バス停より

コオロギ

バス停より

 いい子で待っていなさいと母親は少年の頭を乱暴に撫で付けると、大きな荷物を抱え歩き去った。母親の言いつけを守って、少年はベンチに座りもしないで待っていた。

 しばらくして道の向こうからバスがやってきた。バスは少年の前で一度停まったが、少年の乗車しないことを悟るとまたゆっくりと動き出し反対側の道の先へと消えていった。

 ぱらぱらと雪が舞い始めた。少年がぱっと空を仰いだ。屋根のないこの場所を、街灯の明かりがたった一つ丸く照らしている。少年だけが唯一、この光のなかで息をし、雪を、自身の吐く息を、その澄んだ目に映していた。頬と鼻先は真っ赤になっていて、時おりぶるっと身を震わせていた。

 二時間二十五分経過したのち、十二分遅れで再びバスがやってきた。フロントライトの強い光に少年は顔をしかめた。

 バスは少年の前で停まると、ドアを開けた。

「乗らないのか」

 運転手が大声で少年に尋ねた。

 少年は頷いた。

「これが最終だぞ」

 本当に乗らないのかと運転手は少年に念押しをした。少年はもう一度大きく頷いた。

 扉が閉ざされ、バスは走り去る。

 さすがに何時間も立ち尽くして疲れたのか、少年は遠慮がちにベンチに腰を下ろした。

 歯ががちがちと音を立てていた。顔色も悪くなり、吹きすさぶ風に少年は目を閉じた。

 それからまたしばらくすると、少年は眠気を催し、ベンチに倒れ込んだ。本降りになった雪があっという間に少年の上に降り積もり、周囲のすべてと少年を同化していく。

 体力を奪われ、体温をなくし、やがて、少年は無音の吹雪の中で息を引き取った。

 少年を憐れんだ天使がいち早く少年のもとにやってきた。もう何も考える必要はない、あたたかいところへ行こうと少年の手を取ろうとした。少年は首を振った。少年はまだ、母親の言いつけを守ろうとしていた。どんなに天使が言葉を尽くしてもだめだった。天使は小さなため息を吐き、空へ帰っていった。

 今度はその様子を見ていた悪魔が少年のもとへやってきた。かわいそうに、お前は母親に捨てられたんだ、一緒に復讐してやろう、そう言って少年に手を差し出したが、少年は強く首を振り悪魔を睨み付けた。悪魔はやれやれと軽く笑って地面に消えていった。

 朝になり、冷たく固くなった少年が町の人間に発見された。少年の遺体は運び去られたが、少年はベンチに座ったままだった。

 あれからもう何年も経ったが、相変わらず少年はここで母親を待っている。彼はとてもいい子だ。バスが通過するたびに元気よく手を振って見送り、お年寄りにはベンチを立って席を譲る。ただ母親に似た人を見かけると、少年は「お母さん!」と叫んで思わず抱きついてしまうのである。あの少年の母親に近い年齢の女性がよくここでつまづいたり体調を崩すのには、そういうわけがあるのだ。

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