第六章 ネット幽霊ナッティー
「ナッティーは幽霊なのよ」
いきなり、チャットではなく肉声がパソコンから聴こえてきた。
「ええっー?」
驚いて、僕は部屋の中をキョロキョロ見回した。
「もう現世には肉体がないの、魂だけ、このネットの中に閉じ込められた」
その後、ナッティーは自分が死んだ経緯とアバターやネット依存症のせいで成仏できなかったと語った。
「君は自縛霊みたいなもの? パソコンの中から僕らを見たり、話しかけたりしているんだね」
「そうよ。ネットの中からパソコンの前にいるツバサくんが見えるよ」
「じゃあ、僕のオーラはなに色さ?」
「今は、オレンジ色かな? 正義感が強くて、元気な人。秋生くんのことで凄く怒ってるから赤みが強くなっているわ」
「たしかに頭に血がのぼってるけど……」
「嘘が嫌いな正直者ね。秋生くんとの深い友情を感じる」
「そうかな。だけど……こんなデマを流した奴らを絶対に許せない!」
――誰にでも優しい秋生は争いごとが苦手だった。
人を傷つけたことがないから、自分自身、傷つくことに免疫性がなかった。3ちゃんネルの掲示版の「誹謗中傷」「悪口雑言」「からかい」は確実に秋生の精神を傷つけ、崩壊させた。これらのストレスに耐えられず、秋生は欝状態になって自殺したのだと思われる。
なんてことだ! あいつは繊細な神経の持ち主だった。唯一の親友をこんなデマから守ってやれなかった。
「こいつら……許せない!」
3ちゃんネルの掲示板を見ながら、こんなデマを流した奴らを絶対に探し出してやろうと僕は決心した。
「ひと月ほど前から3ちゃんネルに、こんな掲示板が挙がって秋生くんは晒されていたのよ。それだけじゃない、パソコンのメールには大量のエロ系サイトのメールが送られてくるし、見てもいないエロ動画の高額請求書まで送られてきて、秋生くんのマイページのメールボックスにも悪口を書いたミニメールが毎日送られてきていたのよ」
「ひどい……」
これはネットパッシング、ネットストーカーのレベルだ。
執拗なまでの誹謗中傷は、秋生に対する恨みがあるとしか思えない。おそらく首謀者がいるに違いない。
「一番応えたのは、この掲示板を読んでいたクラスの女の子たちにキモイとか変態とか言われて、すっごく傷ついてた。その頃から学校にも行かなくなってパソコンも開かなくなってしまったから、秋生くんとの連絡がつかなくて凄く心配してたの」
こんな陰湿なイジメにあっていたなんて知らなかった。親友の僕にも打ち明けられず、秋生は一人で苦しんでいたんだ。
「いったい誰なんだ!? 誰が秋生をここまで追い詰めたんだ」
「ナッティーも犯人を探しているけど……これをやっている奴はただの人間ではないみたいなの。3ちゃんネルの掲示板は、秋生くんが何度も運営側に「削除依頼」したけど、削除してくれなかったの。そのせいでどんどん落ち込んでいく秋生くんが可哀相で見てられないから、代わりにナッティーが削除しようとしたんだけど……不思議なことに消せなかった。――あの掲示板には、なにか結界のようなものが貼られて、ドス黒い
「ドス黒い瘴気って……?」
「ものすご悪意と憎悪を感じるの。あの掲示板を挙げた人間には悪霊がとり憑れているかもしれない」
ナッティーの言葉に僕は動揺したが……たとえ相手が誰だろうと秋生の無念を晴らしたい。その憑かれている人物を探し出して、二度とこんなことをしないように懲らしめなくてはいけない。――僕はその意思を強く固めていた。
「ツバサくんは犯人を探す気ね?」
「ああ、僕は何があってもこんなことをした犯人を見つけ出して、二度とこんな卑劣なことをしないように懲らしめてやりたいんだ」
「お願い! ナッティーにも手伝わせて!」
「えっ、いいのかい?」
「ナッティーは幽霊だからネットの中なら、どこでも見れるのよ」
「それは心強いなぁー」
「――秋生くんを成仏させてあげたいの。きっと彼は亡くなった場所で悲しんでいると思うわ。犯人を見つけて安心させてあげようよ」
「ありがとう!」
「秋生くんはとっても良い子だったから……。よく一緒にロールプレイングゲームをしてたけど、あたしが敵に殺られそうになると、いつも身代わりになってくれたの。小説の才能も凄くあったのに……死んじゃうなんて……惜しいよ」
「秋生は追い詰められて、自分の未来を閉じてしまった」
「あたし、秋生くんを自殺させた犯人を絶対に許さない!」
「ナッティー……」
「秋生くんと二度と逢えないなんて、悲しいよ……」
僕のパソコンの画面に雫が流れた。触ってみると生温かい……これは、きっとナッティーの涙なんだね。
「一緒に秋生の無念を晴らそう」
「やっと、生甲斐が見つかったわ!」
「死んでから生甲斐って……? あはははっ」
「もう! うっさいよぉー」
そして、ナッティーと僕は「秋生を自殺に追い込んだ犯人」を探すことになった――。
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