第3話 放置プレイは好きじゃない
本屋に入ってから約1時間が経過した。
「なぁ、香月。そろそろ、説明してくれないか?」
本屋に入ってからの約1時間、香月はずっと、寡黙にライトノベルを読んでいた。
ただの一言の説明も無しに、だ。
俺が話しかけても
「うるさい、黙れカス。」
とか
「今、良い所なの。邪魔しないでもらえるかしら?クソ虫。」
といったような暴言が返ってくるだけ。
普段キレたりしない俺でもいい加減、堪忍袋の緒が切れそうになっていた。
「おい!香月!用がないなら俺はもう帰るぞ!」
本日10回目の帰宅宣言に対しても、香月は無視。
それならとっとと帰ればいいだろうと思うかもしれないが、香月が本当に香響院先生なのか、それを確かめなければ、気になって帰ることもできない。
すると、やっと香月がこちらに視線を向け、ただ一言だけ発した。
「貴方は香響院 春姫の作品が好き?」
俺は突然の質問に面食らったが、香月の正体を知る良い機会だと思い、正直に答えた。
「あぁ。香響院先生の作品はコンプリートしているぞ。俺にとっては人生のバイブルみたいなもんだ。」
「そう…。」
香月はたったそれだけ呟くと、俺の方に向き直り、いきなり頭を下げてきた。
「お、おい。いきなりどうしたんだよ?」
「神無月 紅君。貴方にお願いがあるの。私の次作の主人公のモデルになってほしいの。」
「ちょっと待ってくれ。それは一体どういうことなんだ?俺に何をして欲しいって言うんだ?」
俺は2日前にも聞いたその台詞に首を傾げて問いかける。
すると、香月は衝撃的なことを言ってきた。
「とりあえず、学校の美少女達を侍らせなさい。」
「はぁ!?なんでそうなる!?」
「ラブコメと言ったら基本的に主人公はハーレム状態。だからまずは、貴方がハーレム状態にならなければ、プロットさえ浮かんでこないのよ。」
プロットさえ浮かんでこないって……。
ということは絶賛スランプ中ってことなのか?
「あのな…。そんな簡単に言うけどな、そんなこと無理に決まってるだろう?」
「あら?どうして無理なのかしら?貴方は超絶イケメンなのよね?凄くモテるのよね?ラブレターをたくさん貰ってるのよね?」
こいつ…、なんでラブレターを貰っていることを知っているんだ?
いや、それ以上になんだこの違和感は…?
「あ、あぁ。その通りだ。俺は超絶イケメンにして、学校一モテる、モテ男だ。」
俺は真顔でそう返した。
香月は微笑みながら、
「それなら、簡単だよね?超絶イケメンのモテ男君なら学校の美少女、侍らせられるよね?」
と、挑発してきた。
普段の俺ならこんな安い挑発には乗らないが、香月の正体を知る為にあえて乗ることにした。
「良いぜ。その代わり、1つだけ俺の質問に答えてくれ。」
「何かしら?」
「お前は本当に香響院 春姫先生なのか?本当だと言うのならその証拠を見せてほしい。」
香月はその整った顔に似合わない不気味な笑みを浮かべた。
「証拠なら見たわよね?貴方が私に送ってくれた、3歳児が書いたような稚拙なファンレターを。」
「あれだけじゃ、証拠には…。って、そんな酷かったですかね俺のファンレター…。」
「えぇ、相当字が乱れていたわ。まぁ貴方のことだからきっと下半身の運動をしながら書いていたから、乱れてしまったのだろうけど。あ、もしかしてファンレターを送る相手の乱れた姿でも想像してた?」
「してねぇよ!!というか、香響院先生が香月だなんて、あの時は想像もしてなかったしな!」
「あら、私はファンレターを送る相手としか言ってないわよ?貴方は私が香響院 春姫だともう既に認めているようね。全く、口では色々言っても身体は正直なのね。」
「その言い方だと卑猥だからやめろ!それに、俺はまだお前が香響院先生だと認めた訳じゃない。」
「そう。じゃあ、証拠、見せてあげるわ。」
そう言って、香月は突然俺の手を引っ張って早歩きで本屋を出た。
「おい!どこ行くつもりだよ!」
香月は俺のその言葉を聞くと、突然立ち止まり、振り返った。
そして、悪戯っぽい笑みを浮かべて答えた。
「決まってるでしょう?私の家よ。大丈夫、家族は今皆出かけてて誰もいないから。」
……………ナニヲイッテルノダロウカ。
(なんだこの展開…。ライトノベルじゃないんだぞ。なんで、いきなり毒舌下ネタ美少女の家にあがることになるんだよ。)
俺は香月の手を離そうとしたが、凄まじい力で握られていて離すことができない。
「香月!ちょっと待ってくれ!いきなり家なんて、そんな…」
「なに?もしかして、女の子の部屋に入ったことが無いの?」
「そ、そういう問題じゃないだろ!」
香月はもう何も言わずに俺のことをただ引っ張っていく。
というか、こんな華奢な身体のどこにこんな力が…。
俺はその後もしばらく抵抗していたが、無駄だと諦め、香月に引っ張られていくのだった。
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