生活指導の先生とタメ口で喧嘩をしている真っ最中だった。


さっきから聞こえる怒号はこれのせいだったのか…。


「それで、僕にこれを見せて一体どうしろと?」


僕は夢森さんに聞こえないように小さな声で、香月さんに聞く。


すると香月さんは不気味な笑みを浮かべ


「ラブコメ主人公のハーレム道への第一歩として、まずはあの喧嘩を止めてきなさい。」


………おかしいな、僕、耳がおかしくなったのかな。


「えっと……ちょっと聞き取れなかったんですが…今なんと?」


「だから、あの喧嘩を止めてきなさいって言ってるのよ、短小陰茎君。」


「朝からとんでもない下ネタ突っ込むのやめてくれますかね!?それに僕は短小じゃないですよ!」


「そうなの?でもある組織からの情報だと貴方のムスコは勃起時でもチン長5cmもないそうじゃない。」


「なんですか、その組織は!!そんなに小さくありません!!」


「じゃあどのくらい?」


「そうですね、大体13cmから15cmくらい……って何言わせるんですか!!!」


「その大きさじゃ、私のライトセイバーには勝てないわね。」


「あんたねぇだろ!!」


つい、興奮してタメ口で突っ込んでしまった…。

一体この人の頭の中はどうなってるんだろう…。


「そんなことより、早くあの喧嘩止めてきなさい。そろそろ止めないと夢森さん手を出しはじめるわよ?」


「無理ですって!!そんなことできませんよ!夢森さんとなんて話したこともないんですよ!?」


「そう。じゃあ貴方のビームサーベルがエネルギー切れで機能しない。要するにED(勃起不全)だってことを、『凡人少年と、天災少女』がアニメ化したときにED(エンディング)で暴露するわよ。」


「やめてくださいよ!しかもそんなドヤ顔されてもまた全然うまくないですからね!それにあんな駄作、アニメ化しませんよ!」


『凡人少年と、天災少女』

つい最近、香月さんが趣味で書き始めたらしいネット小説。実名を隠しているため、誰も香月さんが書いているとは思わないが、それ以上に、下ネタだらけでストーリー性皆無の駄作としか言いようがないので、あの香響院先生が書いているだなんて誰も思わないだろう。

まぁ、本人曰くあえて駄作を書いている、らしいが。


「いいから早くあの喧嘩止めてきなさい。」


香月さんはそれだけ言うと鋭い目つきで僕を睨んできた。


(くっ……。もう……ドウニデモナーレ!!)


「ソ、ソコマデダァァ!ケンカハヤメルンダー!」


僕は絶叫しながら、夢森さんと先生の間に割って入った。




………そして、一瞬で静まり返る群衆。



………突き刺さる視線が痛い。


あの、僕もう帰っていいですか……。


恥ずかしさで倒れるんじゃないかっていうくらいに、顔を真っ赤にして僕はその場から静かに去っていった……。


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