第七章 秋生のホームページ

 大学受験志望校をワンランク落とした。

 ランクを落とすことで、僕は時間に少し余裕ができた。先生や塾の講師も「弱気にならないでまだ間に合うから頑張れ!」とハッパをかけられたが、今は勉強に専念できる気分ではなかった。秋生のことを分かっている両親だけは、無理しなくてもいいよと理解を示してくれた。

 秋生のお母さんの嘆きを見ていた、うちの母は「子どもが元気なだけでもう幸せ」とつくづく悟ったらしい。


 どうしても開くことができなかった『秋生のホームページ』をやっと開く決心がついた。持っていたサイトは知っているので、IDとパスワードを打ち込んだら見ることができた。秋生は亡くなる一週間くらい前から設定を〔非公開〕にしていたようだ。

 そこは小説の作品倉庫ともいうべきホームページだった。長編小説三篇、中編小説七篇、短編と掌編を合わせて三十篇くらいはあるだろうか。詩も二十篇くらいは書いていた。

 ――それらの作品こそが、今は亡き秋生が生きたあかしだった。


 今、ネット界では「知的財産」の継承権について討論されているらしい。ホームページやブログなどで書かれていた日記や記事、創作作品などの持ち主が亡くなった後で、第三者が譲り受けて継承していけるかどうかについて、大きな問題になっている。

 素晴らしいホームページがあるのに、持ち主の死亡によって閉じられたり、埋没してしまうのはあまりに勿体ないのである。

 後世に受け継ぐ知的財産として共有できれよいと思うのだが、法律的に難しい問題のようだ。


 秋生は最後のメールで「このHPを守ってくれ!」と言っていた。 ――それは、死の瀬戸際に立っていた秋生の唯一の願いだった。

 いったい、誰から守って欲しいのだろうか? このホームページを誰かが狙っているということか? ここにあるのは秋生の作品だけなのに……。

 そして僕はこのホームページを守るためにも、秋生の小説を全て読んでいこうと決めた。今まで秋生とは親友だったが、彼の書いている小説にはあまり興味はなかった。――もう二度と秋生の声が聴けないのだから、彼の書いた文章を声の代わりに僕は聴くことにした。

 読書なんか、ほとんどしたこともない僕だったが、毎日少しづつ読んでいる内に面白くなって止められなくなってきた。


 秋生の小説は、僕の想像を超えるものだった。

 美しい言葉たちが透明のガラスケースから語りかけてくるような、心の機微に富んだ素晴らしい物語なのだ。僕は知らなかった――秋生にこんな凄い小説の才能があったなんて!

 ナッティーも言っていたな「小説の才能も凄くあったのに惜しいよ」確かに秋生の文章の上手さは最初の一頁を読めば、素人にだって分かる。発想も奇抜で最後まで面白く読み進めるのだ。

 生きてさえいれば、いずれベストセラー作家になれたかもしれない。そう思うとこの小説の才能は惜しい。

 秋生は、まさに天才だったんだ――。

    

    【 ジ・エンド 】


  僕の言葉で世界を塗り変えよう

  真っ白なスケッチブックに

  いろんな色を塗り籠めた

  赤 青 緑 黄 紺 橙 桃 


  僕のスケッチブックは賑やかになった

  色が踊っている 僕の心も騒ぎだす

  溢れだした色が暴れだした

  黒 灰 黒 灰 黒 灰 黒


  僕の頭の中で色が混じり合い

  グチャグチャなった なんて汚い色だ

  消さなきゃ! 白い色で存在を隠せ!

  白 白 白 白 白 白 死



 この詩は秋生が自殺する三日前に書かれたものだった。

 何者かに追い詰められて、混乱して、絶望していくさまが分かるようで読んでいて胸が痛い。

 僕のしらないネットの世界で、いったい誰が秋生を苦しめていたんだ!?

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